森の奥のジョジョ

絶蝶さんのフリー素材ついーよより。

 
 
 
 
 
 

むかしむかしあるところに、一匹のジョジョがおりました。
そいつはジョジョの中でもとびきり体が大きくて、その黒い姿を見たものは、誰でも恐怖を覚えるのでした。
とても強いジョジョでしたから、そいつは同じ種族の女の子にとても人気でした。
ところがそのジョジョったら、言い寄ってくる女の子たちには目もくれず、森の奥の小さな小屋で、小さな宝物を愛でて暮らしているのでした。
その宝物というのは、一匹の小さな人間でした。
人間の中ではまだ若く、声も高い少年です。
彼(人間は男の子でした)は、今よりもっとずっと幼いころにこのジョジョに見初められ、人間の町からここにやってきたのでした。
彼は、人間たちのあいだで暮らしていたときのことはほとんど忘れてしまっていましたが、かろうじて自分の名前が花京院だということだけは覚えていました。
彼はここへ来てすぐに、自分の他のもう一人、つまり黒い体のジョジョに、承太郎と名をつけました。
呼ぶときに不便だと思ったからです。
けれど、花京院が承太郎の名を口に出したことは、数えるほどしかありませんでした。
それもそのはず、ジョジョは言語というものは使いませんし、そもそも鳴き声のようなものもほとんど出しません。
花京院はだんだん言葉を忘れてゆき、ジョジョと同じように、匂いを嗅いだり頭をすり寄せたりして承太郎とコミュニケーションを取るようになりました。
ジョジョはその体の大きさに反して、霞を食べて生きています。
ですが花京院はそういうわけにもいきません。
承太郎は大事な宝物のために頑張って勉強して、それから森の獣を狩ってきたり、果物を取ってきたり、時には人間の町からパンやもろもろを持ってくるようになりました。
森の奥には狼や熊や一角獣や、その他たくさんの危ない生き物がいますから、花京院は小屋の中と、いくばくも離れていない川との2箇所にしか行動を許されていませんでした。
川へ水を汲みに行くときは、承太郎から抜け落ちた毛で作った毛皮を被ってゆくのです。
それでも承太郎は、それすら渋るのでした。
承太郎は食べ物の他にも、きれいな服や光る石、小さな生き物を模したぬいぐるみなんかを町から取ってきて、花京院に与えるのでした。
花京院もお礼に、承太郎の首元に鼻を押し付けて、かわいいお花や丸い石ころなどを贈りました。
承太郎はそれをとても喜んで、大事に仕舞いこむのでした。
花京院はいつも、新しい服を着て、レースやフリルに囲まれて暮らしておりました。

 
 

さてそんな風に、承太郎と花京院は幸せに平和に暮らしておりましたが、町の方ではとある噂が立っておりました。
それは、大きな獣が森の奥にたくさんの財宝を隠しているというものでした。
たまに町にやってきては食べ物や着るもの、宝石や玩具を奪ってゆくあの獣が貯めた宝物の数々が、森の奥に眠っていると。
その噂を信じて森に入り込んだ若者も何人かいるのですが、森の奥に辿り着く前に他の獣に襲われてほうほうの体で逃げ帰ってくるか、あるいは二度と帰ってこないかのどちらかなのです。
そのうちその噂は風に乗り、王都まで伝わりました。
町のものを盗んでゆく獣が退治されずにいると聞いて、王の信頼厚い騎士が町にやってきました。
彼はもし財宝を見つけたなら、持ち主が分かれば返すし、そうでなければ町に寄付すると言いましたので、町では大歓迎を受けました。
そうしてしっかり腹ごしらえをしてから、騎士は銀色の甲冑で身を固め、森へと分け入りました。
騎士は森の中を走る川を見つけ、これを道しるべにすることにしました。
森は昼なお薄暗く、しかし不穏な光をたたえています。
何度も狼や他の獣の襲撃を受けましたが、そんなものは銀の騎士の敵ではありませんでした。
騎士はずんずんと森を進んでゆきました。
森はとても深く、まだまだ奥まで辿り着いてはいないのに、もう日が落ちて、あたりが闇に飲まれてゆきます。
騎士は腰を下ろして、ここで野宿をすることにしました。
火を起こして食事をとっていた騎士は、ただならぬ気配を感じ取って、はっと顔を上げました。
川向うの木々のあいだに、夜の闇に紛れるようにして、とても大きな獣が立っていました。
動くことなく、じっと騎士を見つめてきています。
銀の騎士は油断なくレイピアに手をかけました。
「言葉が通じるかどうかは分からんが……俺の名はジャン=ピエール・ポルナレフ。国王陛下直属の騎士だ。お前が町を騒がせている獣か?町の人々から奪ったものを返して、もう悪さをしねえなら見逃してやる。そうでなければ、俺の剣の錆になってもらうぜ」
騎士、ポルナレフは厳しい声でそう言いました。
獣は何も言葉を返すことはなく、ゆっくりとした動作で後ろを向き、そのまま歩いていってしまいました。
背中を見せている相手に斬りかかるほど、ポルナレフは恥知らずではありません。
敵意は通じたでしょうに、そんな反応をするということは、ある程度の知能はあるのかもしれない、とポルナレフは思いました。

