天狗と子狐

 
「承太郎! お祭りがあるんだ。一緒に行ってくれない?」
 花京院から目をきらきらさせてお誘いされたとき、承太郎は来たか、と思いました。ちょっと離れたところにある神社で毎年お祭りが行われることは知っていましたが、そこに花京院を連れて行くのには承太郎はあまり乗り気ではありませんでした。
 なぜといって、かわいいかわいい子狐の花京院が、万が一にでも神社の狐に見初められてしまったら事だと思っていたからです。いくら妖力が強いとはいえ一介の烏天狗の承太郎に、稲荷に仕える狐は少々荷が重いというもの。
 それで本当は花京院をお祭りには行かせたくなんかなかったのですが、その花京院があまりにも期待に満ちた顔をして尻尾をふりふり「承太郎と行きたいんだ、ねえいいでしょう?」などと言うものですから、気が付いたら承太郎は彼の体に合う浴衣を探してやっていました。
 普段衣類を身に着けない花京院が薄緑のかわいい浴衣を着るのを手伝ってやり、人間の子どもに化けるのにも手を貸し(ふわふわする尻尾を引っ込めるのが大変でした)、承太郎も濃紺の浴衣を着流して、二匹は手をつないでお祭りに出かけてゆきました。
花京院はちゃあんとさくらんぼ柄のがまぐちにお金を準備してきたのですが、物によって緑っぽかったり赤っぽかったりするしところどころ虫食いの跡も見られたので、承太郎が自分のを出すと言い張りました。
 並んで歩いていると、承太郎が子供連れでも気にしないといった風情の女性たちから色目がちらちら送られるのですが、花京院のことしか見ていない承太郎はこれっぽっちも気付いていませんでした。
承太郎は花京院に狐の面を買ってやり、わたあめを食べさせてやり、金魚すくいをやるのを無表情ながらも心の底から応援して、お祭りを満喫しました。薄い紙はすぐに破れてしまいましたが、それでも黒い金魚が一匹、赤いのが二匹、花京院の指に下げられた袋の中で泳ぐことになりました。
「明日のおやつにするね」
 花京院は金魚をつつきながら承太郎に笑いかけました。
「承太郎も食べる? おさかな好きでしょう?」
「いや、お前が全部食べるといい。だがいっぺんに食べ過ぎて腹を壊すなよ」
「そんなことしないってば。もう、子供扱いしないでよ!」
 頭を撫でるとそう言って頬を膨らませる、その仕草が子供らしくてかわいいと思われているとは、花京院は知りもしないのでしょう。
 そうこうしているうちに、いつのまにか二匹は件の神社にやってきていました。花京院は低級の悪霊でも稲荷狐でもありませんから、恐怖も同調も特に感じることなく平気で境内に入っていきます。不意に、どぅんと大きな音がしました。
「わあっ、花火だ。きれいだね」
 黒くて大きなお目目に色鮮やかな光の粉を映して、花京院が喜びました。承太郎は「ああ」と返事こそしましたが、花京院の周りへ気を配るのに一生懸命で花火などろくに見てはいませんでした。神社の狐も祭りを楽しみに出かけているようで今は席を外していますが、いつなんどき帰ってくるかは分かりません。
 承太郎が妖気やら霊気やらに気を張っている間に、花京院は花火に照らされた建物の陰に二人の人間がいるのを見つけました。一人は随分と体格のいい黒髪の青年で、もう一人は相方ほどではないものの長身の赤毛の青年です。
花京院は、いいなと思いました。ぼくと承太郎もあのくらいの身長差なら、手をつないでも親子には見えないのに。
 花京院がそんなことを思って見るともなしに彼らを眺めていると、三回目に空の花が散る瞬間、彼らが唇を触れ合わせるのを目にしてしまいました。人間の気配など無視していた承太郎は、花京院がいきなり裾を引いて「帰る」と言い出したのに驚きました。
「どうした、まだ花火は始まったばかりだぜ」
「もういい、帰るッ!」
 花京院が今にも泣き出しそうだったので、承太郎はたいそう慌てて抱きかかえるようにして住処の森まで連れ帰りました。
「どうした、何かあったのか?」
「別になんにもない」
 そうは言うものの、花京院の機嫌がよくないのは一目瞭然です。承太郎に抱きしめられ、その羽毛に鼻先をうずめてぷるぷるしながら花京院は、いつもよりずっとか細い声で「承太郎と契りたい」と言いました。その小さな背中をさすってやりながら承太郎は「駄目だ」と応えました。
「どうして」
「お前のことが大事だからだ」
 そう言われて、花京院は目を潤ませました。
