ルート9の心中

前半不謹慎、後半多分グロ。
直接表現はほとんどないです。

 
 
 
 

全く幸運だとしか言いようがない。
彼らの説明を聞きながら、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 

DIOとの闘いに生還した俺は、丸一日かけて傷の治療をした後、医者の反対を押し切り――自分の体が動くか動かないかは自分で決める――花京院の病室へと向かった。
ちょうど彼はそのとき、手術と手術の合間の休憩を取っていた。
横になってはいたが、意識はあるようだ。
医者は俺に、彼はほとんど視力を失っていると告げていた。
そこで俺は、
「花京院、俺だ、承太郎だ」
と声に出しながら、その肩を掴んだ。
いささか力の加減ができていなかったのは仕方がないだろう。
彼はぼんやりした目線を宙にさまよわせ、舌ッ足らずにこう言った。
「……だぁれ?」

 

一週間かけた診察の結果はこうだ。
機械と他人の肉を使って、腹の穴は塞がれた。
だが以前の彼に戻ることはできないだろう。
激しい運動や重労働はできないし、長時間起きていることも止めたほうがいい。
失明し、光を感じる程度しかできない。
大量の血が流出した影響で知能が幼児のレベルにまで低下し、記憶も失っている。
背骨の一部が欠損しているためか手元が頼りなく、ボタンをかける、はさみを使うなどの複雑な動作が不可能である。
勿論これらは今後のリハビリによって改善される可能性はゼロではない。
しかしそれでも彼には一生、介護人が必要だろう。
その報告を聞くのには大変な労力を要した。
話を聞くのが辛かった、というわけではない。
隣に座るジジィと同じような、神妙な顔を作るのに苦労したのだ。
医者に提案をするときも、彼の両親に頭を下げるときにも、期待に声が上ずるのを隠すのが難しかった。
曰く、彼がこのようになったのは、俺に全面的な責任がある。
だから俺に、彼の面倒を見させて欲しい、と。

 

俺は通信制の大学を出て、研究職――フィールドワークはせず閉じこもって論文を書くタイプ――に就いた。
花京院は確かに一人では生活できない体だが、無菌室にいなければならないというわけではない。
俺は早々にスピードワゴン財団のリハビリセンターから彼を引き取り、つきっきりで暮らした。
彼には激しい運度はご法度で、一日に何度も昼寝をする必要があるが、適度な運動はすべきである。
俺は自分の家の敷地が広いことにも感謝した。
彼を散歩に連れ出すのにも、ただ庭に出れば済む。
俺は、俺に完全に依存している――物理的な意味で――彼を、他の誰にも見せるつもりがなかった。
彼の知能は驚くほど若返っていたが、彼の体は大人のそれだった。
彼の体はたまに、ある正常な衝動を示すことがあった。
初め彼は大いに戸惑っていたが、それが怖いことでも恥ずかしいことでもなく、また俺によって彼が気持ちよくなるのは嬉しいことだと教えてやると、進んで俺に訴えるようになった。
彼よりは頻繁に、俺も同じ状態になった。
そういうとき、彼は俺の教え通りに手や舌を使った。
その仕草はとても拙いものであったが、彼が俺に対してそうするというだけで、俺は大変に満足していた。

 

ところで、ずっと考えていることがある。
彼の寿命は、例の大怪我で大幅に短くなったらしい。
勿論、その寿命をこれ以上は縮めないよう最大限の努力をするつもりだ。
だが、それが最重要項目ではない。
腹に穴が開こうがそうでなかろうが、結局いつかは俺も彼も死ぬのだから。
今のところ彼の方が俺より早く死にそうだと思われているが、俺が明日事故や事件で息を引き取らないとは限らない。
死からの回避は不可能だ。
それは問題ではない。
問題は、いかにして彼と離れないようにするかだ。
死神なんぞに別たれないようにするには、どうしたらいいだろう?
彼が死んだ日に一緒に死ぬ、だなんて手抜きの方法では駄目だ。
それは単に同じ日に死んだだけに過ぎない。
それでは、彼を殺して俺も死ぬというのは?
それも駄目だ、それだって、俺が彼を殺してから勝手に死ぬというだけのことだ。
彼と俺の死を同義にするには、どうしたら?
そんなことを考えながら彼にエプロンを着せ、右手に軽くて大きいプラスティックのスプーンを持たせ、左手にテーブルの上の椀を添えた。
彼は握り締めたスプーンを椀に突き刺すように使い、口の端からぼたぼたこぼしながら食事を始めた。
以前はスプーンの上に物を乗せることすらできなかったのだから、大した進歩だ。
「うまいか?」
「ん。じょうたろのごはん、おいしいです」
胸に湧き上がる愛しさを感じながら、俺は妙案を思いついた。

 

晩は久しぶりに手の込んだ料理を作った。
普段は花京院が食べやすいものばかりを作るのだが、今日はいいことを思いついた記念日だ。
残さず食べられるよう、俺が一口一口箸を運んで食べさせてやる。
彼は大人しく俺の手に従い、皿を綺麗にした。
「…うまいか、花京院?」
「うん!おいしいよ。じょうたろ」
「そうか、それはよかった」

 

それから俺は、何不自由なく暮らした。
花京院に関することだけでなく、自分についてもそうだ。
俺には俺のスタンドがいて、例えば棚の向こうに物を落としても、スタープラチナで拾えばいい。
しばらくしてから、俺は車椅子を購入した。
彼は年々足元が覚束なくなってきていたし、何かと便利だからだ。
たびたび俺は、こだわった料理を作っては手ずから彼に食べさせた。
精密な動きを得意とするスタープラチナは、腕の立つ料理人だった。

 

花京院はよく食べよく眠りよく遊び、当初の医者の予測よりはるかに長生きした。
それでとうとう最期の床で、彼は、
「じょうたろ、ぼくがいなくなったら、さみしくない?」
と言った。
「自分が死ぬって時に俺のことを気にかけるなんて、お前は優しいな」
彼の髪や頬を撫でながら――俺の両腕ともとうに存在しないので、スタープラチナの手で――俺は答えた。
「だが心配はいらねえ。俺の大部分はもうお前と一緒になっちまってるんだ。今喋ってる俺は、ただの残りカスみたいなもんだ。お前は安心して死んでいいんだぜ。そうしたら俺も一緒に死ぬことになる。ずっと傍にいるんだから、寂しくないだろ?」
「うーんと、ぼくはさみしくないけど、じょうたろは?じょうたろも、ぼくといたら、さみしくないの?」
「ああ」
「そう、それはよかった」

 

そうして、彼と俺は死んだ。
それを看取った方の「俺」も、もう気力だけで動いていたようなもので、ほどなく活動を停止した。
けれどそんな食べ残しの末路なんて、どうでもいいことだ。

 
 
 
 

ルート9=3=有理数=無理数(無理心中)じゃないよ、というお話。
日本語なのであいまいになっていますが、購入した車椅子は2台。
棚の向こうのエピソードはシルバーチャリオッツに敬意を評して。