指輪小話

指輪物語パロディです。ギャグです。
ギャグなので、原作本編におけるメッセージ性とかテーマとかそういうものはなかったことになっています。
指輪ファンには残念な出来です。当然展開とか設定も適当です。許せる方のみどうぞ

 
 
 

「ひとつの指輪が見つかった」という噂は、少々薄暗い世界に片足の先でも突っ込んでいれば、自然と耳にする話だった。
『さる勢力』の複数の重要人物が狙っているため、賞金が跳ね上がっているという話も。
その指輪は、エルフ、ドワーフ、そして人間の少数精鋭に守られて、秘密裏に移動しながら滅びの山を目指しているらしい。
「指輪本体じゃあなくても、ご一行のうちの一人でもその首を持っていけば、莫大な報酬が出るって話だ」
承太郎に改めてその話を持ち出したポルナレフは、しかし、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「皆そいつらを狙ってんだろ、張り合いが出ていいじゃあねえか。どうしてそんな、腐ったミルクでも飲んだような顔してんだ」
「あー……あんまり聞かれたくねえ話なんだがな」
ポルナレフは騒がしい酒場を横目で見回した。
幸いと言おうか何と言おうか、酒場はいつも通りの喧騒で、大声で自分の致命的弱点を叫んでも全く問題なさそうだった。
「お前にも話したことがねえんだが……俺の出自に関わることでな」
「ああ、聞いたことがねえな。生い立ちなんざ、誰も話さねえからな」
「俺も、人に話すのはお前が初めてだ。お前を信用して言うんだぜ」
「そいつぁ光栄だな。安心しろ、他言はしねえ」
承太郎が請け合うと、ポルナレフは安酒をちびちび飲みながら話し始めた。
「実は俺は、ゴンドールの騎士崩れなんだ。ゴンドールも昔はよかったんだが、今の執政様がなあ……悪い方ってわけじゃあねえんだが……ちょいと前線に無理をさせるタイプでな……まあ詳しくは伏せておくが、あそこで妹を亡くして、俺は飛び出してきちまったんだ。それからは流れの傭兵をやってるってわけだ。直接ゴンドールと剣を交えたことはねえが、こんな稼業だ。遠回りにはゴンドールの損になるようなことなんて山ほどやってきた。だが今回は……『あれ』を護衛してる一行に、執政様のご子息がいらっしゃるんだ」
「……昔の上司ってわけか」
「まあそういうことだ」
ポルナレフとしては、指輪の一行の旅を、むしろ応援したいのだろうということは、簡単に察しがついた。
しかし手助けしようにも彼らは状況を明かさず動いているし、彼らを狙うハンターたちを止めようにも、数が多すぎて何もできない。
結果、こうして町の酒場の隅で、たいしてうまくもない酒を片手に、気心の知れた友人相手に管を巻いているのだ。
そんなポルナレフを見て、承太郎は一気に酒をあおると、銅貨を机に置いて立ち上がった。
「お前の話は分かった。まァ、俺にできることも何もねえが、万が一例のご一行を見つけても、見なかった振りくらいはしてやるよ」
そう言ってポルナレフと別れた承太郎は、けれど、自分がその指輪を見つけることなんざありはしないだろう、と思っていた、のだが。

 