「じゃあ口淫だけでも」
「どこでそんな言葉覚えてきた」
 潤ませたその目に更に滴を溜めながら、すすり泣くような声で花京院は続けました。
「ぼく、承太郎がすき……承太郎と契らないと寂しくて死んじゃう」
 すんすん鼻をならしてそんなことを呟くものですから、軽い羽先だけで目に浮かんだ涙を拭ってやって、承太郎は聞こえない程度にため息をつきました。
「……分かった、口だけだぞ」
 そう言ってやると、ぱっと笑顔を見せて脚の間に潜り込んで来ようとするので「待て待て、そうがっつくな」と慌てて押し留めました。承太郎がずるりと取り出したモノにちろっと舌先だけで触れて上目遣いで伺ってくる花京院に、承太郎が目で促してやると、後はもう一気に飲み込んでしゃぶり始めました。
 花京院はこんなことするのは初めてでしたが、承太郎のことを考えて木の実で何度も何度も練習していましたのでちっとも躊躇することはなく、長い鼻面でも覆い切れない部分には前足を添えて頑張って舐めました。
小さいとはいえ牙の生えた獣の口の中に一物を預けてくれるほど信頼されているというのももちろんですが、承太郎が自分のことをそういう目で見てくれているというのが嬉しくて、花京院は包み込んだ承太郎を成長させるのに夢中になりました。
 そのいじらしさに辛抱がならなくなった承太郎は、自分でも気が付かないうちに花京院の口からだいぶん大きくなったものを引っこ抜いて、彼の背中にのしかかっていました。常にない承太郎の強引な様子に驚いていったんは縮こまった花京院でしたが、彼のやりやすいようにと尾を体の脇にずらしました。
 いざ中に侵入しようと花京院の背に体を押し付けた承太郎は、そのあまりの小ささにハッと我に返りました。慌てて子狐から飛びのき、承太郎は「悪かった」と言いました。それにショックを受けたのは花京院の方です。
「なんで最後までしてくれないの。やっぱりぼくが狐だから駄目なの? それとも、まだ子供だから? ぼくのこと、きらい?」
「そんなわけがねえだろう!」
 実際、承太郎に向かって突き出している腰の細さや、後ろ足の内側に生えているふわふわ手触りのきもちいい白い毛やらがみんなそろって誘惑してくるのに、今まさに負けそうになっているところなのでした。
「だったら、ちゃんと、してよ……」
 横に広い、愛らしい口までもそんなことを言ってきます。
「………じゃあ、花京院。脚、閉じてろ」
 花京院はいったいどういうことかと思いましたが、承太郎が目をぎらぎらさせてそう告げたので、素直に従って足の先をくっつけました。承太郎は花京院の尻尾の付け根の下、右の内股の白い毛と左の内股の白い毛の間に、自分のものを差し込みました。
股の隙間に入り込みながら承太郎は、花京院のものもまた、精通もまだであったはずなのに小さいながらも飛び出して上を向いているのに気付きました。
 承太郎の意図をきちんと汲んだ花京院が後ろ足をきゅうと挟んで締めてくるので、承太郎はやわらかいおなかの毛に先端をこすりつけながら動きました。承太郎に後ろから揺さぶられ、甲高い声を上げて花京院は自分も腰を動かしました。
 よがり声の合間に「承太郎がすき」だの「きもちいい」だの「嬉しい」だの訴える花京院がいとおしくて、首筋を撫ぜながら承太郎は果てました。花京院も「きゃぅん」と短く鳴いて体を強張らせ、涙をひとつぶぽろりと落としましたので、一緒に達したことが分かりました。
「汚れちまったな」
 花京院の腹にべったり飛び散った自分のものを見て、承太郎はため息をつきました。花京院はやっぱり「ぼくにしてくれて嬉しい」と言っていましたが、このまま乾いて固まってはまずいと、立つこともできない彼を抱えて川まで連れて行きました。
 水浴びをしながら花京院は、花火は最後まで見られなかったけれど、川辺で舞う蛍の光もすごくいいなと思いました。それは承太郎が隣にいるからだと、それを分かっているほどには、花京院は大人でした。肝心の承太郎はというと、やっぱり花京院のことばかり見ていましたので、蛍なんかは気にも留めていなかったのですが。
 鼻から上だけを水の上に出して小さい泡をぷくぷく出しながら、花京院が呟きました。
「また、しようね」
「……また、今度な」
 承太郎は保護者ぶって頭を撫でてやりましたが、花京院の望む通りその「今度」がそんなに遠い未来の話ではないだろうと、薄々は感づいておりました。