はじめてじゃないおつかい

「はじめてのおつかいに、出ることになった」
「―――は?」

空条承太郎は現在、大学院生である。

彼には、恋人になる予定の知り合いがいる。
彼の名は花京院典明。
現在5歳である。
ああ、待って!通報は待って!
今説明するから!
承太郎と花京院は、高校生の頃にとある目的でエジプトまで遠征した。
ん?今5歳なのに高校生、って?
実は花京院は、そこで命を落としたのだ。
今の花京院は、その彼が転生した姿になる。
まあ信じがたいだろう、承太郎だって初めは信じられなかった。
承太郎が転生した花京院の存在を知ったのは、なんと当時3歳だった花京院からの電話だった。
ある日、承太郎と関わりのあるスピードワゴン財団というところから、電話がかかってきたのだ。
いわく、花京院典明を名乗る少年が、承太郎と連絡を取りたがっていると。

「……DIOの残党か。やれやれだぜ」

「我々もそれを疑ったのですが、承太郎様に『砂漠の夜、エスプレッソ、桜の時期』と言えば通じるから、と」
「………繋いでくれ」

砂漠の夜、エスプレッソ、桜の時期。

承太郎には覚えがあった。
ありすぎた。
あれは、そう、砂漠の夜、だった。
ジョセフが妻のスージーQは元々イタリア人だったという話をして、それからコーヒーの話題になったのだ。
物資に入っているコーヒーはもちろんインスタントで、けれどその味には安心するものがあったから、みんなちょくちょく飲んでいた。
話の流れで、その日は少しのお湯で濃い目のコーヒーを作り、砂糖をぶち込んでエスプレッソもどきをこしらえたのだ。
それを飲みながら、花京院がふと「コーヒーもいいけど、久しぶりに緑茶が飲みたいな」と口にした。
日本語だった。

「おい、ンなこと言うなよ。俺も飲みたくなるだろうが」

「ふふ、悪い。だけどやっぱり日本のお茶が懐かしいな。ベタだが、桜を見ながら飲みたいところだ」
「いいな。だがまだ早いだろう。桜の時期になったら一緒に見に行くか」
「本当か?嬉しいな、約束だぞ」

その約束は果たされなかった。

承太郎はそのとき、日本に帰ってくるのが自分ひとりだなんて、想像すらしていなかったのだ。
さて、そんなことを知っている相手である。
承太郎は財団スタッフに電話を繋いでもらう間、自分の手に汗が浮かんでいるのに気が付いた。
こんなに緊張することが、この数年あっただろうか?
電話の向こうの声は、開口一番「やあ承太郎、久しぶり。元気だったか?」と言った。
世間話でもするかのような気安さだった。
その声は高く、若干舌っ足らずで、明らかに幼児のそれだった。
だが承太郎には、間違いないという第六感的な確信が感じられた。

「花京院……なのか」

「そうだ。君の声は変わらないな。いや、少し落ち着いたかな?僕の方はこんな感じだよ。信じられないかもしれないが、どうやら記憶を持ったまま、転生というのかな、生まれ変わったみたいなんだ。名前もそのままさ。びっくりだろう?ようやくはきはき喋れるようになってきたから連絡したんだ」
「どうして……今まで……」
「それは許してくれよ。未就学児にはできないことが多いんだ。親だって僕を一人にはしないし」
「親……」
「そうだよ。前の親とは違う人だが、うまくやれている。僕は普段は、一般的な3歳児を演じている……まあ完璧とは言いがたいが、まさか中身が17歳だとは思わないだろう」
「花京院……。なあ、会えないのか?」
「難しいね。さっきも言ったが、僕はまだ幼稚園児なんだ。普通の、常識ある親だから、僕を一人にはしない。今は近所に回覧板を持っていってるんだ。もうすぐ帰ってくるよ」
「どこの幼稚園だ」
「M県S市K町のひまわりようちえんというところだ。来てもいいが、遠くから見るだけにしてくれよ。不審者として捕まったら元も子もない」
「……分かった」
「あ、帰ってきたみたいだ。切るよ。元気でな、承太郎」
「ああ、お前も」

それだけで、その日は終わってしまった。

だがそれから承太郎のところには、ちょくちょく花京院から電話が来るようになった。
ほんの短い時間ではあるが、承太郎には天の恵みのような時間だった。
もちろん顔を見に行ったこともある。
花京院はふくよかな頬を持つ、健康的でかわいらしい子供だった。
前髪を一箇所だけ、ちょろっと伸ばしている。
彼は承太郎に気が付いても、見つめてくることはなかった。
その代わり彼は、――ああ!彼の精神は変わってはいなかった!
彼はあの輝く精神の具現、緑のスタンド、ハイエロファント・グリーンを呼び出して、承太郎に向かって手を振ってみせた。
ハイエロファントの射程範囲は、まだまだ短いようだった。
それでも十分だ。
承太郎は生まれて初めて、喜びに涙した。

