ここはエメラルド・シティ

キリ番900リクエスト「花京inオズの国」………だったんですが「漫画術」91ページ12行目を読んだ私にはこんな話しか書けませんでした……

 
 
 
 
 
 

空条承太郎は目が悪かった。
視力が悪いというのではない。
彼の瞳は緑の色をしていた。
そのレンズを通してみる世界は、すべてが緑がかっていたのだ。
青っぽい緑、黄色っぽい緑、明るい緑、黒っぽい緑。
彼の世界は、これだけで構成されていた。
幼稚園で握ったクレヨンが、同じ色ばかりに見えると主張して、彼の色盲であることが判明したのである。
医者に色々と検査され、ただ色が判別できないわけではなく、一面「ふつう」の人が見る「緑」色に染まっていることが知れたのだ。
それが分かったとき、周囲は彼のことを「かわいそう」な子と呼んだ。
冗談じゃあない、と幼少のみぎりの承太郎は思った。
ひとが持っていないものを持っていても、ひとが持っているものを持っていなくても、指を差されるのか。
それがいったいなんだというのだ。
彼はそのうち、自分の見る世界が緑色で塗りつぶされていることを、口に出さなくなった。

 
 
 

「ハイエロファント・グリーン」
花京院は生まれついてのスタンド使いだと言っていた。
子供の頃からそばにいるハイエロファントが、他の人には見えないことが理解できず、ずいぶん苦労したんだと。
(苦労、だなんて言葉で片付けられることじゃあなかったろうに)
ある夜ある国で、花京院にそう打ち明けられたとき、承太郎は心に納得が浮かぶのを感じた。
だから同じ匂いがしたのだ。
こいつは同類だったのだ。
花京院とハイエロファント・グリーンは、承太郎と発現したばかりのスタープラチナとは、少々性質の違う関係を結んでいる。
花京院は敵の襲撃も、見知らぬ町の人々の視線もないとき、ちょくちょくハイエロファントを呼び出しては、何やら小さな声で語りかけていた。
たいしたことを言っているわけではない。
偶然(誓って言うが本当に偶然であり、盗み聞きするつもりは一切なかった)耳にしたときは、マーケットの果物が美味しそうだったとか、靴の中に砂がたくさん入ってしまったとか、たわいのないことを話していた。
そういうとき、ハイエロファント・グリーンはまるで別の人格のように、神妙な顔でくすくす笑いながら話される内容を聞いている。
あれは正しく花京院の精神の具現だ。
だがそれは、意のままに動く武器ではない。
地図を一緒に覗き込んだり、声を出して笑い合ったりしている花京院典明とは別個の、彼である。
誰の目にも映らない彼、誰からも顧みられない彼、笑顔を作らない彼、ほどけてゆく彼、孤独を知る彼、”緑”の名をもつ彼。
「どうしたんだい、承太郎?」
「………いや、なんでもねえ」
振り向いた彼と彼を見て、承太郎は急激に認識した。
そうか、これが緑だ。
緑に緑を重ねても緑なのだから、グリーンというものは、この花京院がもつ色なのだ。
他のものはみんな、まがいものの緑なのだ。
ただ緑しかない世界で、承太郎は初めて指標を得たのである。

 
 
 

承太郎は口数の少ない男だった。
彼は旅のメンバーにも、自分の視界には緑しかないということは伝えていなかった。
別に、隠していたわけではない。
自分の背が高いとか、あるいは目が二つあるとか、そのくらい当然のことだから、わざわざ言うことではなかったのだ。
旅を続ける上で、何も不便はなかったというのもある。
普段からその視界で生活していたのももちろん大きいが、花京院と彼のグリーンを見れば、それと比べれば、もう他のものは、簡単に別の色を塗ることができた。
あれは花京院より明るい色、それは花京院より青っぽい色、これはきっと、”白”だろう。
承太郎の目に映る世界で、いっとう美しくいっとう鮮やかに輝く緑が、花京院だった。

 
 
 

「眼鏡を外してみれば、そこにあったのは緑の都ではなかったのだ」
本物の緑が失われた世界は、今までどおり緑がかった世界のふりをしていた。
けれどそれが灰色をしていることは、もう知っている。