プロポーズ方程式(先天性女体化)

研究チームに女性が参加すると聞いて盛り上がったメンバーは、当日やってきた新人を見て冷静になった。

彼女はスレンダーというにはあまりにもやせぎすで、白衣にはシワこそなかったが使い古した感があり、赤茶色の髪はあっちこっち自由に跳ねていた。
そして何より一番目立つのは、今時漫画でも見ないような分厚い分厚い瓶底眼鏡である。
その奥の目がほぼ見えないレベルだ。
彼女はしなを作るということは一切せず、事務的にペコリと頭を下げた。
「花京院典子です。よろしく」
そんな見た目でも女性は女性だから、女ッけのない研究所ではモテたかもしれないが、悲しいかなスピードワゴン財団の研究チームの面々は、毎朝受付のキレーなお姉さまがたを見て過ごしているのだ。
花京院を見るまでうっすら抱かれていた「あわよくば」という感情は、1日目にして研究チームのメンバーの心の中から消え去った。
とはいえ、彼女にとってはそれでよかったのかもしれない。
と、当ラボ所属の武藤(仮名・31歳)は思った。
花京院は若いながらも有能で、理解も早く、技術力もあり、すぐにチームになくてはならない存在になったからだ。
こういう分野では未だに、哀しいことだが「女だから」という言葉は足かせでしかない。
花京院はいい意味で女性らしさを感じさせず、チームに馴染んでいった。

さて、武藤が休日だというのにチームのメンバーのことをおさらいしている理由は、町中で彼女を見かけたからだ。

花京院の私服を見るのは初めてだったが、ラボで白衣の下に着ているものとまったく同じだった。
もっさいセーター、よれよれのジーンズ、以上。
もちろん分厚い眼鏡付き。
鞄もお洒落とは程遠い小さなリュックである。
とはいえ、別に奇抜なファッションでもないから、彼女一人だったら気付かなかったかもしれない。
武藤が花京院に気が付いた、その理由は、隣に立つ大男だった。
身長は2メートルほどもありそうだ。
白い帽子に白いコートの彼は、ものすごく、それはもうびっくりするくらいの、美形だった。
彫りの深い顔立ちに、立派な体格。
すれ違う人々が、男も女も等しく振り向いている。
武藤もその一人だった。
それで花京院に気が付いたのだ。
「何あの子?」
「ちょっと不釣り合いすぎない?」
そんな遠慮のない声まで聞こえてくる。
武藤は申し訳ないながらも少しだけ同意して、でも花京院はとても優秀な科学者だから、と思った。
もしかしたら研究の関係の人かもしれない。
男はアスリートのような体型をしていたが、インテリっぽい雰囲気も持っていた。
花京院は男と喋っていたからか、武藤には気付かず通りすぎていった。
ところで、武藤は科学者らしく、好奇心は人一倍強い。
彼はこっそり二人の後を追った。
彼らは町中にあった、特にお洒落ではない普通のカフェに入っていった。
武藤もそこに入り、アメリカンコーヒーを頼んだ。
うまいこと、花京院の背中側の席を確保する。
立てた聞き耳に入ってきた話は、武藤の予想通り、研究の話だった。
とはいえ機密事項に関わることは口にしない。
花京院はその辺りをうまいことぼかしながら、男と会話をしていた。
男の返答も学者然としている。

「……というわけなんだ」

「なるほどな」
「君の方はどうなんだ?」
「問題ないぜ。この前話したアレもだな」
「ああ、アレ?どうなった?」
「順調だ」
「それはよかった」
「ああ。ところで花京院、お前はいつ俺と結婚するんだ?」
「んー、その予定はないかな」