花京院が転生しているということは、もちろん祖父ジョセフとフランスにいる友人ポルナレフにも伝えた。

二人ともそれはそれは喜び、ジョセフなどは一週間もしないうちに、なんとアヴドゥルを発見してきた。
あまりよくない家庭環境にいたようで、引き取ってアメリカで一緒に暮らし始めたらしい。
イギーは犬だから探すのは難しいが、間違いなく旅の仲間の一員であったのだから、絶対に見つけ出すと意気込んでいる。
彼らも花京院に会いたがったが、花京院は今、新しい人生を歩み始めたところだ。
それを邪魔してはいけない。
……本人に了承を得て、ハーミット・パープルで念写はしまくっているが。
もう少ししたら子供だけで外で遊ぶのを許してもらえるだろうから、そうしたらきっと会おう。
そんな風に言い合って、そうして初めての電話から2年が経過した。
そこでやっと、冒頭に戻るわけだが。

「やあ承太郎」

「花京院、今はいいのか?」
「ああ、寝たふりをしていたら僕を置いて買い物に出かけてくれた」
「どうした?なんだか元気がねえが」
「実は、あまり言いたくないことがあって……でも言わずに後でバレたら恐ろしいことになりそうだから、言うよ。あのな、はじめてのおつかいに、出ることになった」
「―――は?」
「だからテレビ番組だよ。子供が一人でおつかいするのをテレビに映して見守るやつ」
「いや、それは分かるが、お前が出るのか?」
「そう。一応努力はしているんだけど、僕、ちょっとした天才少年の扱いを受けちゃってるんだよね。ご近所さんくらいまでしか有名じゃないけど。それで、周りにも乗せられちゃったらしくて、応募してさ、当たっちゃったんだよ」
「マジか」
「マジだ」
「それは……なんというか……ギャグか?」
「ギャグだよ!!ギャグ以外の何だよ!!?今生の分プラスしたら僕もう20年以上生きてるんだぞ!それがおつかいって!いやおつかいはいいよ、それはいいよ。問題はそれがテレビ放映されるってことだよ!!しかも一種のドッキリみたいなものだから、僕には当然知らされてなくてさ、反対もできない!」
「それは……っく……頑張れ」
「承太郎、今笑ったな!?笑っただろ!!」
「見に行ってやろうか」
「冗談じゃあない、自分のビジュアルを考えろ!」
「まあまあ、テレビは見てやるから」
「見るな、と言いたいところだが、まあ言ったところでやめないよな」
「当たり前だろ。ジジイたちにも知らせておくからな」
「え、おいちょっと」
「こんなこと隠してたのバレたら俺が吊るされる」
「まあな……。僕の見た目がこんなんだから、みんな過保護入ってるよな」
「お前が俺と同い年だったって、同じようなものだったと思うぜ」
「そうかなあ?とりあえず、伝えたかったのはそれだけだ。放映の日とかは自分で調べてくれ。もう切るぞ」
「もう?」
「電話代で疑われたらまずいだろう。じゃあな」
「チッ、仕方ねえな。またかけてきてくれ、花京院」

承太郎はその日のうちに、アメリカとフランスに連絡した。

番組の趣旨を知ったとき、まず初めに言われたのは、日本はクレイジーだということだった。

「子供を一人で町に出す!?持ち物を奪われたりさらわれたり殺されたりしたらどうすんだ!?」

「アメリカじゃ幼児虐待じゃぞ!」
「花京院だからいいものの、平和というのも考えものだな」
「じゃあオメーら、花京院がテレビに出るの見たくねーんだな?」
「見たい」
「見たい」
「見たい」

そういったわけで、ある秋の日、空条邸にアメリカ人とエジプト人とフランス人が来ることになった。

録画したものを送るといったのだが、全ての仕事をオフにして集まることになってしまった。
まあ当然である。

「ホリィー!承太郎ー!」

「パパ!いらっしゃい!早く早く」
「おせーぞジョースターさん!アヴドゥル!」
「飛行機が遅れたんじゃから仕方ないじゃろー!?」
「落ちなかっただけよかったですよ」
「もう始まってるぜ」
「うそーん!?」
「大丈夫、まだタイトルよ。これからのりくんが紹介されるみたいよ!」
「あっ映った!」
「カワイ~イ!」
「キャワイ~イ!」
「やれやれだぜ」

