エメラルドの娘

 
―――第一幕―――
立派な屋敷の一室。20代前半の青年と、5歳前後の少女。
二人とも汚れてこそいないが着古した服を着ている。
そこに一人の大柄な青年が入ってくる。
 

花京院  わッ、ど、どなたですか?
承太郎  てめーらこそ誰だ。ここは俺の家だぜ!
花京院  若旦那様……!?し、失礼しました、僕は花京院といいます。こちらは娘の徐倫です。
     このお屋敷でお掃除を担当しております。
承太郎  (徐倫を見やりながら)ガキ連れで?
花京院  預けるところがなくて…ホリ、いえ、奥様には許可を頂いております。
承太郎  ふぅん?
徐倫   徐倫はおりこうだから、ちゃんと言うこと聞けるよ。
花京院  あの、何か御用でしょうか……
     今までこんな早くにお帰りになられたことはありませんでしたよね?
承太郎  そりゃ仕事が忙しかったからな。だがそれどころじゃあなくなった。
     おい、ジジィがどこにいるか知ってるか?
花京院  大旦那様ですか?中庭にいらっしゃると思いますが……
承太郎  そうか。(そのまま退場)
徐倫   テン、あの人怖い顔してたねえ。
花京院  そうだねえ、何もないといいんだけどね。
 

花京院、掃除に戻る。徐倫は大人しく本を読んでいる。少しして承太郎が先ほどより憤慨した様子で再入場する。

 
承太郎  冗談じゃあねえ、よりにもよって何であの女なんだ?
     おい、お前、明日からいきなり仕事がなくなったらどうする。
花京院  えっ…そうですね、次の仕事を探します。
徐倫   テン、クビになるの?もしかしてあたしがいたから?
承太郎  そういうことじゃあねえ……じゃあもしも、ちっとも好きでもねえ、
     どころか自分が嫌いなタイプの女と結婚するなら辞めずに済むってんならどうする?
花京院  それはまた…難しいですね。僕でしたらまだ次の仕事も見つかりやすいですが……
     勿論こんな条件の良いところは他に無いでしょうが。
     あなたではそうもいかないでしょう。
承太郎  (一瞬毒気を抜かれた顔をして花京院を見やる)フム、そうだな……
     ところでお前、子供の母親は?
花京院  …いません。結婚もしていません。
承太郎  そうか、都合がいい。お前、俺と結婚しないか?
花京院  は…………ハァ?
承太郎  そうだ、それがいい。俺と結婚しろ。それで一年後に離婚してくれ。
     慰謝料はたんまりやる。子供の養育費もやろう。デメリットはねえだろ。
花京院  ちょ、ちょっと待ってください。何でそういう話になっているんですか!
承太郎  お前は頭が良さそうだ。顔も悪くない。性格はよく知らんが、
     俺に言い寄ってくる女どもより金遣いが荒いってことはねえだろ。
徐倫   おじちゃん、テンと結婚するの?
承太郎  おじ……そうだ。
徐倫   テンに一目惚れしたの?
承太郎  そうだな、それが一番分かりやすくていいな。
花京院  お、落ち着いてください若旦那様!
     好きでもない相手と結婚するなんてとんでもないとおっしゃったのはあなたですよ!
承太郎  一目惚れしたっつってるだろ。
     それとも何か、これから一生ずっと、掃除夫の給料で娘を育てていくのか?
     もうそろそろ学校にもやらなくちゃあならねえだろう。
花京院  それは…そうですが……
承太郎  子供を一人で育てているのに離婚歴があるのはおかしいことじゃあねえぜ。
     自分と、娘のことを考えろよ。
花京院  (固く目を閉じて)………分かりました、結婚します。
承太郎  よし、言ったな。(花京院の手首を掴む)こっちに来い。
 

花京院、慌てて徐倫と手を繋ぐ。承太郎に引きずられるようにして退場。
 
 