男の言葉に、武藤(と同じように耳を澄ませていた他の客たち)は驚いた。

不釣り合いどころか、まさか男の方から花京院に矢印が向かっていたとは。

「そうか。そういえばおふくろが会いたがってたぜ」

「本当かい?なんだかいつもお邪魔してしまって悪いな」
「まさか。俺もおふくろも悪いだなんて微塵も思ってねえぜ。明日にでも来いよ」
「分かった」

しかも親公認の仲なのか。

彼らはなごやかに会話を続け、やがてコーヒーを飲み終わって店を出て行った。
武藤はしばらくそこを動けなかった。

週明けの月曜日、花京院は休みを取っていた。

武藤は邪推をしてしまいそうになるのを必死で止めることになった。
「あれっ、今日花京院さんお休みですか」
在室ボードを見ながら声を上げたのは、後輩の山本(仮名・27歳)だ。

「ああ。朝連絡があったそうだ」

「マジですか~テンション下がる~」
「え、山本お前、花京院狙いなの」
「そっすよ~。はっ、まさか武藤さんも」
「ないない。頭いいし性格もいい子だけどさ、恋愛感情はないよ。山本は花京院のどこがいいの?」
「武藤さん知らないと思いますけど、花京院さん眼鏡取ったらかなりの美人ですよ!俺一回だけ見たことあるんです」
「そうなの?でもいくら美人でも女らしさ皆無じゃない?」
「そこがよくないっすか?付き合いやすくて。俺、顔だけかわいくて話が合わない頭空っぽ女、駄目なんですよね。その点花京院さんは頭回るし」
「それはそうだけどね。でも花京院、彼氏いるよ」
「ええッ!?」
「本当に!?」
「どこ情報!?」

反応したのは山本だけではなかった。

ラボの他のメンバーも目を丸くしている。
普段は恋話などには興味のない男たちばかりであるが、紅一点のメンバーのことだったら話は別だ。
厳格な室長まで身を乗り出している。

「土曜にすごいイケメンと一緒にいるとこ見たんですよ」

「それ、研究関係の人じゃなくて?」
「あ、やっぱりそう思う?僕もそう思ったんだけど、そのイケメン、花京院に結婚申し込んでて」
「えええ!」
「えっ、指輪とか見せてたんですか?」
「いや……会話の流れで……?」
「……それ、ジョークとかじゃなくて?」
「ジョークかも……」

武藤は首をひねった。

結婚を申し込んでいたこと自体はインパクトが強かったので忘れられないのだが、肝心のその様子については、さらっとしすぎていて全然覚えていない。
武藤がそう言うと、メンバーたちは「やっぱりジョークなのでは」と言い合った。

「でも、そんなジョークを言う相手がいるってことですよね?」

「そうなるね」
「やべえ、俺本気出さないと……!」

山本はそう言ったが、ラボでできることは何もなかった。

重い荷物を運ぼうかと声をかけても、「あ、大丈夫です」とすげなく断られる。
高いところの本を取るときも、そもそも声をかける前に椅子を持ってきてさっさと取ってしまう。
当然だが研究においては全員本気で取り組んでいるので、代わるだとか贔屓するだとかはできない。
分からないことがあれば、普通に一番詳しい人に聞きに行くか、あるいは自分で論文読んじゃってる。
山本が何もアプローチできないまま、一週間が経過した。
これでは進展がないと思ったのか、山本はある日の昼休み、花京院に声をかけた。

「花京院さん、ちょっと聞いて欲しい話があるんですが」

「何ですか?どうぞ」

花京院は書類をトントンと揃えながらそう言った。

ラボの面々は、とうとう告白かと色めきだった。

「いえ、ここではちょっと。ふたりきりで聞いて欲しい話なんです」

「え、何ですか?」
「なので、俺と一緒に来てくれませんか」
「いいですよ」

花京院は軽い調子でそう言うと、使い古した白衣をはためかせながら立ち上がった。

そうして彼女と山本は、部屋を出て行った。

「山本が振られるのに1000円」

「僕もそっちに1000円」
「僕も」
「賭けにならないじゃないですか。じゃあ『恋愛に興味ない』って言われるのに1000円」
「『研究のほうが大事』に1000円」
「『彼氏がいる』に3000円」
「攻めるね~武藤くん」