花京院の家が映され、テレビのナレーションが簡単な紹介をする。

『のりあきくんは来年小学校に上がります。頭もよくて性格も大人びているため、お友達の間ではお兄さんのような立場だとか』

「お兄さんwwwwwwwww」

「友達いんのあいつwwwwwww」
「今生じゃずいぶん楽しんでるみたいだからな。というかwwwを使うなwwwを」
「いいじゃろもうギャグパートなんじゃからwwww」
「つかこいつ撮られてんの分かってんだろwwwwww」
「顔がひきつってるなwwwww私じゃなくてよかったwwwwww」
「アヴドゥルも今度テレビ出るゥ~?」
「やめてくださいよジョースターさん」
「できそうだもんな。おつかいの説明に入ったぜ」

『今回のおつかいはバスに乗って商店街まで行きお買い物をし、しかも郵便局で切手も買ってきてもらうというもの。さて、のりあきくんは行ってくれるかな?』

「これな、撮影後の電話で『どうしていつもスーパーなのにわざわざ商店街なんだ!?切手なんてコンビニでも買えるだろ!?』って自分でツッコミしてたぜ」

「正論wwwwww」
「おつかいにならないからなそれではwwwwww」

『お母さんがお願いします!』

『のりあき~!』
『はーい!』

「はーい!wwwwwwwwwwwwww」

「声wwwwww作ってるwwwwwww声wwwwwww」
「わし知っとるぞwwwww日本の推理漫画にこういうキャラおるじゃろwwwwww」
「バーローだな」

『のりあき、今日の晩ごはんね、お魚さんにするつもりなのよ』

『おさかなさん?』

「wwwww」

「wwwwwwww」

『だけどね、今日お荷物が届くから、お母さんはそれを受け取らないといけないの』

『じゃあぼくがおかいものしてくるよ!』
『おお、のりあきくん初めてなのに積極的!』

「これ絶対じれったくなっただけだろwwwwww」

「とっとと行ってとっとと終わらせたいっていう気持ちがよく分かるな」

『本当?お母さん嬉しいな。でもね、お母さん切手も欲しいのよね。切手って分かる?』

『おてがみだすやつ!きってもおみせでかえるの?』

「wwwwwwww」

「wwwwwwwwww」
「おてがみ欲しいぜ……」
「あたしも欲しーい!」

『切手は郵便局で買えるのよ。郵便局がどこにあるか分かるかな?』

『わかるよー!バスにのっていくとこ!』
『さすがのりあきくん!郵便局の場所も分かるみたいです』

「もう何がさすがなのか分かんねえなwwwww」

「よくボロ出ないなこれでwwwwww」
「かわいいからじゃないかしら!」

『バスに乗って、どこで降りるか分かる?』

『ゆうびんきょくまえってところ!ママといっしょにいったとこでしょ!』

「ママwwwwww」

「ママwwwwwww」
「あたしもママって呼ばれたーい!」
「呼ばせてやるぜ」
「少なくとも10年は我慢しろよ承太郎」

『元気にお返事できたのりあきくん、お店の場所を聞いて、お母さんお手製のポシェットにお金を入れてもらって、さあ出発進行!』

「ポシェットの柄チェリーなんだけどwwwwwwwww」

「これ主張したんですかねwwwwチェリーがいいってwwwwww」
「そこは譲れんのかwwwwww」

『いってきまーす!』

『おつかいスタート!元気にダッシュです!』

「ダッシュそれっぽいそれっぽいwwwwww」

「転ぶなよwwwwww」
「転んでも演技だろ」
「どこで転ぼうか考えてる幼児嫌だなwwwwwwww」
「あ、減速した」

『わんこやお花にキョロキョロしていますが、迷うこと無くバス停に向かいます』

「これさwwwwwお前もスタッフなの分かってます顔だろwwwwwww」

「かたくなにカメラマン見ようとせんしなwwwwwwwww」

『バス停に着きました!時刻表が珍しいのかな?じっと見ています』

「つい時刻表確認しちゃったけど時計持たせてもらえてねえからどうしようもなくなってるwwwwwww」

「ごまかせごまかせwwwwwwww」
「時計の読み方は小学校に入ってから習うものね。腕時計はまだ持たせないわよねえ」
「スタッフが近付いたぜ」
「ちょっとくらいチラ見しねえと逆に怪しいぞwwwwwwww」

