アルラウネの芽(R-18)

めんどくさい性格の花京院
 
 
 

例のあの、旅の最中の話だ。
天下の空条承太郎といえど、健全な男子高校生であるので、そういうことを処理する必要があり、シャワーを浴びながら一人でいたしていた時のことだ。
オカズなどは特になかったが、昼間激しい戦闘をしたので体が興奮しており、ちょっと女性のラインを思い浮かべるだけで問題なくできた。
その日承太郎は、同世代かつ同じ日本人であるところの花京院典明と同室だった。
彼もたまにシャワーが長い時があるので、まあそういうことだろう。
当然のことだ。
ところがその日は、少々勝手が違った。
承太郎が浴室に入っている時、それもそういうことをしている時に、……シャワーが突然冷水になったのだ。
これは、異国のホテルではそこまで珍しいことではない。
ジョセフのセレブ力でもって、彼らは街にある一番いいホテルに泊まるのが常なのだが、そもそも一番いいホテルが、うーん…みたいなことはしばしばあった。
だからシャワーの温度がいきなり下がったこと自体は、そんなにおかしいことではない。
だがしかし、承太郎はそれに対する心の準備をしていなかった。
唐突に体全体に冷水を浴びせかけられて、承太郎はつい大声を出した。
 
「…うおおおぉぉ!!?」
「どうした承太郎、敵襲か!?」
 
二人部屋だろうが浴室に鍵などなく、その扉がばたりと開いて、花京院が姿を見せた。
承太郎は慌ててシャワーを止めた。
「いや、そういうわけじゃねえ。いきなりシャワーが水になったんだ、冷たくてつい」
「なんだ、よかった。いや、だが、災難だったな」
承太郎は浴室に持ち込んでいたタオルで体を拭いた。
さりげなく下半身を隠す。
花京院が部屋の方に引っ込んだのでほっとしたのもつかの間、彼はまた姿を見せた。
「僕のタオルも持ってきた。使うといい」
「…いや、俺のだけで十分だ」
「駄目だよ。タオルの方も冷たくなったら体を冷やしてしまう。ほら」
言いながら、彼はふかふかのタオルを手に、あろうことか浴室に入ってきた。
 
「いや大丈夫だ」
「そういうわけには、………君……」
「………」
「ああ、いや、ええと、すまない」
「…おう」
 
花京院はかわいそうなくらいに顔を赤くした。
それから承太郎にタオルを押し付けて、そそくさと浴室から出て行った。
承太郎はバツの悪い思いをしながら、2枚のタオルでしっかりと体を乾かした。
 
 

承太郎が浴室から出ると、花京院が二人分の荷物をまとめなおしているところだった。
「フロントに言って、部屋を替えてもらおう」
「そうだな」
花京院はてきぱきと作業をして、ついに承太郎の顔を見ずじまいだった。
 
承太郎が新しい部屋のシャワーが温水であることを確かめている間、花京院は他のメンバーの部屋に電話をして、部屋を替えた旨を連絡していた。
電話が枕元にあるので、ベッドに座りながら、だ。
浴室から出てきた承太郎も、その向かいのベッドに腰掛けた。
ところが、受話器を置いても、花京院は承太郎と目を合わさない。
 
「どうした?男なら普通のことだろう?そうビビられると逆に気まずいんだが」
「いや、その、すまない。ええと…」
花京院は何やらもごもご言ったあと、意を決したように顔を上げた。
「その。ポルナレフは、すぐナンパに行こうとするだろう」
「?そうだな」
「でも僕、あれは危ないと思うんだ。どこに敵が潜んでいるのか分からないのに。彼のことを悪いやつだと思っているわけじゃあない。でも彼、すぐにハニートラップに引っかかりそうだろ」
「まあな。アヴドゥルのことを隠しているのも、そういう理由だろ。お灸をすえるって意味もあるが」
「そうなんだ。だから、確かに窮屈だけど、知らない女性とそういうことになるのは避けるべきだと、僕は思う」
「まあそうだな」
「だから、その、君も…」
「俺は女を引っ掛けようとはしてねえぜ」
「ああ、知ってるさ。でも君、そういうこと旺盛な年頃だろう」
「てめーもそうじゃねえか」
「僕のことはどうでもいいんだ。だからね、ええと…君がもし、もしだよ。嫌でなければ、その……」
「何だ?言えよ」
「その、僕をそういう相手に使ってくれて構わない」
「は?」
 
からかっているのかとも思ったが、花京院の目は真剣そのものだった。
「それは……旅の間、お前が俺の、オンナになるって意味か?」
「そうだ。どうしたって性欲処理はいるだろう。それで、僕の体を使ってもらおうと思って…あ、いや、君が男なんか冗談じゃないって言うなら、今の話は忘れてくれ」
 
