Happy End (3)I am yours.

 
承太郎が療養のために妻を杜王町に連れてくると聞いて仗助は楽しみにしていたのだが、いざ到着してたと知らせが着てからもなかなか会わせてはもらえずにいた。
リゾート地に療養に来るくらいなのだから、体調が思わしくないというのは分かる。
でも折角なんだから、少しくらい会わせてくれてもいいだろうに。
心の底からそう思っているわけではなく、ただの愚痴として仗助がそういうことを訴えたとき、電話口の向こうのジョセフは大きくため息をついて首を振った。
「あの子はな、仗助くん。ああ見えて心が狭いんじゃ。ただ単に偏愛しとる恋人を他人に見せたくないだけじゃよ」
「恋人?奥さんだって聞いたんスけど?」
「あの子がどんなに愛しておっても結婚はできんよ。それに……ワシは会わん方がいいと思うがなあ」

 

承太郎が妻と呼ぶ相手と結婚ができない理由は、海岸沿いの歩道で車椅子を押している承太郎に会ったとき、すぐに分かった。
車椅子に座って膝掛けをかけている人物は、端正な顔つきをしていたが間違いなく男性だった。
彼はうっすら微笑んでいるように見えたが、目を閉じて眠っていたので、仗助は軽く挨拶だけしてすぐ別れた。
それに―――承太郎が今まで見たこともないほど幸せそうだったから、邪魔をしてはいけないと思ったのだ。

 
 

承太郎はかなり長い休暇を取ったようで、一ヶ月ほど町に滞在した。
そのため仗助たちも、しばしば承太郎の恋人――名は花京院といった――に会う機会があった。
ホテルのベッドに横たわっていることもあれば、車椅子に乗って承太郎と散歩していることもあったが、彼はいつも静かに眠っていた。
ある日仗助は、敵対したスタンド使いたちの近況を報告しようとホテルの部屋の扉を開けた。
途端、鍵がかかっていなかったからといってノックくらいすればよかった、と自分の浅はかさを呪うことになった。
承太郎はソファに座った花京院の上に屈みこみ、口付けをしていた。
「仗助か。何か用か?」
「あ、いえ、その…用っていうか、いつでもいーんスけど、その、すんませんでしたッ」
「いや、構わねえ。こいつもお前のことを気に入ってるようだしな」
「え?」
見れば、やはり花京院は目を閉じていた。
「あの、承太郎さん……花京院さんは、いつ、目を…覚ますんですか?」
「……?何を言っている。今だって、起きて笑ってるだろ」
仗助は驚いて花京院を見た。
彼はやっぱり目を閉じたまま、微動だにしない。
仗助は自分の体が震えているのを自覚した。
「仗助のことを話したときから会いたいと言っていたんだ。…何?……そうだな、お前はジジィと仲が良かったからな。今回こっちに来てからだって…」
「承太郎さん!!」
仗助がとっさに花京院へと伸ばした手を、スタープラチナが掴んで止めた。
ギリリと握りこまれて、痛い。
「触るんじゃあねえぜ、仗助。こいつは体が弱いんだ。昔に比べりゃだいぶ性格は大人しくなったんだが、その代わり随分と手がかかるようになっちまってな」
だがその声は嬉々として、面倒を嘆くような響きは一切見られなかった。
「手はかかるんだが、こいつは俺の大事な妻だし……照れるなよ、本当のことだろ。俺はこいつが見たいって言ったものを、極力見せてやりたいと思ってるからな」
そう言って花京院を見つめる承太郎の横顔がとても穏やかで、静かに微笑む様子があまりにも花京院とそっくりなものだから、仗助はそれ以上何も言えなくなって逃げるように部屋を後にした。

 
 

彼らについて思いを巡らそうとするのに失敗して、気が付けば仗助はあの『小道』に向かっていた。
杉本鈴美が消えてから意識して足を運ぶことのなかった場所だ。
コンビニに寄るときに、目に入れたことはあったかも知れない。
だがそのときにも小道は開いていなかったはずだ―――あの頃のようには、あるいは、今のようには。
引き寄せられるように小道に歩を進めた仗助は、痩せた青年がそこにいるのを見つけた。
彼がいることは分かっていた。
仗助に気付いて彼が笑いかけてきたとき、仗助は何故だか泣きそうになった。
「……花京院さん!」
「こんにちは、仗助くん」
「花京院さん…どうして、承太郎さんは……」
「ああ、承太郎。彼が幸せそうで良かったよ」
「でも…!」
「君は優しいな。僕のことなら気にしなくていい。承太郎にあんなに世話を焼いてもらって、僕も幸せそうじゃあないか」
「でも、だって、あんたはもう…」
「そう!僕はもう死んでいる。僕には『未来』はない。君に心配してもらう価値もないよ」
気が付けば花京院は、仗助と同い年くらいの少年の姿になっていた。
古い型の学ランを身に着けている。
「唯一心残りだったのは承太郎のことだ。彼はずっと、焦るような怯えるような……不安そうな目で僕を見ていたから」
「あんたは……それでいーんスか」
「終わりよければ全てよし、という諺があるよ。僕が共感するかはまた別だけど。でもこれは結末としてはハッピーエンドだろう。それが確認できただけでも、この町に来て良かったと思うよ」
そう言って、花京院は小道を振り向いた。
散歩にでも行くような気安い様子だった。
そして彼は無数の手に捕まれて、行ってしまった。

 

これでこの話は終わりだ。
めでたし、めでたし

 
 
 
 
 
 

原案・原作・構成・台詞・その他全ては春星さんでした。
ちなみに「めでたくなる」は「死ぬ」の忌み言葉でもあります。