『のりあきくん、ちゃんと乗車券を取ってバスに乗りました。郵便局に行けるかな?』

「足ぶらぶらさせてるのかわいいぜ」

「歳相応な感じするのう」

『無事に郵便局前で降りたのりあきくん。切手を買いに行きます。あ、見えた!のりあきくん思わずダッシュ!……ああ~!』

「転んだwwwwwwww」

「転んだwwwwwwwwwww」
「計算ずくで転んだwwwwwwwww」
「これ受け身取ってるのバレねえか?」
「自然な感じじゃったからギリセーフじゃろ」

『転んでしまいましたが泣きません。強い子だぞ!』

『すん……』

「すすりwww上げてるwwwww」

「泣くよりあざといwwwwwww」

『強い子ののりあきくん、郵便局に入っていきます』

『こんにちはー』
『はい、こんにちは。何のご用ですか?』
『きってください!』
『何円切手ですか?』
『えっと……』

「頑張れ花京院!」

「80円じゃ!」
「いや分かってるだろ」

『おてがみおくる……はがきじゃないやつ……』

『80円かな?』
『それ!』
『金額は覚えていませんでしたが、80円切手を買うことができました。お次は商店街だ~!』
『こんにちは。しょうてんがいはどっちですか』
『サラリーマンに扮したスタッフに丁寧に声をかけます』

「目が輝いてないんだがwwww」

「見慣れたお前もスタッフだろ顔wwwww」

『商店街に着きました!魚屋さんに向かいます』

『こんにちは。おさかなください』
『こんにちは!何のお魚だい?』
『さば!』
『鯖は覚えていたようです』

「ここ忘れてるとメンドくせえからな」

「さすが花京院、演技も完璧だぜ」
「いや結構わざとらしいぞ」

『鯖を買って、あとは帰るだけ。おやおや?お菓子屋さんが気になるのかな?』

「わwwwwざwwwwとwwwwwらwwwwwしwwwwwいwwwwwww」

「むしろ果物屋さんだろ気になるのは」

『ああ~お菓子屋さんに入っていっちゃった!』

「ハイハーイ、花京院の脳内やりまーす。こんなにスムーズに終わらせてしまっては尺が余るだろう……転ぶくらいしかハプニングを入れていないしな……」

「wwwwww」
「それっぽいwwwwww」

『主婦姿のカメラマンが後を追います。のりあきくん、店内でウロウロ。欲しいお菓子があるのかな?』

「これ、あれだろ。入ったはいいものの普段好んで食べる菓子がねえから、何を手にとってもおかしくなっちまうっていう」

「ジレンマじゃな」
「なんで菓子屋でジレンマ抱えなきゃならねえんだwwwwww」
「まったくだwwwwww」

『しばらくお店の中を歩いていましたが、のりあきくん何も買わずに出てきました。よく我慢したね~!』

「果物屋だったら駄目だったに一票」

「私も」
「わしも」
「賭けにならねえ」

『切手と魚の入った鞄を手に、意気揚々と帰路につきます。バス停までやってきましたが……』

『こんにちは。このバスは、こうえんまえにとまりますか』
『あー、このバスは逆方向に行くんだ。あと10分くらいしたら、こっちとは逆の方からバスが来るから、それに乗ったら公園前に行けるよ』
『ありがとうございます』
『さすがのりあきくん!きちんと停まる場所を確認しました』

「もうさすがしか言ってなくねえか」

「これ大丈夫か?バレないか?」
「確認せずに見送る方が怪しいと思うわ。難しいところね」

『正しいバスに乗れたのりあきくん。もう少しだ!』

「ちょっと疲れてきてるな」

「中身は大人でも体は5歳児じゃからなあ」

『さあ、バス停から坂道を登ればおうちだ!だけどのりあきくん、さっきから鞄を持ち替えています……ああっ座っちゃった!』

「花京院……!」

「体力が限界なのかしら……」
「いや、あいつは自分のことをよく知っている。限界が来る前に休むことにしたんだろう」
「あ、ちょっと泣いてる……!」
「生理的な涙というやつじゃろうな」

『しばらく座っていましたが、のりあきくん顔をごしごしして立ち上がりました。あと一息、頑張れー!』

「頑張れー!」

「花京院頑張れ!」
「もう既に疲れ顔の演技に戻ってきてるけどな」

『おうちの前ではお母さんが今か今かと待っています。あっ!のりあきくんが見えた!のりあきくん、お母さんに向かって走ります!おかえりなさい!』

「エプロンにしがみついてる……これは……」

「大声で泣けないから妥協点じゃろうなwwwwwwww」
「いやいやしてるぞwwwwww」
「今顔を上げたら泣いてないのバレるからな」

『お母さんにくっついたままおうちの中に入ります。のりあきくん、初めての大冒険、頑張ったね!』

「いやーかわいかったのう」

「最高に笑えたしな」
「これは本人にも直接感想を言わねえとな」
「ホリィさん、後でビデオ送ってもらえますか?」
「もちろんよ!」

そしてそのビデオテープは、数十年後まで家宝となるのだった。