承太郎は、ふむ、と思って花京院を見つめた。
彼は物腰が柔らかで線が細く、ともすれば女性的に見られがちだ。
だが彼は、見た目に似合わず大胆不敵で、戦いになると激しく雄々しく、承太郎は彼を”女っぽい”と思ったことはなかった。
しかし、今目の前にいる彼は。
顔を真っ赤に染めて、足の先をもじもじさせている彼は。
「……悪くねえ」
承太郎は口角をニヤリと上げた。

 
 

花京院は、すぐにそれと分かるほど初心で技巧も稚拙だった。
けれど懸命に、手や舌を使って承太郎を慰めようとしている。
少し潤んだ瞳を上目遣いに、承太郎の様子を見ながら反応を確かめ、必死で口を動かす。
そんな彼を見下ろして、承太郎は妙に満足を感じていた。
 
「ふ、おっほ、おふにふへてふへへ」
「何言ってるのか分からねえぞ」
「うんぐぐ」
目の端に涙をためながら、花京院は口を進め、承太郎のそれを喉の奥まで導こうとした。
「おい、無理すんな。っつかもうそろそろ出るから口離せ」
承太郎はそう言って腰を引いた。
ところが花京院は、何を思ってかそれを追って首を伸ばし、促すように吸い付いた。
「おい、だから出すって、」
「はひへ」
そうしてつばを飲み込むような動きをする。
それに我慢がきかなくなって、承太郎は彼の口の中へ放逐した。
 
「く…はぁ、おい、大丈夫か」
「ん、」
花京院は手で口を抑えている。
その指の間から、たらりと白いものが流れていて、出したばかりだというのに、承太郎は腰がずくりと声を上げるのを感じた。
吐き出すものと思って、枕元のティッシュの箱を手に取る。
ところが。
 
「ぅん、うぐ、っく、ふぅ、」
彼は喉を震わせて、それを必死に飲み込んだ。
つい動きが止まる。
「ふ、ふう……ああ、結構こぼれてしまった。ごめん」
「…いや……」
花京院が半開きにしている口の中に、白濁したものが見える。
口の端から、唾液と混ざったものが垂れている。
 
「……別に、飲むことはなかったぜ」
「なぜ?」
「なぜって」
「嫌だったかい?」
「そういうわけじゃあねえ」
「だったらどうしたいか言ってくれ。そのとおりにするから」
承太郎の足の間から見上げる彼の顔には、笑みさえ浮かんでいる。
その目はとろりと溶けそうだ。
「……ああ、また少し反応してる。足らないみたいだな」
「いや、」
「下手ですまない。あんまり気持ちよくなかっただろう」
「そんなことはねえ」
「君は優しいな」
なんだか噛み合っていない会話をしながら、花京院は立ち上がって服を脱ぎ始めた。
「何してる」
「やっぱり、口よりちゃんと抱いたほうがいいだろ。男の体で申し訳ないが」
「だが」
承太郎はその先を言うことができなかった。
彼の素肌を見たことは、一度や二度ではない。
けれどそれは傷の手当というまっとうな理由からであり、その時には全く感じなかった思いを、なぜか今いだいてしまっている。
 
「嫌なら言ってくれ。そこでやめるから」
「いや、だが…本当にいいのか?」
「?当然だろう?」
花京院はいっそぽかんとしたような顔をした。
「君がやりたいのなら、僕はいくらでも相手するよ。そう深く考えなくても、ただの性欲処理だろう」
言いながら、彼はベッドに乗り上げた。
「その、初めてだから、あまり気持ちよくさせてあげられなかったらごめん」
そう言って、彼は恥ずかしそうにゆるゆると、それでも足を開いた。

 
 

申告通り本当に初めてだったらしく、花京院はふうふう息を吐いて痛みを逃がそうとしていた。
だが承太郎が行為を止めようとすると、すがるような目で見上げて「やめないで」と引き止めた。
救急用のセットに入っていた軟膏を使ったが、当然ながらその中は狭かった。
花京院は歯を食いしばって枕を掴み、脂汗を流していた。
承太郎はそんな彼をいたわってやりたいという気持ちを感じていた、が、意に反して体はぐいぐいと進んだ。
きついし動きづらいし、お世辞にもとても具合がいいとはいえない。
それなのに、承太郎は奇妙なほど興奮していた。
 