昼食後に武藤が部屋に戻ると、花京院は既に席にいてパソコンの画面を見つめていた。

その横顔は、普段と全く変わりがない。
これは一体どっちなんだろうか。
山本は昼休みが終わるギリギリの時間に帰ってきた。
その顔を見て、ラボの面々は全員同時に、「あ、振られたな」と察した。
そして、その日の定時後。

「あれ、皆さん帰らないんですか」

「僕はこれだけやってから帰るよ」
「僕もちょっとキリが悪くて」
「花京院くんは気にせず帰りたまえ」
「そうですか。それではお先に失礼します」
「ああ、また明日」

「……………………さて、山本」

「どうだったんだ」
「振られましたよ!察したでしょ!?」
「なんて言って振られたんだ」
「恋愛には興味ないとか?」
「いや……」

山本は眉を寄せて、遠くを見るような目をした。

「好きな人がいる、って」

「彼氏か?」
「いえ、俺も恋人がいるのかって聞いたら、『僕の片思いなんですが』って」
「じゃあまだチャンスはあるんじゃないか?」
「そりゃあ可能性はゼロではありませんし、これが研究なら諦めませんが」
「どうかしたのか?」

山本は、ふっと寂しそうな笑顔を見せた。

「片思いだって言いながら、笑ったんですよ、彼女。照れたような、10代の少女みたいな顔で。あんな顔させられる相手がいるんじゃ、俺に勝ち目はなさそうです」

こうして、山本の人生二度目の恋は終わった。

ちなみに一度目は家庭教師の先生である。
次の日からはまた花京院への態度がいつも通りになったので、賭けを無効にした研究チームの他のメンバーも、何も聞かなかったことにした。

さてそんなことがあってから半月ほどして。

常のように研究に精を出していたラボの扉が開いた。
扉はICカードと指紋認証で開くようになっている。
機密事項を扱うことの多いラボの扉を開けることのできるICカードは、メンバーの他には地位の高いお偉いさんしか持っていない。
今はメンバー全員が部屋の中にいたから、自動的にそれはお偉いさんということになる。
ラボの面々は、誰が来たのかと顔を上げた。
そして度肝を抜かれた。
扉をくぐって入ってきたのは、神話の英雄かと見まごうような美丈夫だったのである。
こんな人が一体何の用だ?
彼は堂々とした態度で部屋の中を見回した。
それに一番最初に対応できたのは、花京院だった。
彼女は平然とした声で、「あ、承太郎」と言った。

「なんでこんなところにいるんだ?」

「財団に用事があってな」
「職員が出向かずに君が来るなんて、珍しいな」
「こっちに別件の用事があったからな。今暇か?」
「君の目は節穴か?どう見ても業務中だろう」
「冗談だ。今日は定時上がりか?」
「そのつもりだ」
「だったらその後メシ食いに行こうぜ」
「いいよ」
「ついでに結婚してくれ」
「それは嫌だな」
「そうか。じゃあ資料室にいるから終わったら来てくれ」
「分かった」

彼は花京院と一通り喋ったあと、「邪魔したな」と言って部屋を出て行った。

花京院は室長に向かって「私語をしてすみませんでした」と頭を下げた。
室長は――他のメンバーもだが――ぽかんとしていたが、はっとして意識を取り戻した。

「い、今のは空条氏ではないかね、花京院くん」

「そうですが」
「せ、せっかく来てくださったのに何も」
「僕と私語をしに来ただけだったみたいですからお気になさらず」
「か、彼とはどういう仲なのかね」
「友人ですよ。腐れ縁なだけです」
「け、結婚を申し込まれてなかったかね……?」
「彼のジョーク下手ですよね」

それきり花京院は黙って、また机に向かってしまった。

武藤はラボの面々からアイコンタクトをもらったが、ただ頷くことしかできなかった。

「……………………さて、花京院は資料室に向かったわけだが」

「室長、知り合いなんですかあの人」
「知り合いではない。上から教わっていただけだ。彼は『ジョースター』の次期当主だ」
「え、『ジョースター』って」
「なぜか企業理念に『ジョースターの手助けをする』って書いてある、あの?」
「それだ。そもそもこの財団が、彼の先祖であるジョナサン・ジョースター氏とその子孫を助けるために作られたのだ」
「じゃあもしかして財団幹部?」
「ラボの扉開けてたもんな」
「そうだ、それで武藤さん」