今、彼の目の前には、ひどく怯えた様子のホビットが二人いる。
人里離れた村で牧歌的に暮らしているらしいホビットという種族が、こんな荒れた村の宿にいるのだからビクビクもしていよう、と思って彼らを意識の隅に追いやろうとした承太郎だが、先ほど偶然目にしてしまったあの小さな光は、小柄な割りに新しい傷をいくつもこさえたホビットには似つかわしくない、あの奇妙に魅力ある光は、『それ』が何であるかを推測させるのに十分だった。
「……やれやれだぜ」
今にも、暗がりでひそひそ話をしていた悪党どもが数人、彼らに手を伸ばそうとしている。
承太郎はお決まりの台詞を口にすると立ち上がり、さも知り合いであるかのように、
「おい、待ったぜ」
と声をかけた。
…………それから、何がどうしてそうなったのやら、彼は「自分たちだけでも滅びの山へ行く」と言って譲らないホビットたちの護衛をしながら、山を歩いていた。
「承太郎さん!旦那が少し疲れてらっしゃるみたいです。休憩にしませんか?」
ホビットの一人に言われて、承太郎は頷いて荷物を降ろした。
「それにしても、承太郎さんはタフですね。おいらの見た『大きい人』の中でもとびきり背が高いし」
例の指輪を持っているほうのホビットは、少しずつそれに力を吸われているらしく、道中は基本的に無口だが、もう片方の連れのホビットは、承太郎によく話を振ってくる。
「ああ、まあ……ドワーフの血が入っているらしいしな」
「そうなんですか!道理で丈夫だと思いました」
「俺のことはどうでもいいだろう。それより問題は、この先だ。俺でも、モルドールには行ったことがねえ。具体的な道が分からねえから、地図を頼りに勘で進むしかねえな」
「それでも、どんな道でも、一刻も早く滅びの山へ行かなければ」
指輪の現在の所有者は、その疲労した瞳に、けれど揺らがない意思を浮かべていた。
「分かった。どうせ、どこからどう行くにしても、危険なことに変わりはねえからな」
そういうわけで、道なき道をただ進んでいた彼らの後を、いつからかつけてくるものがあった。
彼らは息を潜め、とうとう『それ』を目にしたのだ。
『それ』は、一目には、暗き道を漂う亡霊か何かかと思われた。
けれど『それ』には手足があり、岩の上をぺたぺたと四つんばいで移動していた。
『それ』の顔はひどくやつれ、目だけが大きくギョロリと光っていた。
ボサボサの白い髪は伸び放題で、長い前髪のようなものが顔にかかっている。
『それ』はただ一人きりだったが、時折ゴクリゴクリと唾を飲む音を混ぜながら、ぶつぶつ喋っていた。
「ぼくらのものだったのに……ぼくらをだました……あのどろぼう……わるいやつだよ……ぼくらから盗んだよ……あの、いとしいしと!」
ホビットの一人は、『それ』を気味悪がり、さっさとまいてしまうか、いっそのこと切り捨ててしまおうと提案した。
もう一人のホビットは、『それ』の正体に思い当たるものがあり――魔法使いが話してくれた、指輪所有者の哀れな末路だ――、そして『それ』は黒の国への道に詳しいはずだから、案内を頼もうと言った。
確かに、魔法使いの話では、『それ』は前にモルドールに捕らえられていたことがあったということだから、方角程度しか分からないこの行程において、かなりの助けになるのは間違いないだろう。
もし『それ』に、助けになる気があるとするならば、だが。
ホビットたちは、三人目の意見を聞こうと、承太郎を振り仰いだ。
その承太郎はというと――、『それ』から目が離せないでいた。
背をひどく曲げて、絶えず独り言を続ける『それ』に、心を奪われてしまったようだった。
結局、付き人のホビットが彼の主人の意見を尊重する形で、捕らえた『それ』を同行させることになった。
『それ』はホビットの名を聞くと狂ったように騒ぎ立て、例の指輪を目ざとく見つけた。
「いとしいしと!ぼくらのものだよ!ぼくらのところに帰ってきたよ!」
話を聞くに、何の運命か、例の指輪は『それ』のところに数百年おり、それから今の持ち主の下へ渡ってきたらしい。
「これは、わたしが伯父から譲られたものなのだよ」
「ちがう!いとしいしと、わるいホビットに盗まれたのよ!」
なおも言い募ろうとする『それ』の腕を、承太郎がつかんだ。
「俺たちは、訳あってモルドールを目指している。どうかお前も一緒に来て欲しい」
『それ』は怒りの表情で口を開きかけたが、ふっと柔らかい顔になった。
「ぼくら、モルドール知ってるよ。昔つかまって、ひどいことされたよ。もしモルドールまで連れていったら、いとしいしと返してくれるか?」
「ああ、そうしよう」
黒の国モルドールへ無事に辿り着けたならば、指輪は破壊されるのだということは伏せて、ホビットが約束した。
こうして彼らの旅のメンバーが一人増えることとなったのだ。

 

『それ』は自分の名前をすっかり忘れてしまっていた。
そこでホビットたちは、唾を飲む音から、『それ』をゴクリと呼んだ。
けれど承太郎は、どこか遠い国の美しい都の名前を『それ』につけて、一人だけその名で呼んだ。
承太郎は甲斐甲斐しく『それ』の世話を焼いた。
エルフが持たせてくれた行糧(レンバス)を嫌がる『それ』のために、ウサギや魚を仕留めて来たし、『それ』が骨と皮ばかりの体を震わせていると、自分のマントをかけてやった。
はじめのうちは、『それ』が逃げないようにといって、夜は『それ』の手を握って眠っていたが、慣れてくると堂々と抱きしめて寝るようになった。
その生き物は、いつもホビットの持つ指輪を狙っていた。
口を開けば「いとしいしと」としか言わない。
けれど道を行く途中の休憩の時間や夜営の時間、絶えず承太郎が『それ』の目を覗き込み、頭を撫でながら話しかけるので、『それ』が盗みをはたらく機会は一切なかった。
『それ』もだんだん麻痺してきたのか、そういうときには、指をくわえながら「いとしいしと…」と呟いてはいるものの、おとなしく承太郎の膝の上で彼と見つめ合うようになった。
ホビットたちには、小さく醜いその生き物に、承太郎がここまで執着する理由がとんと分からなかったものの、そのことで結果的に指輪の安全が保障されていたので、特に何も口出しすることはなかった。