―――第二幕―――
よく手入れされた庭。ガーデンテーブルに老人と若い女性がついている。そこに花京院と徐倫をつれた承太郎が登場。
 
ジョセフ おお承太郎、心は決まったのか?
ミドラー そちら、どなた?随分小汚い格好ね。
承太郎  ああ、決まったぜ。結婚する。それで文句ねえだろ。
ジョセフ 承太郎!
ミドラー まあ!結婚式はいつ?
承太郎  式はしねえ。いらねえだろ。(花京院の方を向いて)お前、結婚式してえか?
花京院  え?いえ、そういうのは流石にちょっと……
承太郎  だとさ。
ジョセフ 承太郎、そちらの方は?
承太郎  おう、紹介するぜ。俺の嫁になる、花京院…
花京院  典明です。
承太郎  典明だ。
ミドラー ええッ!?どういうこと!!
承太郎  結婚して家庭を持つことが条件だったはずだぜ。
     花京院となら娘もできるし、いいことだらけじゃあねえか。
ジョセフ そう…かのう?いきなりすぎやせぬか?
承太郎  そんなことはねえ。
     俺はこいつに一目惚れしたんだし、こいつも俺との結婚には乗り気だぜ。なァ?
花京院  え、あ、……はい。
承太郎  (徐倫を見て)そうだろ?
徐倫   そうだよ!
ミドラー ちょっと待ってよ、あたしはどうなるの!?
承太郎  お前と結婚する気はねえってのは、もう何度も伝えてあることだぜ。残念だったな。
ミドラー 冗談じゃあないわ。だったらこんなところ、もう用はないわよ!
 

ミドラー、立ち上がって退場。途中、あからさまに花京院を睨みつけていく。
 

徐倫   あのおばちゃん、怖かったねえ。
花京院  ……そうだね。
ジョセフ ええと、花京院くんだったかな。君のことを詳しく聞かせてくれんかね。
     こんなところではなんだから、家の中に入ろうかの。
花京院  はい。
 

全員、退場。
 
 

―――第三幕―――
第一幕と同じ部屋で花京院が掃除をしている。ただし今の彼は、糊の利いた高級そうなシャツを着ている。そこに承太郎が入場してくる。
 
花京院  お帰りなさい、若…承太郎。
承太郎  おう。……お前、何してる?
花京院  掃除ですよ。他にすることもなかったので。
承太郎  そんなの使用人に任せりゃいいだろうが。
     お前がそんなことをしたら掃除夫の仕事がなくなるぜ。
花京院  その、新しい掃除夫は雇っていないんです。
承太郎  あァ?何でだテメー、俺に恥かかせる気か?
花京院  そういうわけでは……ただ、僕のやることがなくて。
承太郎  遊んでりゃあいいじゃあねえか。
花京院  そんなわけにはいかないでしょう!
承太郎  ってめ、いちいち俺に反抗しやがって……
     (口を止めて花京院を見やる。全身をまじまじ見渡した後、突然腕を引いて口付ける)
花京院  ……!!?(目を見開いて固まるが、慌てて振りほどいて離れる)
     な、な、な、何をするんですかッ!
承太郎  夫婦なら普通のことだろ。顔が真っ赤だぜ、初めてでもあるまいに。
花京院  は、初めてで悪かったですね!
承太郎  (ムッとして)ガキがいんのに、んなわけねーだろ。いつの時の子だ?
     どーせ若気の至りで作った上に母親に捨てられたんだろ!
 

花京院、一瞬泣きそうな顔をして口を開くが、結局何も言わず背を向けて退場。承太郎が立ち尽くしているところに、タルトを二つ乗せた皿を持って徐倫が入場。
 

徐倫   あれ、テンは?ホリィおばあちゃんがチェリーのタルトくれたから、
     一緒に食べようと思ったのに。
承太郎  あー……今は会わない方がいいと思うぜ。
徐倫   そお?じゃあこれ、徐倫と一緒に食べる?
 

徐倫、皿をテーブルの上において椅子に座る。徐倫に見つめられて少しためらうが、承太郎も着席する。
 

徐倫   テン、チェリー好きだから喜ぶと思ったのになあ。
承太郎  なあ、あいつのこと何故「テン」って呼ぶんだ?
徐倫   んーとね、徐倫がまだ赤ちゃんで、
     「ノリアキ」ってうまく言えないときからそう呼んでるの。
     「ノリ」って漢字、「テン」ってよめるのよ。すごくない?
承太郎  だが、なんだ、普通「父さん」とか「パパ」とか呼ぶもんじゃあねえのか?
徐倫   だってテンは徐倫のパパじゃないもん。
承太郎  (驚いて徐倫の顔を見る)そうなのか?
徐倫   そーだよ。あのねえ、徐倫のパパとママは徐倫がちっちゃいときに死んじゃって、
     それでテンが徐倫といるの。
承太郎  そう…なのか。じゃあ、あいつには恋人もいないのか。
徐倫   承太郎がテンのコイビトなんじゃないの?
承太郎  ああ、いや、そうだな……その通りだ。
徐倫   ごちそうさま!おいしかった!(承太郎に笑顔を見せる)
承太郎  (つられてぎこちなく笑う)…こっちも食べるか?
徐倫   ううん、テンに残しとく。
 

