純潔、威厳、無垢(女体化)

「承…太郎……?」

僕の声に振り向いたその人物は、僕の姿を見て――頭のてっぺんからつまさきまでじっくりと――目を見開いた。

「花京院……か……?」

強く吹いた風に、僕らのスカートが揺れた。

時は1989年、僕ら二人、つまり空条承太郎と花京院典明は、とある強力なスタンド使いに敗れ、命尽きようとしていた。

僕は死にゆく目の裏に走馬灯を眺めながら、ぼんやりと考えた。
当時は性的マイノリティへの、世間の理解が浅かった。
いや今だって深いとは言えないが、とにかく今よりずっと浅かった。
僕と承太郎は相思相愛ではあったけれど、その感情は親にも友人にもひた隠しにしていた。
彼と二人で幸せな家庭を築く夢を見たこともある。
けれどそれは文字通り夢物語で、理想にも目標にも成り得なかった。
僕ら二人の間では同性愛は自然なことだったけれど、世界はそうじゃなかったんだ。
だから僕は、死んでゆく中で、こう思った。
来世があるのなら、女の子に生まれ変わりたい、と。
そうしたら承太郎と結婚できる。
もしいるのなら、頼むよ神様。
昔はあんたのことが大嫌いだったけど、承太郎と巡りあわせてくれたことはすごく感謝してる。
だからどうか……。…………。

気がついたとき、僕は小学校高学年の女子だった。

もちろんその前から物心はついていたが、前世の記憶を取り戻したのがその頃だったのだ。
エジプトの旅行記の写真を見ていたら強烈な既視感に襲われて、ひどい頭痛に頭を抱えて転げまわり、それが収まったときには、もう全部思い出していた。
僕の前世での名前、あの行軍、そして恋した相手。
僕はすぐさま新聞を調べ、スピードワゴン財団の名を見つけて、これが僕の妄想ではないと確信した。
と同時に、おそらく前世とはそのまま繋がった世界であるだろうという気持ちも持った。
だが、はっきりと信じられるほどの調べ物はできなかった。
2000年をもう何年も過ぎていたというのに、僕にはパソコンも携帯電話も許されておらず、それどころかテレビもニュース番組だけ、漫画もゲームも一切なし、図書館で借りる本にも親のチェックが入る。
勉強はもちろんのこと、華道や茶道や書道やピアノやヴァイオリンや乗馬など、様々なお稽古事が忙しかったのもある。
そう、僕は、非常に厳しい家庭の、お嬢様として転生してしまっていたのだ。
それに気がついたとき、僕は思った―――これ、めちゃくちゃラッキーじゃあないか?
僕と同じように承太郎が転生して、その上前世の記憶を取り戻しているなんて保証はどこにもない。
だがこの先、未来で承太郎ともし出会うことがあるならば、そのときに完璧美少女な僕を見せたい。
絶対びっくりするぞ。
そういったわけで、僕はその日から自分磨きに精を出し始めた。
記憶が戻るまえでは嫌で仕方がなかったが、考えてみれば親の金で技術を身に付けることができるなんて、ラッキーでしかない。
ゲームができないことはとても――かなり――非常に――心から――つらかったが、なんとか我慢した。
承太郎と結婚したら好きなだけプレイしよう。
承太郎が僕のことを覚えていない可能性も考慮し、そういった場合に彼を惚れさせることができるよう、僕は外見にも気を使った。
当然ながら化粧はさせてもらえないので、適度に運動し、お肌に気を配り、清潔感のある服装をするように心がけた。
お作法だのお上品なしぐさだのも親や先生が教えてくれた。
ありがたいことこの上ない。
僕の通う学校は男女共学ではあったが名の知れた名門校で、男女交際は一切禁止であった。
許嫁のいるものもいたほどだ。
そういう学校だったから、男子生徒から告白されるなんてイベントは起こらなかったが、明らかに僕に好意を持ってるなコイツという男子は結構いた。
あとついでに、下級生の女子にめっちゃモテた。
お姉さま、と呼んで慕ってくる子たちに、僕は柔らかな微笑を返し、けれど男子にも女子にも特別な人は作らなかった。
その椅子はもう、予約済みなのだ。
こうして17の誕生日を迎える頃には、立派な大和撫子が出来上がっていた。