 

その日は、いつも通りの石ばかりの山道を歩き、岩陰で野宿することになった日だった。
ホビット二人は、とっくにマントにくるまって寝息を立てていた。
『それ』も、ギョロリとした目を半開きにして、うつらうつらしていた。
承太郎は『それ』を抱いて、その頬に触れながら、こう尋ねた。
「なあ花京院、俺とあの指輪と、どっちが好きだ?」
「すき……ぼくらがすき、いとしいしと……きらきらひかる…」
承太郎は『それ』の目を覗き込んだ。
そこには、夜だというのに目を爛々と光らせた自分の姿が映っていた。
「花京院、俺の目は光っているだろう?」
「うん?ひかってる…」
「そうだ、俺がお前の『愛しい人』だ」
「いとしいしと?」
「ああ、そうだ」
それから承太郎は、『それ』が指輪を探そうとするたびに、「ここにある」と言って自分の目を見せるようになった。
そのうち『それ』も、「いとしいしと」と言いながら承太郎の近くをうろつくようになってきた。
けれど、ふとしたことで例の指輪のことが話題に上ると大変で、『それ』は承太郎などそっちのけで指輪を求めるのだ。
それで承太郎は、一刻も早く滅びの山へ行きたがるのだった。
一応、彼は「この中つ国のため」と言ってはいたが、『それ』を蝕む指輪の呪力を取り除きたいのは明らかだった。
そうして彼らは、色々あったけどなんとか頑張ってモルドールに辿り着き、まあ逡巡とかもこの話ではすっ飛ばして、その指輪を滅びの山で滅することに成功した。
同じ頃、別の地で圧倒的不利な戦いを強いられていたゴンドールの軍勢も、かの最悪の敵、ひとつの指輪の力でなおもその存在をこの世に留めていた魔王が跡形もなく消え去ったのを見て、そのことを知った。

 

この戦争を経て、ゴンドールには王が戻り、中つ国に新しい時代の風が吹き始めていた。
とうとう指輪を捨て去ったホビットは、王宮の一室で目を覚まし、広間に歩み出て仰天することになった。
野性味溢れる旅人の姿のみを見せていた承太郎が、流れるように美しい長衣に身を包み、森のエルフの王の息子と話をしていたからだ。
常に帽子を被っていたのでまったく気がつかなかったが、脱帽している今見てみれば、彼の耳は先が尖っている。
そして彼の膝の上には、つきものが落ちたような顔をした、青白い小さな生き物が座っていた。
「承太郎さん……その格好は?」
「おや、ジョースター卿はそのような名を使っていたのですか?」
「ええ、彼はドワーフの混血だと聞きました」
「ドワーフの?まさか、彼はわたしの親類にあたる、王族の家系のエルフですよ。エルフにしては体格がよすぎるというのは確かですが」
「うるせえな、エルフだなんて言わねえほうが何かと都合がいいんだよ。まあ、もう旅は止めるがな」
そこでホビットは、中つ国が人の時代を迎えることになり、死すべき定めにないものたちが、船に乗ってこの地を出て行くということを聞いた。
「そうですか……承太郎さん、いやジョースター卿もそこに?」
「いや」
彼は、他に見せたことのない優しい目で、膝の上の小さな生き物を見つめた。
「俺はここに留まる。だがゴンドールやこの地全体のことについて、一切口出しはしない。こいつと二人で、森の奥で暮らすのさ」

 

それから国は、百年も寿命をもたない人間たちによって治められることになった。
平和な世もあれば、争いの日もあった。
ごくたまに、とても難しい問題が発生したとき、人の王はある忘れられた森の奥に使者を送った。
使者はそこで、永遠に姿の変わらない賢者に会うのだ。
賢者と話をしていると、ぺたぺたと足音を立てて、小さな白い醜い生き物がやってくる。
その生き物が『愛しい人』を探すと、賢者は「ここに」と言って抱きかかえ、いくつかの助言を述べると、そのまま引っ込んでしまう。
そうして次の世界の危機まで、彼らは誰からも省みられず、静かに時を過ごすのだ。

 
 
 

もっと簡単に言うと
「俺と指輪のどっちが好きなんだ花京院!!!」
「指輪!!!!!」