 
 

銀の騎士のところを去った承太郎は、これからどうしようか考えていました。
あの人間を殺して今までどおりの生活を続けるか、どこか別のところへ行くか。
承太郎の頭の中に浮かんだのは、花京院のことでした。
あの人間を殺すことはできても、また別の人間がやってくるだろう。
その人間も、その次の人間も殺してしまえばいい。
だがそうしているうちのどこかで、いとしい幼子が、目を離した隙に連れて行かれてしまうかもしれない。
そんなことがあれば、自分はきっと、生きてはゆかれないだろう。
そこで承太郎は、花京院を連れて、この森ではないどこかに行くことにしました。
ところが銀の騎士、ポルナレフはとても優秀だったのです。
承太郎が長旅のための食べ物を集めているあいだに、ポルナレフは獣の足跡をたどって、花京院が暮らす小屋に着いていたのです。
「こんなところに小屋があったのか」
ポルナレフは小屋がきれいにしてあることや、脇に木の枝が積まれていることに首を傾げました。
世捨て人でも暮らしているのだろうか。
ポルナレフは扉を叩いて声をかけました。
「失礼。わたしは王都から来た騎士だ。誰かいるのか?」
それに応える声はありませんでした。
ですが小屋の中から、ガタガタと何やら音がします。
ポルナレフは少し待って、それでも返事がありませんから、「邪魔するぜ」と言って扉を開けました。
そして仰天しました。
何しろそこは、ポルナレフが考える掘っ立て小屋とは全く違う内装だったからです。
床にはフリルのついたクッションが敷き詰められ、絵本が散らばっています。
テーブルに並んでいるのは銀食器でしょうか。
あちこちに、宝石や装飾品が無造作に置かれています。
そして、そんな部屋の中心にいるのは。
それは一人の少年でした。
年の頃は13、4でしょうか。
真新しい、貴族が着るような衣服に身を包み、それだけ場違いな黒い毛皮を抱きしめてうずくまっています。
紫色の瞳が、不安げにポルナレフを見上げました。
「ど、どうしたんだお前!?ここで何をしている?親は?どこから来たんだ?……はっ、まさかあの獣に連れて来られたのか!?」
大声でまくしたてられて、花京院はパニックに陥りました。
目の前の見慣れぬ生き物の、鳴き声の意味が分からない。
「ぁ…」
「大丈夫か?名前は?」
「ぅ…ぁ…」
騎士が伸ばした手から、花京院は逃げました。
怖い、怖い、助けて、
「ジョウ……!」
がたん、と大きな音がして、二人ははっと顔を上げました。
小屋の中に、窓から一匹の大きなジョジョが入ってくるところでした。
「てめェ…!」
騎士はとっさにレイピアを抜きました。
けれどそれより早く、花京院は承太郎に駆け寄りました。
ポルナレフは困惑しました。
森の奥で見つけた不思議な少年は、黒い獣に縋り付き、自分を睨んでグルルと唸っています。
少年と獣が親しくしていることは、誰の目から見ても明らかでした。
獣が少年を抱きしめて、ひときわ大きな声で――ポルナレフは知る由もなかったのですが、普段声を出さないジョジョとしては驚くべき声量で――ガル!と吠えました。
一瞬、ほんの一瞬だけポルナレフが怯んだ隙に、獣は窓から逃げ出しました。
少年を抱えたまま、外に置いてあった鹿の死骸を口にくわえて、一目散に駆けていってしまいました。
少年はずっと、獣にしっかと抱きついていました。
後に残されたポルナレフは、小屋の中の物を町に持ち帰り、たいそう感謝されました。
けれど彼は、森の奥で何があったのか、獣の本当の宝物は何だったのか、ついぞ話すことはありませんでした。