触角のある恋人ノベライズ

触角のある恋人(R-18)を自己ノベライズ。
R-14くらいです。あとわずかなグロ。

 
 
 

ギチギチギチ。バリバリバリ。
不吉な音が聞こえる。
空条承太郎は顔をしかめて白衣の中の銃を握りしめた。

 
 

空条承太郎は先月この学校に配属された生物学の教師である。
…正しくは配属させた、なのだが。
彼には教員免許を持った教師という顔の他に、別の顔があった。
そちらの関係で、承太郎の白衣の下には銃やら怪しい薬品やらが詰まっているのだ。
彼の白衣は大きく丈夫なもので、ほとんどコートに近かった。
こんな重いコートを着て学校内やその近所をうろついても問題ないように、承太郎は今回、教師として潜入したのだ。

 

……最近、この学校の周りで不可解な行方不明が続いている。
警察も動いてはいたが、被害者に共通点はなく、貴重品などが荒らされた形跡もない。
あわや捜査が行き詰まるかと思ったところで、手がかりが見つかった。
被害者が誘拐されたと思しき場所で、少量の血痕と一緒に、別のものが二つ発見されたのだ。
一つはほうきの穂の一部。
調べたところ、ホームセンターなどで売っているものではなく、学校で大量購入しているものだと分かった。
更に調査を進め、付近の学校から一つを絞ることができた。
ところがもう一つの方が問題なのである。
それは、……何だかよく分からないもの、だった。
薄い桃色をした、動物の毛のようなものなのだが、犬でも猫でもない。
そもそも動物の毛にこんなピンク色は見かけないし、染色してあるわけでもなく……とうとう鑑識では種類を特定することができなかった。
そこで声がかかったのは、スピードワゴン財団の超常現象部門である。
その部門は一般には公開されておらず、警察でも知るのはある程度上の人間だけだ。
けれどこういう謎めいた事象は、だいたいここで解決できるのだ。
「これは『虫』の毛ですな」
とそこのスタッフは言った。
「虫?」
「ええ、とは言っても昆虫ではありません。これに近い動物というのもいません。いわゆるモンスターの一種ですよ。数がとても少ないので、我々でも今までに対処した記録はありませんが。しかし普通の武器では太刀打ちできないでしょう。資料によると、全長2メートル以上の素早く動く化け物で、……主食は肉だそうですから」
『虫』は化け物でも特に厄介な相手として、財団のトップレベルのエージェントが派遣されることになった。
それが空条承太郎である。
彼は武術にすぐれ、武器の扱いもうまく、頭の回転も早い男だった。
けれど彼がトップレベル――いや、はっきりトップと言ってもいいだろう――のエージェントである理由は、それだけではない。
彼の分身、そばに立つもの、スタンドという名で知られる超能力が、他の追随を許さないほど強力なものだからだ。
スタープラチナというそれは、史上最強のスタンドとの呼び声高いものだった。

 

さてそういうわけで、1ヶ月ほど学校内部や周辺を探って調査を進めた承太郎だが、今まさにとうとうその成果が実ったところだった。
夜の学校の中庭、承太郎が身を潜めて伺っている先、そこでは『虫』が哀れな人間を頭から食べている最中だ。
彼がその『虫』を見つけた時には、被害者にはもう頭がなく、助からないことは一目瞭然だった。
『虫』の体は非常に大きい。
高さは承太郎より小さく1メートル強といったところだが、触角の生えた頭から尻の針までの全長は、2メートルを超えているのではないだろうか。
全体のシルエットは、カマキリと蜘蛛を足して二で割ったものに近い。
頭は丸っこく8つの目がついており、牙の生えた大きな口がボリボリと骨をかじっている。
第一肢は鎌のようで、可哀想な獲物をがっちり挟んで離さない。
ぽってりと膨れた腹からは4本の足が伸びており、尻にはぎらりと光る大きな針があった。
シルエットこそ虫に似ているが節がなく、肉付きから見るに外骨格の生き物ではなさそうだ。
……とすれば。
承太郎は考えた。
外殻がなければ、鉛の弾も効くかもしれない。
どこに心臓があるかは分からないから、狙うなら眉間か足だろう。
足は4本あり、3本になっても動きを止められるかどうか疑わしい。
となると、頭か。
承太郎はせわしなく動く『虫』にしっかり狙いをつけ、サイレンサー付きの銃でパシュン、と撃ち込んだ。
弾は確かに『虫』の眉間にヒットした。
『虫』は上半身をのけぞらせ、額からは血が――暗くてよく見えないが、おそらく緑色の――ぱっと飛んだ。
それはよろける足に力を入れ、体勢を立て直した。
弾はその先端しか埋まっていない。
それを見た瞬間、承太郎は銃を放り捨てた。
後ろの方で鈍い音がするが無視だ。
待機させていたスタープラチナを全面に出し、『虫』の方へと走る。
『虫』も承太郎を目に留めると、食べ物を放り出し口を開けてかかってきた。
大きく鋭い鎌を、スタープラチナの腕で受け止める。
承太郎の腕に、じわりと血の筋が浮かぶ。
一切ひるまずに『虫』の正面まで接近する。
スタープラチナは近距離タイプのスタンドであるから、なるべく近付いて戦いたい。
パワー以外の能力もあるのだが、切り札は最初から見せてはいけない。
それはピリリとピンクの短い体毛を逆立て、後ろに跳躍しようとした。
その瞬間、構えていたスタープラチナの腕を伸ばし、長い触覚を掴んで引っ張り止める。
敏感な器官を掴まれて、『虫』はギャアッと声を上げた。
どうやら怒らせたらしい。
もう逃げる気はなくなったようで、牙で承太郎を狙い鎌で手足に切りつけてきた。
動きには一切の無駄がなく狙いも正確で、スタープラチナの、つまり承太郎の腕はもう血だらけだった。
その腕を弾いて攻撃するつもりか、『虫』が一瞬引いて力をためた。
瞬間、スタープラチナの切り札「ザ・ワールド」を発動させる。
素早くそれの側面に回りこみ、柔らかい腹をめがけてラッシュを繰り出した。
再び時が動き出した時、『虫』は口から血を出して吹き飛んだ。
足がフラフラとおぼつかないでいるうちに、今度は頭にラッシュをぶちこむ。
それはギィッと声を上げて倒れ、今度は起き上がって来なかった。