徐倫の名前を呼びながらホリィ入場。
 

ホリィ  まあ徐倫ちゃん、こんなところにいたのね。
     お風呂の準備ができたから入っておいでなさいな。
徐倫   はーい!(承太郎の方を向いて)ねーねー知ってる?
     このおうちのお風呂、すっごくおっきいんだよ!
承太郎  まあ、俺んちだからな。
ホリィ  徐倫ちゃんたら偉いのよ~一人でお風呂に入れるんだから!
     こんな孫ができてあたし幸せだわ~~
徐倫   徐倫はおりこうさんだからね!でも承太郎とならいっしょに入ってもいーよ。
承太郎  な、
ホリィ  あら~それはいい考えね!承太郎ったら、折角大きな浴槽作ってもらったのに、
     いっつもシャワーだけなんだもの。可愛い娘と一緒に入ってらっしゃいな。
承太郎  娘って……いきなりはいそうですかと家族になれるもんでもねーだろ。
ホリィ  徐倫ちゃんに出来てるのに、大人のあなたが出来ないの?
徐倫   承太郎、おとなじゃないの?
ホリィ  そうねー、体ばっかり大きくなって困ったものねえ。あ、でもちゃんといい子なのよ?
承太郎  あーあー分かった、風呂に入れりゃあいいんだろ!
ホリィ  違うわよぅ、一緒に入るのよ。徐倫ちゃん、承太郎をお風呂に案内してくれる?
徐倫   うん!こっち!
 

徐倫、承太郎の手を引いて退場。ホリィは残ったタルトを片付けて退場。
 
 

―――第四幕―――
徐倫と承太郎、脱衣室前で花京院と出会う。花京院は平生と変わらなさそうな様子だが、目が赤い。
 

花京院  あ……
徐倫   テン!(承太郎の手を離して花京院の元に駆け寄る)
     あのねえテン、徐倫これから承太郎とお風呂に入るんだよ。
花京院  ……そうか、よかったね。
徐倫   テンも一緒に入ろーよ!
花京院  それは……やめておくよ。
徐倫   なんでー?おっきいから三人で入れるよ?
花京院  ええと…(困ったように承太郎を見る)
承太郎  (一瞬目をそらすが、花京院の方を見て)さっきは、あー……
 

徐倫、焦れてその場で服を脱ぎ始める。花京院がそんな徐倫を制して抱き上げる。ふっと承太郎が徐倫の肩に目を留める。
 

承太郎  それ…そのアザ、何だ?
花京院  ああ、この左肩の?生まれたときからあるんです。綺麗な星型で、不思議でしょう?
承太郎  俺にも、同じアザがある。
花京院  そうなんですか?奇妙なこともあるんですね。
承太郎  俺だけじゃあねえ。ホリィにもあるし、ジジィにもだ。ジョースター家の遺伝なんだ。
     ……おい、こいつの母親の名前はなんていう。
     お前とこいつの血が繋がってないと聞いたが、それはこの際どうでもいい。
     こいつの母親は!
 

承太郎の大声に驚いて、徐倫が泣き出してしまう。それを花京院があやすのを承太郎はイライラした様子で見る。
 

花京院  ……アイリーン。
承太郎  アイリーン・ジョースターか。
花京院  ジョースター?まさか、いや、彼女はアイリーン・アナキスですよ。
承太郎  アナキスだァ?結局あの男と一緒になりやがったのか!
花京院  ジョースターって……どういうことですか?アイリーンとあなたはいったい?
承太郎  兄妹だ。アイリーンは俺の妹だ。学生だったってのに、
     どこの馬の骨とも知れない男と結婚するとか言ってきたから反対した。
     そしたら家を飛び出していきやがって…そうか、死んだのか……
花京院  ええ、二人とも……誰も悪くない、不幸な事故でした。
     徐倫が生き残ってくれたのが唯一の幸いです。
承太郎  徐倫……そうか。だったら徐倫は俺の姪に当たるわけだな。
     正統なジョースター家の血統ってわけか。
 

承太郎、徐倫を見やる。徐倫はぽかんとしている。花京院はだんだん顔色が悪くなっていき、突然徐倫を抱きかかえたまま走り去る。
 

承太郎  !?おい、待てよ!(後を追って退場)
 
 