「僕のことは、気にしなくていい、から…好きに動いて、くれ」
「……花京院」
承太郎は汗で顔に張り付いた花京院の長い髪を上げて、顔がよく見えるようにした。
萎えて反応しようともしない、彼の前にも手を伸ばす。
「そ、んなところ、触らないでくれ、承太郎」
「お前だって、触った、だろう」
「僕のはいいんだ」
つらそうだというのに、精一杯笑顔を見せて、花京院は自分から腰を動かした。
「う、ん、くぅ」
「無理すんな、」
「してないッ…」
その動きも正直下手くそだったのだが、承太郎は十二分に追い上げられた。
承太郎が腰を進めると、花京院の眉の間のシワが深くなる。
それなのに、なぜか彼はほっとしたような表情を見せた。
「動いて、好きにして、承太郎、そうしてくれたら…嬉しい」
「…てめぇッ」
承太郎の中で何かが崩壊する。
「あ、んっく、ッ、あ、」
「…!」
彼の望み通り、あるいは自分の欲望の通り、承太郎は花京院の中で果てた。
 

「………気持ちよかったかい、承太郎」
「…ああ。お前はどうなんだ、花京院」
「?僕のことはどうでもいいだろう?シャワーを浴びるかい?」
「いや、いい」
「じゃあ悪いけど、使わせてもらうよ。後始末をしないと明日に響く」
「手伝うか」
「気にしなくていいよ」
そう言って花京院は浴室に消えた。
承太郎はすっきりした体とは裏腹に、なぜだかもやもやした気分を抱えていた。

 
 

それから彼らは、同室になった日にはほとんど毎回、体を重ねた。
それはいつも、承太郎の方から言い出すことだった。
したくない、と言った日には、「したいときだけ言ってくれればいいよ」と言われた。
承太郎はいつも、
「したいんだが、いいか?」
というように声をかけるのだが、花京院は
「僕の都合は聞かなくていいよ。君がしたいなら、しよう。『するぞ』とかって言ってくれていい」
などと言う。
それでも承太郎は、100%OKであったとしても、毎回きちんと花京院に許可を取ろうとした。
 
初めのうち、花京院はただ苦しそうにするだけだった。
けれど回数を重ねるうちだんだんに慣れてきて、少しは快感を得られるようになってきているようだった。
ところが、承太郎がやわりと持ち上がった花京院のそこに手を伸ばそうとすると、彼は「どうでもいいから」「汚いから」と言ってその手を止めようとした。
「どうでもいいこたねえだろ」
「君の性欲処理が目的なんだから、君が気持ちよくなればいいんだ。僕のことはどうでもいい」
「てめーも気持ちよくなったほうが、俺の気分がいいと言ったら?」
「え、そうなのかい?」
花京院は驚いたような顔をした。
「そうなのか…それは気付かなかった……だったら仕方ないな」
そんなやりとりがあってから花京院は、自分で前を触るようになった。
承太郎が触れたいと言っても、「君がやることじゃあない」と突っぱねられた。
承太郎はそのことについて、少々寂しさを感じていた。
こんなのは、セックスとして何かがおかしい。
けれどその頃は非日常な旅の最中で、それを深く突き止めることはなかったのだ。

 
 
 

その旅は概ね成功に終わったといえよう。
メンバーの誰一人欠けることなく、彼らは悪の帝王に勝利した。
しかし失ったものも大きかった。
アヴドゥルは両手をなくして、占い稼業ができなくなったと嘆いていたし、イギーも義足を作って、飼い犬になることになった。
花京院は腹に穴を開け、長いこと入院生活を送った。
承太郎は彼のもとに足繁く通った。
けれど、心が彼の元にあることと、体の衝動は別にある。
承太郎が旅のあと、久しぶりにそんな気分になったとき、……彼は唖然とした。
寄ってくる女の中に、花京院を探してしまう。
本を広げてみても、まったく魅力を感じない。
自分で思っていたよりずっと、花京院に惚れ込んでいるらしい、と、承太郎は自分を笑うことになった、のだが。
 
それを伝えると、花京院はぽかんとした顔で承太郎を見上げた。
「え、僕は旅の間の性欲処理の道具だろ?別に気にすることはないんだぞ。誰か他のかわいい女の子を探したまえ」
「……てめー、何言ってやがる」
「あ、それとも僕の体はそんなによかったか?それは嬉しいな。だが今の僕は死にぞこないのポンコツだから、申し訳ないけど口や手でしかできない」
「今すぐやりてえから話題を振ったわけじゃあねえ」
「そうなのか?本当に、僕のことは気にすることないんだぞ。あの旅のことを共有できる、すぐ近くにいる友人ってだけで君を縛る気はない」
「おい、」
「ああ、友人なんて図々しかったな。すまない、」
「てめーは、何を言ってんだ…!てめーは俺の…俺の……」
俺の、何だ?
そう思って、承太郎ははっとした。
花京院はずっと、承太郎が気持ちよく『処理』できるようにと振舞っていた。
あれは性欲処理だった。
セックスではなかったのだ。
「……体だけの関係だったってわけか」
「そうだよ」
承太郎はつい、花京院から目をそらした。
彼の心が自分にあると思っていたのは、間違いだったのだ。
だったら、自分の心が彼に向かっているのも、なかったことにすべきなのだろう。
その日から承太郎は、花京院の病室に見舞いに行く頻度を減らした。

