Little Lotus Leaf

2011年ハロウィンもの。
スタッフト・ゾンビー・ラヴァー続編。
 
 

彼が元々男だったのか女だったのか、今ではもうよく分からない。
本人に聞いても「さあ、おぼえてないよ」と言うし、父さんははなからそんなこと気にしていないようだったから。
インターネットどころか電話線すら引かれていないこの屋敷でも、なんとか携帯電話は使えたので、それで調べた感じではノリアキというのは男の名前みたいだ。
だけど彼(一応『彼』と呼ぼう)の外見からは、その性別を知ることは不可能だ。
中性的、というのではない。
男性らしいたくましい筋肉とか、女性らしい胸のふくらみとか、そういう判断材料になるものが、日々入れ替わっているからだ。
なにせ彼は、他人の死体を繋ぎ合わせて動いているゾンビなのだから。
一体全体どんな魔術を使ったのか知らないが、あたしの父さん空条承太郎は、その昔命を落とした恋人を、死んだままにはしておかなかった。
でもいくらノリアキがころころよく笑って動くとはいえ、やっぱり彼は死んでいたから、体のあちこちが腐って崩れ落ちていくのだ。
そしてその端から、父さんは夜な夜な墓場から掘り起こした死体を使って修復を行っているというわけだ。
ところで、そんな風にして頭のおかしな二人が楽しく暮らしていた家に、最近転がり込んできたお邪魔虫がいる。
それがこの私、空条徐倫である。
私だって、父さんがこんなマッドサイエンティストだとは思っていなかった―――というより、母さんが死ぬ直前まで、父さんなんていないものだと思っていたのだ。
そういうわけで、あたしはまだこの二人との距離を測りかねている。
もっとも父さんの関心ごとはノリアキがその全てで、あたし、というかそれ以外の事柄にはまつげ一本ほどの興味もないらしい。
反対にノリアキはといえば、この新しい同居人に興味津々で、ことあるごとに話しかけてくる。
ただし彼の脳みそも、ぐでぐでのぐずぐずらしく、次の日までに覚えていられるのは、あたしの名前と顔だけで精一杯みたいだった。

 

「じょり…じょりん!こんにちは」
「こんにちは、ノリアキ」
「ぼくは、じょーたろのこいびとの、かきょーいん、のりあきです」
「知ってるわ。あたしは空条承太郎の娘の徐倫よ」
「むすめ?むすめって、なあに?」
「女の子供ってことよ」
「こども?こどもって、なあに?」
「うーんと……父さんと母さんがいて、それで新しい人間が生まれるのよ。それが子供、かな」
「そしたら、じょーたろとぼくがいて、こどもうまれる?」
「それは……どうかしら、父さんに聞いてみないと分からないわ」
そんな話をしてから、彼は父さんに子供が欲しいとねだりだした。
彼の体は女性になっているときもあったのだが、それだって死んでいる体だったし、そもそもその体はおがくずが詰められているわけだから、そんなの到底できっこないように思えた。
だけど父さんなら何とかするかもしれない、そう自然に考えてしまうほどには、あたしもこのメルヘンやファンタジーな状況に慣れてしまったようだ。
死人が動いて喋って、キチガイ博士の恋人をやっているのだから、その子供くらい簡単にできるような気がしたのだ。
それから二人は父さんの研究室に一日中こもり、出てきたときにはすっかり疲れきった、けれど満足したような表情を浮かべていた。
そしてノリアキの下腹は、確かに何かを抱えて膨れていた。
その日から父さんは、ノリアキに無理をさせないよう振舞うようになった。
元々父さんの愛情だとか優しさだとかいうものは、全てが彼のために用意されたものではあったのだけれど。
死人の子供は十月どころか一月もたたぬうちに大きくなった。
ノリアキはいつの場合も左右の足の長さが違ったから、フラフラとしか歩けなかったけれど、更にヨタヨタと父さんに手を引かれて歩くようになった。
けれどそんなことも気にしない彼の笑顔を見ていると、幸せになってほしいと心から思えたのだ。
既に死んでいる彼には、『未来』などとうに存在しないというのに。
そして満月の夜、その子供は生まれた。
それは生きてはおらず、死んでもいなかった。
死することは生きているものだけの特権だ。
生を受けなかったのならば、死ぬこともないだろう。
それはただの腐った肉の塊だった。
ノリアキの乾いた瞳からは涙なんか流れなかったけれど、代わりに頬の縫い目から腐汁が一筋垂れた。
父さんは何も言わずに、彼を強く抱きしめた。

 
 

その次の日には、ノリアキは自分の腹にいたもののことはすっかり忘れてしまったように、いつもの笑顔であたしに声をかけてきた。
「おはよう、じょりん。きみは、だあれ?」
「おはよう、ノリアキ。あたしは空条徐倫、あなたの家族よ」
「かぞく?」
「ええ、あたしとノリアキと父さんは、同じ屋根の下に暮らす、家族だわ」
「ふうん、かぞくだね」
「家族よ!」
こうしてマッドサイエンティストとそのゾンビの恋人、そしてその娘の三人家族の日々は続いたのでした、というわけ。