―――第五幕―――
花京院、部屋に駆け込んで鍵をかける。
 

徐倫   どうしたの、テン……?
花京院  徐倫、君は………。まだお風呂に入っていないけれど、今日はもう寝てしまいなさい。
徐倫   …はぁい。
承太郎  (ドアの向こうで)おい、花京院!
花京院  徐倫を寝かしつけます、少し待ってください。
     (徐倫を抱いて退場、しばらくして一人で戻ってくる)……戻りました。
承太郎  何でいきなり逃げた?
花京院  徐倫は君の姪で…ジョースター家の者だというなら、君……
     彼女をジョースターの跡継ぎとして育てるつもりでしょう。
承太郎  そりゃあ……それ以外にあるのか?
花京院  ッ君、僕から徐倫まで取り上げるつもりか!
承太郎  取り上げるって何だ。
花京院  だってそうだろう、僕とは離婚するけど、徐倫は置いていけって言うんだろ?
     冗談じゃあない、君は慰謝料だけ払ってくれればいいよ。
     僕たちのことは放っておいてくれ!
承太郎  そんなに金が欲しいのか!
花京院  あー欲しいよ。君は知らないだろうけどな。
     お金がなければ学校にも行けない、仕事も探せない。
     お腹が減ったまま隙間風の吹き込む部屋で眠らなきゃならないんだ!
     徐倫だって女の子なのに新しい服も買ってあげられないで……
     でもあの子は文句一つ言わないでくれて、
     僕だって学校辞めたし親からも勘当されたし、
     キ、キスだって君が初めてだったんだぞ。
     それでも徐倫がいてくれたから頑張れたのに……
承太郎  そんなことが……お前、どうしてそんなに徐倫を気にかける?
     アイリーンとはどういう関係だったんだ?
花京院  安アパートで隣の部屋だった。
承太郎  それだけで!?
花京院  君なんかに分かるもんか!初めて出来た友達だったんだ。
     二人が越してきてからずっと楽しかった。
     徐倫が生まれたときなんか、自分のことみたいに嬉しくて……
     君と離婚したって徐倫は渡さないからな!
承太郎  あー、分かった。俺はあいつを跡継ぎとして育てたい。
     お前はあいつと離れたくない。ついでに金も欲しい。全部満たす解決方法があるぜ。
花京院  何だい?
承太郎  俺とお前が離婚しなけりゃいい。
花京院  ……え。
承太郎  嫌か?
花京院  嫌って言うか、え…?
承太郎  ここ、開けてくれねえか。

 
花京院、少しためらったのち鍵を回して扉をゆっくり開ける。
 

花京院  どういうことだい?
承太郎  お前が徐倫を連れて、金も持って俺から離れたいと思うのは自由だ。
     だが、今や俺とお前は結婚届を提出した正式な夫婦だ。そう簡単に逃がすと思うなよ。
花京院  り、離婚だなんて初めに言い出したのは君だろ!
承太郎  気が変わった。
花京院  そんな……だって、君、じゃあ女の人と結婚できないよ?
承太郎  俺は元々誰とも結婚するつもりはなかった。
     お前が誰か別の女と結婚したいっつーなら諦めてもらうしかねえな。
花京院  何故?僕を引き止めてまで徐倫が必要なのか?
承太郎  そうじゃあねえ。俺はお前が欲しいって言ってる。
花京院  ?なんで?
承太郎  お前に惚れてるからだ。
花京院  はあ…そういう方便で結婚したんだものね。
承太郎  方便じゃあねえ、俺自身も気付いてなかったが本気でお前のことが好きだ。
     プロポーズはできないから、「離婚しないでくれ」っていう情けない告白になるが。
花京院  え、は……は…?(見る見るうちに顔を赤くする)…え……
承太郎  俺のことが嫌いか?
花京院  別に嫌いってわけじゃ……
承太郎  じゃあ、好きか?
花京院  よく…分からない。
承太郎  (花京院の反応を確かめつつ、そっと抱きしめる)
     俺のことはゆっくり好きになってくれればいいから、な?
花京院  うーん…努力してみるよ……
承太郎  お前、可愛いな。(花京院の耳にキスをする)
花京院  かわ、っわああああ一体何を!
承太郎  気付いてるか?お前さっきから敬語使ってねえぜ。
花京院  ああああ本当だ!すみません!
承太郎  いや、そっちの方がいい。
     使用人じゃあなくて、俺の伴侶として一緒にいてくれるだろ?
花京院  ……うん。
 

舞台が暗くなって幕が下りる。幕のこちら側でパジャマに着替えた徐倫がこっそり立ち聞きしている。幕が下りきってから客席に向かって笑いかけ、走っていく。

 
 
 

花京院の呼び方はみの字さん発案。Tennyっていうのも可愛い。