メンバーの視線が武藤に集まる。

「そうそう、あの人。花京院と一緒にいたの。あんな感じで、さらっと結婚とか言ってた」

「でも花京院はジョークだって」
「いや、ジョークじゃあないと思います」

今度はそう言った山本に注目が集まる。

「いや分かりませんけど。空条さんでしたよね?彼はあんなこと冗談で言うような人じゃないように見えます。だって俺ならともかく、あの顔ですよ?あんなの冗談で言ってたら大変なことになるんじゃないかな」

「それもそうだな」
「じゃあ花京院は気付いてないのか?」
「鈍感にも程がある……」
「空条さん、俺の分も頑張って欲しいですね……」

それから何ヶ月か後のことである。

研究チームはとある発表で、賞をもらっていた。
そしてそれを記念するパーティが開かれることになったのである。

「俺、背広なんてリクルートスーツしか持ってないですよ」

「僕は貸衣装を使うよ」
「なるほどその手が」
「花京院くんはドレスとか着るのかい?」
「え~?僕のドレス姿とか誰得ですか?普通にパンツスーツですよ」
「なんだ残念」
「思ってもいないでしょ。他の部署の美人なお姉さんたちがいっぱい来ますもんね」
「バレたか」
「はっはっは」

マイペースな科学者たちは、自分たちが主役という自覚もあまりなく、パーティの日を迎えた。

当日、メンバーは一度ラボに集合してからパーティ会場に向かうことにしていた。

ところが、時刻になっても花京院が来ない。
時間に遅れるということのない彼女のことだから、何かあったのかとメンバーたちは心配したのだが。
ふと、室長の携帯電話が鳴った。

「花京院くん?大丈夫か?」

「大丈夫です。すみません、ちょっと、その、ホリィさんに捕まって。ええと、問題はないです。開場までには間に合うので、先に行っていてください」
「そうか?気をつけて来たまえよ」
「はい、ありがとうございます」

そういうわけで研究チームの面々はパーティ会場へ赴いた。

財団ビル5階から最上階に向かっただけなのだが。
花京院はできないことや分からないことがあればはっきりそう言う人物だから、彼女が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう、と判断したのである。
会場では、彼らはもちろん「おめでとう」の挨拶を受けたが、当然ながら幹部や財団の重要人物の周りの方に人々が集まっていた。
そうして、パーティが始まろうとした、そのとき。
入口付近がにわかにざわついた。
研究チームのメンバーたちも、つられてそちらを見た。
そして仰天した。
会場に入ってきたのは、男女のペアだった。
男の方は、人の注目を集めるのが当然であるような男、空条承太郎だ。
トレードマークの帽子を今は脱ぎ、つややかな黒髪をオールバックにまとめている。
身にまとうスーツは大柄な彼のための特注品であるように見えるが、あくまで上品でいやらしさはない。
彼は、会場の人々を無関心そうに一瞥し、打って変わって優しげな目を、エスコートしている女性に向けた。
その女性は承太郎に比べればとても小柄だが、背筋を伸ばして堂々としているからか、存在感は負けていない。
彼女はシンプルなラインの緑のドレスを着ていたけれど、それが細身の彼女を一番美しく見せるデザインに作られていることは、誰でもひと目で分かる。
彼女の柳腰と細い脚は、会場中の男性を虜にした。
………研究チームのメンバーを除いて。
彼らはびっくりしすぎていたので、そんな余裕などなかったのである。
美しい花の髪飾りに彩られた、ふんわりウェーブする整えられた赤茶色の髪も、意志の強そうな黒目が光る、少々口の広い顔も、知らないはずだが、よく知っているものでもある。
二人は慌てて寄ってくる幹部たちに向かって鷹揚に頷きながら、研究チームのメンバーのところまでやってきた。
承太郎はよく通る声で、「このたびは受賞おめでとうございます」と述べた。
機械的に「ありがとうございます……」とは返したが、室長の目は隣の美女に釘付けだった。
たいへん失礼だが、それも仕方なかろう。
その女性の方は、そんなメンバーたちに向かって悠然と微笑む……とかはせず、思いっきり顔をしかめて、
「ちょっとこれ、ないですよねー。僕パンツスーツで行くって言ったのに聞いてくれなくて」
と言った。