 
 

承太郎が『虫』を財団の研究所まで連れ帰ると、スタッフの一人が苦い顔をしていた。
「どうした?」
「この『虫』、まだ死んではいませんよね?」
「ああ。何か分かるかと思って息の根は止めてねえ」
「それはよかった…どうやらこの『虫』、死ぬと一種の匂いというか、そういうものを発するようです。そしてそれを感知した他の『虫』が…」
「集まってくるというわけか」
「その通りです」
承太郎はため息を吐いた。
「しかたねえな。とりあえずうちで引き取るか」
承太郎の家には、このようなときのためのシェルターのようになっている部屋があった。
財団の施設にも丈夫な部屋はあるのだが、承太郎という最強の番人がいる分、空条家の方が安全というわけだ。
例の『虫』を自宅へ運び込み、分厚い鋼鉄の壁の部屋へ入れると、しばらくしてそれは目を覚ました。
暴れる様子もなくきょときょとしている。
こうして明るいところで見てみれば、ピンクのでっぷりした腹や細い首、肉感的な足など、なかなか好ましく見える。
うまいことなつかせることができれば、うちに置いておいても悪くない。
そんな思いを知ってか知らずか、それはじぃっと承太郎の顔を見つめている。
それから急に、それはにっこりと笑った。
承太郎が驚いていると、まるで猫のように喉をぐるぐるいわせて近付いてくる。
油断させて襲うという作戦には見えなかった。
頬がほんのり染まって妙に可愛らしいし、この生き物は嘘をつくのが得意ではなさそうだ。
承太郎が身構えるだけで手を出してこないのが分かったのか、それはくるると鳴いて擦り寄ってきた。
そこで承太郎にも、これが何をしたいかが分かった。
こいつは発情している。
こいつは、俺の卵が欲しいと思っている。
それは何ら不思議なことではなかった。
承太郎はこの『虫』をぶちのめしたわけで、それはつまり承太郎の方がこいつより強いということだ。
強いオスの卵を欲しがるのは至極当然のことである。
「お前、メスだったんだな」
承太郎の方もそれの――彼女のフェロモンにあてられて、息が上がってきた。
彼女の切ない鳴き声が耳をくすぐる。
もっちりした足が承太郎の足に絡む。
そこで承太郎は、彼女が求めているものを与えることにした。

 

彼女は家の中に放してもおとなしく、天井にくっついて鎌を舐めたり針を研いだりしている。
どうやら交尾した後も承太郎から離れる気はないようだ。
承太郎は財団に連絡を入れ、彼女を自宅で保護観察することにした。
そう伝えて頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。
「とすると名前を考えなきゃな」
承太郎は腕組みをした。
彼女は部屋の中をうろうろして、目についた段ボールを覗きこんだ。
母親から送られた、チェリーの入っていたやつだ。
「食いたいのか?」
承太郎が冷蔵庫からチェリーを取り出して口元に持って行ってやると、彼女は長い舌でそれを受け取った。
すぐには食べずに、舌先で転がしている。
彼女の主食は肉だから腹の足しにもならないだろうが、どうやら気に入ったようだ。
ふと彼女の足元を見ると、先ほどの段ボールが大きさに耐え切れずに潰れていた。
承太郎はそこに書いてある響きの良い地名を、彼女の名前に採用することにした。
彼女が天井の隅に5、6個の卵を産み付けるのは、それから3週間後。
かわいい娘が生まれるのは、更に2週間後。