 
 

花京院は順調に回復し、やがて学校にも通えるほどになった。
承太郎は彼の久しぶりの登校日、家まで迎えに行った。
花京院の両親は複雑そうな顔をしていたが、花京院本人は笑顔だった。
「君と一緒に学校に行けるなんて、夢みたいだ。あ、でも、もし僕のことが面倒なら、放っておいてくれていいんだからな」
「俺が隣にいるのは迷惑か」
「まさか!君が僕を迷惑に思うかどうかって話だよ」
「思うわけねえだろ」
「ふふ、そうだったら嬉しいな」
花京院の笑顔は晴れやかだった。
承太郎はそれを見てほっとした。
どうやら隣にいることは許されているらしい。
 
花京院の存在は、学校内部には衝撃だったようだ。
「ダチと一緒にいるから」
と言ったら、いつもまとわりついてくるうるさい女生徒たちも引っ込んだし、休み時間に二人で話していたら遠巻きに見られた。
「もしかして、僕がいると他の人が君に近付きにくいんじゃあないか?」
「ああ、助かるぜ」
「あ、そうなのかい?だったらどんどん利用してくれたまえ」
 
とはいえ無遠慮にジロジロ見られるのは愉快ではない。
昼休みには、花京院を誘って人のこない屋上へと行った。
「わあ、ホリィさんのお弁当おいしそうだな」
「てめーも弁当じゃねえか」
「うん、前は購買で買ってたんだけどね。旅の後から過保護になっちゃって」
言いながら、男子高校生にしては小さい弁当箱をつつく。
以前ほど食べられなくなったと聞いた。
ただでさえ細いというのに。
小ぶりのおにぎりを頬張る姿を、じっと見つめる。
こうしてみると、あんな関係にあったのが嘘のようだ。
やはりあの旅は、普通の心情ではなかったのだ。
だから、もう彼しか考えられないというのは、きっと隠し通すべきなのだ。
 
承太郎は眩しいものでも見るように、目を細めて花京院を見やった。
「ん、どうしたんだい承太郎。僕の顔に何かついてるかい」
「あー、ご飯粒ついてる」
「え、本当か」
「そっちじゃねえ」
手を伸ばそうとして承太郎はふと、これが最後のチャンスかもしれない、と思った。
それで手を止めて、少し身を起こし、自分の舌でれろりと花京院の口の端を舐めた。
花京院が大きく目を開く。
それからみるみるうちに、その顔が赤く染まった。
 
「………テメー」
「あ、いやこれは」
「ッてめえ、俺に惚れてるんだろ?そうだな?」
「そ、そんなことは」
「ふざけやがって、何が処理だ、俺のことが好きなんじゃあねえか」
「ご、ごめん。だって、君がそういうことをしたいなら、相手するのは当然だろう。それを言い訳にして、君に抱かれて喜んでたのは認める。ごめん」
「何がごめんだ、俺の心を弄びやがって」
「ほんとにごめん、悪かった。もう二度と、きみの友だちヅラして近付かないから、」
「冗談じゃねえ!!」
承太郎が大声を出したので、花京院は驚いて固まった。
そんな彼の顔を両手でがっちりホールドして、思い切り口付けた。
そうだ、あの旅の間は、キスなんかしたことがなかった。
 
「んっ、んんーーー!!……ぷは、君、何を、」
「そうだ、てめーはずっと、俺がいいように、好きなようにっつって、俺を対等な位置に立たせてすらくれなかった。俺を馬鹿にすんのもほどほどにしろよ」
「そんな、だって君と僕は、」
「いいか。俺はお前を大事に思っている。大切にしたい。俺はお前に惚れてるんだ」
「な、何を」
「てめーは頭が切れるくせに肝心なところ分かってねえみたいだからな、はっきり言うぜ。俺は、お前が、好きだ」
「………ふぇ」
花京院の顔がくしゃりと歪んだ。
けれどそれは、嫌悪や拒絶ではなかった。
そうだ、彼はいつも、とても分かりやすい目をしていた。
見ようともしなかったのは承太郎の方だ。
 
「やることやっちまったあとで悪いけどな。花京院、俺はお前と、恋人になりたい」
「…そんなこと……していいわけが…」
「俺はそうしたい。お前はどうなんだ?俺がしたいから、じゃあねえ、お前がどうしたいか聞かせろ」
「僕……ふ…ぐす……そんな幸せなこと、いいのか…」
「ちゃんと言え」
「僕、僕も、君のことが、好きだ…!」
 
やっと花京院の気持ちを確かめられた承太郎は、旅の間も見せなかった柔らかい表情で微笑んで、もう一度彼にキスをした。