「花京院くん……だよな……?」

「そうですよー。コンタクト初めてなので慣れなくて変なことしたらすみません」
「そういう問題じゃない気が」
「あ、承太郎、もういいよ。僕こっちにいるから。君と一緒にいるとめっちゃ見られるから恥ずかしいし」
「いや花京院くん、君も十分、綺麗……だよ……?」
「室長、疑問形ですよ(笑)」
「いや(笑)じゃなくてね」

承太郎は花京院のそばを離れたがらなかったが、財団幹部たちがわらわら集まってきたので、花京院にシッシと追い払われてしまった。

女性に耐性のないラボの面々は初め美しく着飾った花京院にドギマギしていたが、彼女があまりにも普段通りなのですぐに慣れてしまった。
結局のところ彼らの優先順位トップは女性ではなく研究なのである。

「質疑応答ちょっとビビりましたよね」

「あっちの分野の予習、時間なくて完璧じゃなかったもんね」
「てか今日の分の記録、どうするんですか?」
「僕このあとラボに帰るよ」
「あ、じゃあ俺も」
「僕も」
「いや花京院くんはいいよ」
「うん、花京院はいいよ」
「え?」
「すみませーん、ワインじゃなくて烏龍茶もらえます?」

花京院は同僚たちと一緒に専門的な話に花を咲かせていたので、そわそわしながら声をかけたがっている男性たちには一切気付かなかった。

やがて財団のお偉いさんからお祝いの挨拶があり、そのあと室長がお礼の挨拶を述べた。
司会はそれから、研究に資金協力をしている人物として、承太郎を紹介した。

「えっ知らなかった」

「えっそうだったのか承太郎」
「研究のことしか考えてなかった」

そんなメンバーたちの声に応えて(?)、承太郎がステージに登った。

彼は研究の成功について、短くお祝いをした。
そして。

「ところで、今回私の挨拶の時間として、10分用意されている。残りが7分ほどあるので、図々しいが私事に使わせてもらいたい」

何を言い出すんだ?

会場の人々の注目が集まる。
承太郎はマイクを握り直すと、花京院とはっきり目を合わせ、「花京院!」とその名を呼んだ。

「!?はい!……?」

「花京院、てめー、いつになったら俺と結婚するんだ」
「!!!??」

一部の女性たちの間から小さく悲鳴が上がった。

しかし当の花京院は、開いた口がふさがらないという顔をしていた。
司会は二人の顔をキョロキョロ見比べていたが、さっと花京院に走り寄って来て、自分のマイクを手渡した。
フットワークの軽いやつめ。

「どうなんだ花京院」

「こんなところで言うことじゃあないだろう!?」
「だったらどこで言やいいんだ。夜景の見えるレストランもホテルのバーも遊園地も空港も俺の家もてめーの家も居酒屋もカラオケもゲーセンもファミレスも駄目だったろ」
「君がゲーセンとかファミレスとか言うな!」
「どこもお前としか行ってねーんだからいいだろう。いい加減逃げずに俺と結婚しろ」
「断る!」
「なぜだ?」
「なんでもだ」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」

花京院が薄い肩を怒らせてそう言うと、承太郎は「やれやれだぜ」とため息を付いた。

「花京院、おめーは研究者気質だし、実際優秀な研究者だ。おめーの言うことは常に理論的で筋道立っていて、納得できるものだ。おめーは正論しか言わねえ。ところが俺のプロポーズを断るときだけは、いつも理由を言わない。きちんと説明しろ」