17になった年から、僕は少しだけ焦り始めた。

前世ではもう、承太郎と出会っている年だったからだ。
このまま会うことができなかったら?
あるいはもう、誰かが隣にいるかもしれない。
僕としては日本全国を彼を探して歩きまわりたかったが、親がそれを許可してくれなかった。

「わたくしは何も、一人旅がしたいと言っているわけではありませんわ。お父さまのお仕事にご同行させていただくか、山岡たちを連れて行くのでも構いません」

僕はそう訴えたのだが、却下されてしまった。

………喋り方は許して欲しい。
なにせこっちはお金持ちのお嬢様なのだ。
ちなみに山岡というのは執事さんである。
それで僕は、もどかしい思いを抱えながら過ごしていた。

それが変わったのは、とある初夏の日のことだった。

いつも通りに学校に行くと、クラス中がさわさわしていたので――名門校はざわざわしない。さわさわするのだ――近くにいたグループに話しかけた。

「ごきげんよう。どうかなさったんですの?」

「あら、花京院さん、ごきげんよう。実はお隣の学級に転校生の方がいらっしゃったそうですのよ」
「なんでもイギリスで生活なさっていたのだけれど、お父さまのお仕事のご都合で日本にいらっしゃったのだとか」
「お父さまは日本人で、日本語もおできになるそうですよ」
「まあ、そうでしたの。この時期に転校していらっしゃるなんて、珍しいですわね。それで皆さん、お話ししていらっしゃったのね」
「それだけではありませんのよ」
「というと?」

僕が促すと、グループの女子三人は顔を見合わせ、それから輝く目を僕に向けてきた。

「その方、とってもお美しいの!」

「わたくしも遠目にお見かけしただけですけれど、まるで絵画の中から出ていらっしゃったような麗しさでしたわ」
「花京院さんもお美しいけれど、また方向の違うお美しさですわ。花京院さんのファンの皆さまも、驚かれるのではないかしら?」
「あらまあ、そうなんですの。わたくしもお会いしてみたいわ」

そこで担任が教室に入ってきたので、僕らはお喋りを切り上げて席についた。

僕には予感があった。
彼だ。
彼はタフで男らしい男であるけれど泥臭くなく、それこそ美術品のように美しい見た目をしている。
放課後、授業が終わったら、彼に会いに行こう。
そしてびっくりさせてやるんだ。
そうしてそわそわ浮足立って、いつもよりずっと遅く感じられる一日が過ぎた。
僕はクラスメイトへの挨拶もそこそこに、駐車場への道へと向かった。
電車や徒歩で通っている生徒もいるけれど、最近この近くにお屋敷が建ったとかは聞かないから、車での通学だと当たりをつけたのだ。
果たしてそれは正解だった。
黒い制服を着た、背の高い人物。
後ろ姿だけで分かった。

「承…太郎……?」

僕は思わず、その名を口に出していた。

僕の声に、その生徒が振り返る。
なびく黒髪。
その人はキラキラした緑の瞳で、僕の姿を見つめた。

「花京院……か……?」

そう呟いた唇は記憶にあるとおりにふっくらと、高い鼻も長いまつげも健在で、すらりと長い足もそのまま、風に揺れるスカートから伸びていた。

「……………え――ッ!!?君なんで女の子になってるの!?」

「それはこっちの台詞だぜ、花京院……下級生の女に人気だって聞いたから、てっきり男だと思ったんだが」
「えーっ!?えーっ!!待って、女同士だったら結婚できなくない!?僕が何のために女に生まれてきたと思ってるんだ?僕の努力は何だったんだ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ。女に転生すればテメーと結婚できると思って神サマにお願いしたんだがな」
「ええー……僕もだよ……。ちょっと意地悪すぎないか、神……」

僕らは顔を見合わせて固まってしまった。

再会は非常に嬉しい。
嬉しいが、これは想定外だ。

「花京院さん、空条さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう!」

そんな僕らの隣を、女子学生たちが通り抜けていった。

「あ、ご、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

僕らも挨拶を返し、再度目線を交わした。

遠くから、「お二人ともお美しいから絵になる」なんて勝手に話しているのが聞こえる。

「………わたくし、現世では生粋のお嬢様として生きてきたのですけれど」

「奇遇ですわね。わたくしもですのよ」
「………」
「……………」

ふはっ、と僕らは同時に吹き出した。

「まあ、ここで悩んだって仕方ねえ。とりあえず友達から頼むぜ、花京院」

「ああ。こちらこそよろしく、承太郎!」