リップ・カーヴァンの殺人履歴書

こけしさんにタイトルをいただいて考えてみて書いたものです。

「とても美しい男だった。ああ、よく覚えている。夜のような漆黒の髪と、星のように輝くエメラルドの瞳を持っていた。彼と出会ったのは、町中のベーカリーだ。ベーコンを巻き込んだエピと小さなドーナツ、それから食パンを買っていた。俺は、彼が一人暮らしだと思ったね。何、買っていたパンから推理したわけじゃあない。薬指から指輪を外したあとがあったからさ。俺はいろんな人間を見てきたから、そいつの見た目が美しすぎて結婚生活に失敗したんだろうということはすぐに分かった。ああいう人間は、他人のものであるうちは輝いて見えるが、自分のものになったとたん、美点は0.5倍、欠点は3倍に見えるものなんだ。新しい恋人の待つ家に帰るような顔にも見えなかったから、独り身だと思ったというわけさ。

 で、俺としては、ぜひとも彼を手にかけたいと思った。あんなに美しい男は初めてだったからだ。彼は体格もとてもよかったから、俺はしっかり準備をしてから挑もうと思った。そこで薬局で……何、そこは調べがついてるからいいって?分かったよ、とにかく俺は、下準備を万全にしてから彼を殺った。それは興奮したよ。何しろこれ以上ないほど美しい男だったからな。あんた、写真を見たことは?そうか、それなら分かるだろう。男も女も放っちゃおかない美しささ。俺みたいなのまで引き寄せちまう。
 でだ、俺はたいへん興奮しながら彼を殺した。これ以上ないほどの満足感を覚えたよ。ところがそれも長続きはしなかった。まあ、いつものことだ。殺ってる最中はいいんだが、すぐ薄れちまう。俺はだんだんに彼のことを忘れていって、次の獲物を探すことにした。2番街の女を殺ったときには、とっくに彼のことなんか頭から抜け落ちていたよ。
 ところがだ。そう、あの満月の夜に東洋人の男を殺してからというもの……え、どういう男だったって?そうだな、黒髪の男ほどじゃないにせよ、エキゾチックでなかなかの美形だった。髪の色が赤っぽかったからこのへんの出身かと思ったんだが、顔を見たら東洋人だったから、混血だったのかもしれないな。え、生粋の日本人?日本人って黒髪以外もいるのか?
 とにかく俺は、スーツでフラフラしながら歩いている彼を見つけて殺した。生活が忙しいからって、ろくに抵抗もできないような体調で夜道を歩いてるほうが悪い。で、彼を殺した時の話は、そうたいして面白くないから飛ばそう。そうたいして面白くない仕事だったんだよ。それからが重要なんだ。
 彼を殺してそこそこに満ち足りた気分で家に帰った俺は、手を洗って歯を磨いて寝た。それで、その夢の中に出てきたんだよ、あいつらが。あの黒髪の男と、赤毛の東洋人の男さ。やつらは手を繋いでいた。指を絡ませる、親密な繋ぎ方さ。やつらは晴れ晴れとした笑顔で、『やあ、こんばんは』と声をかけてきた。殺した相手が枕元に立つなんて初めてだったから、俺はどう返事をすればいいのか分からなかった。だがやつらは、そんな俺には構わずに肩をくっつけあって笑っていた。
『いやあ、こんな解決方法があったなんて気が付かなかったよ』と赤毛が言った。
『俺もこいつも死んじまえば、子供を残すだの世界を救うだの、考えなくていいからな』と黒髪。
『まったく驚いたよ、●●●ったら、天国にも行かずに境界で僕のことを待っているんだもの』
『あと何十年だって待つつもりでいたんだがな』
『とにかく、もう二度と会わないことにしようって言って別れたが、あっさりまた会ってしまったわけだ、君のせいでね。そうしたら、やっぱり彼なしじゃいられないことが分かったよ。彼なしでも生きていけるかもしれないが、彼なしじゃ存在し続けることは無理だ』
『こいつの氷山のような心を溶かしてくれて感謝するぜ』
『そう!僕らは君に感謝してるんだ。そのお礼にやってきたってわけさ』
 そのへんでようやく俺にも、彼らが生前結ばれなかった恋人同士であることが理解できた。そこで俺は、『それはよかったですね』と言ってやった。やつらはニコニコしながら『本当に君のおかげさ』と言った。
『そこで君には、感謝のしるしとして自首をおすすめしたい』
『なんだって?』と俺。
『今なら僕らの感謝の気持ちで、君の罪が数パーセントだけ軽くなるそうなんだ』
『この数パーセントというのはでかい。何しろお前の罪がもうどうしようもないほど膨れ上がってるからな』
『このキャンペーンだが、今週の土曜までに警察に出頭すれば0.5パーセント、来週の水曜までで0.1パーセント、それを過ぎるとナシなんだ』
『だから急ぐといいぜ』
 0.5パーセントではちょっと、と俺は言ったが、やつらはパネルを取り出して、俺の罪の具体的なグラフと地獄での罰則の要点を説明してくれた。とても分かりやすかったよ。まあもちろんだからって、俺には自首する気なんてさらさら起きなかった。それを悟ったやつらはあろうことか、だったら俺が出頭するまで毎日やってくると言い出したんだ。そしてその言葉通り、あいつらは飽きもせず毎晩毎晩、俺の夢の中に現れやがるようになったんだ。けっして俺の妄想だとか、当然良心の呵責だなんてものでは一切ない。俺は現実主義者だからな。
 夢の中にやってくるあいつらは、俺が胸やけで眠れないほどいちゃついた。腰を抱いて愛を語るわ、前髪にキスするわ、抱き合って昔話に花を咲かせるわ。俺がもう勘弁してくれと言うと、だったら自首しろと言ってくる。俺は寝不足が続いて、職場じゃミスを連発するし、とてもじゃないが殺しなんてできなくなってしまった。
 俺だって頭は悪いほうじゃあない。あいつらに眠るのを邪魔されて人殺しができなくなるのと、サツに捕まってできなくなるのを比べてみたんだ。その結果、俺はこうして今ここにいるというわけさ。夢?ああ、昨日はここに泊まったんだが、あいつらは夢の中に来たよ。来たは来たが、『君が自首してくれて本当によかった』とだけ言って、どっかに行っちまった。おかげで快適に眠れたよ。いやあ、本当にここに来てよかった。あんなに熟睡できたのは数カ月ぶりさ。なんせあいつらときたら、このままだと俺の夢の中でおっぱじめそうな勢いだったからな。俺にそんな趣味はない。
 これが、俺が自首しに来た理由さ。キャンペーン中に来なかったのを悔いているくらいだよ。まあ、信じてくれなくても構わないがね。うん?いや、俺は黒髪の男の名前なんて知らないよ。東洋人のほうがそう呼んでいただけさ……」