「プロポーズ、っていうか恋愛とかそういうのは、感情でするものだろう?正論じゃなくて感情論でも当然じゃないか?」

承太郎は人の上からものを言うのが似合う男だったが、花京院も一歩も引かない。

会場の人々はハラハラと成り行きを見守った。

「それはもっと不自然だ。感情論で言うなら、てめーの答えはYESだろ」

「はあ!?なんでだよ」
「てめーは俺のことが好きだからだ」

言い切って、承太郎はニヤリと笑った。

会場の女性たちは、自分のことではないのに頬を染めた。
だが花京院には効かなかったようだ。

「なんだそのドヤ顔!僕がいつ君のことを好きだなんて言った!?」

「砂漠で、見張り番のときに」
「それはノーカンだって言ったろ!」
「じゃあなんだ、俺のことが嫌いなのか?」
「そんなわけないだろ!」

花京院は憤慨したような声を出した。

「君のことは心から尊敬している。頼りにしているし、すごいやつだと思う。だが、」

「舐めんなよ花京院」

承太郎が花京院の言葉を遮った。

「俺は、てめーの考えてることが全部分かるわけじゃねえ。だがてめーが俺のことを好きなことくらいははっきり分かる。いい加減観念しろ」

「そんなこと分かるわけないだろ!」
「分かるに決まってんだろ。てめーのことだぞ。なんならテレンスを連れて来てもいい」
「ひ、卑怯だぞ」

テレンスって誰だよ、と周りの人々は思ったが、承太郎はしてやったりと口角を上げた。

「かかったな。今ので認めたことになるぜ」

「あッ!?か、カマをかけたな承太郎!」
「引っかかる方が悪い。ま、いつものおめーなら引っかからなかっただろうがな。人前で緊張してるな?ここにしてよかったぜ。さあ、もう言い逃れはできねえぜ!俺と結婚しろ」
「い、嫌だ」
「だったらちゃんと理由を言え」
「え、だって普通に釣り合わないだろ。僕ブスだし」
「はあ?」
「はあ?」
「はあ?」

声を上げたのは承太郎だけではなかった。

その「はあ?」は、会場中の総意だった。

「もっと美人の奥さんもらえよ。家柄もいい人。今日だって僕、こんな格好させられて、似合ってないからジロジロ見られて恥ずかしいんだぞ。僕もっと地味なのがよかった」

「いやおめーがこの会場で一番美人だと思うが」
「は?君も目が悪くなったのか?僕の眼鏡貸そうか?」
「いやいらん。視力は両方1.5ある。アレ込みなら10以上は硬い」
「僕だってアレ込みなら50メートル以上行けるぞ」
「分かった分かった。とにかくおめーは自分が俺に釣り合わないと勘違いしてやがったんだな?」
「事実だろ?」
「あー、花京院の上司」
「はい」
「あんた今日、花京院いるか?」
「いえ、もともと彼女抜きの予定でした」
「えっひどい」
「ひどくねーよ心遣いだよ。あー、結局10分以上使っちまって悪かったな」

承太郎はそう言うとステージから降りた。

空気の読める司会は花京院からマイクを取り返していた。

「よいしょ」

「ふあッ!?おい何してるんだ!?」

承太郎は軽々と花京院を抱き上げた。

いわゆるお姫様抱っこ、ではなく、俵担ぎである。

「暴れるな、色気のないパンツが見えるぞ」

「くっ、卑怯だぞ承太郎!」

どうしてパンツに色気がないことを知っているのか、などと突っ込む野暮な人物は会場にはいなかった。

花京院は承太郎の高い肩の上から、視線で研究チームのメンバーに助けを求めたが、笑顔を返されてしまった。
そうしてギャーギャーわめきながら会場を出て行く承太郎と花京院を見送りながらメンバーたちは、
「寿退社しないといいなあ」
「あのサイエンティストがするわけないでしょう」
などと言い合っていた。