Nineteen, twenty, my plates empty

 
 

インドでのことだ。
俺たちは、まあいつものように刺客のスタンド使いに襲われた。
相手は遠距離タイプらしく、あちこち逃げ回りながら術をかけてこようとした。
普段ならそんな相手に遅れを取ることはないのだが、卑怯にも無関係の子供を巻き込まれそうになり、敵の攻撃を食らうことになってしまったのだ。
一瞬意識が暗転し、次にはっと気がついたとき俺は………見知らぬ町にいた。
夢か幻覚を見せられているのだろう。
そう判断して周りを用心深く探ってみたが、道も建物も街路樹も、本物としか思えない。
それに、この夢には、一般人らしき人物もいる。
ちらちらとこちらを見るものの、特に何もしてこない通行人たちは、顔も着ているものも日本人のものだ。
聞こえる言葉も日本語である。
ということは、これが幻覚だとして、中身も全てあのスタンド使いが作ったというわけではなく、俺の意識か何かから作られたものだろう。
とりあえず、現状を把握するため、通行人の一人に話しかけてみた。
「おい、あんた」
「なんだね君は」
「奇妙なことを聞くようだが、まじめに答えてくれ。ここはどこだ?」
「はあ…?」
「どこだ、と聞いてる」
「も、杜王町だよ。もちろん」
サラリーマン風のスーツの男は、少々目を泳がせながらもそう答えた。
モリオウチョウ。
聞いたことのない町だ。
「どこの県だ?」
「ええ?M県S市だよ。これでいいかい?」
現実的な答えが返ってくる。
俺は、幻覚ではない可能性も考慮することにした。
つまり、俺のいる場所を移動させられたのでは、ということだ。
せっかくインドまで行ったっていうのに、日本からやり直しか。
やれやれだぜ。
俺がため息を付いていると、男が話を続けた。
「それにしても君、ずいぶん古い格好をしているな。ぼくが若いころには、そういうスタイルの不良もよく見たが。今では短ランばかりだものな」
「短ラン…?」
また別の可能性が頭に浮かんできて、俺はつい、「おい」と低い声を出してしまった。
「な、なんだね」
「『今』はいつだ?何年の何月何日だ」
「ええ?それは、そりゃあ1999年の5月14日だよ」
1999年。
情けないことだが、俺は一瞬、めまいを感じた。
それはつまり。
「あの、もう行ってもいいかい?」
「……ああ、ありがとな」
スーツの男がいなくなってしまってから、俺は考えた。
ここは知らない場所だ。
そしておそらく、『未来』だ。
立ち尽くしていても仕方がない。
元凶のスタンド使いを他のメンツが倒してくれるのに賭けてもいいが、自分でも帰る方法を探さなくては。
そう思えるようになるまで、ゆうに10分はかかってしまった。
その間にも、通行人はちらちらと俺の方を見てくる。
そうやって見られることには慣れているが、今回はいつものにプラスして、長ランというスタイルの珍しさに対する好奇が含まれているらしい。
だがそれでも、いやそれゆえにか、俺に話しかけてくる人間はいなかった。
あの二人が来るまでは。
 
 

「あれ、承太郎…さん……?」
知らない声が自分の名を呼ぶ。
旅のメンツは別だが、俺は日本ではJOJOと呼ばれている。
下の名で呼んでくるような知り合いはいない。
俺は反射的にスタープラチナを出現させ、振り向いた。
その先にいたのは。
先ほどの男が言っていたように、学生服の裾をかなり短くしたのが目につく男子高校生の二人組だった。
一人は刈り上げスタイル、もう一人はリーゼント、こちらは短ランというわけではなさそうだ。
「あれッ!?え、承太郎さんッスよね!?スタープラチナもいるし!え、その格好、何があったんスか…?」
そう話しかけてくるリーゼントから、殺気というか敵意というか、そういったものを感じ取れなくて、俺は少しだけ警戒をゆるめた。
「てめー、俺のことを知ってんのか」
「へあッ!?ええ、知ってますけど……」
「その”空条承太郎”は何歳だ?」
「え?お前、知ってる?」
「確か28歳だって言ってたはずだぜ」
「28……」
俺はため息を付いた。
間違いなさそうだ。
「スタープラチナが見えると言ったな。だったら理解できるだろうが、俺はあるスタンド使いの攻撃を受けて、過去から飛ばされてきたようだ。ちなみに今年で17歳だ」
「マジかよ…」
「グレートぉ…」

 
 

駅前のカフェに移動し、東方仗助と虹村億泰と名乗った二人組に説明を受け、俺は今の状況を大体理解した。
俺が飛ばされたのは、M県S市杜王町。
”空条承太郎”はそこに、スタンドがらみの事件の調査に来ている。
当初の目的は達成したが、この町に凶悪なスタンド使いの殺人鬼が潜んでいると知り、町の住人たちと協力してそいつを探しているところらしい。
その”空条承太郎”に電話をしてみたが、向こうはいないようだった。
どこかに出かけてしまっているのか、俺が来たからいなくなったのか。
ついでに俺とこいつらの関係を尋ねたら、仗助がジジイの隠し子だと判明した。
あのクソジジイ……。
「それにしてもォ~…」
「ん?」
「承太郎さん、昔はやんちゃしてたーみたいなこと言ってたんスけど、まさか…」
「まさかここまで不良だとは思ってなかった?」
「いや!その!」
「いやでも、めちゃめちゃカッコいいぜ~!な、仗助!」
「ホントっスよ!大人の承太郎さんも大人のカッコよさあるんですけど!」
そう言って見上げてくる二人の目が輝いていて、俺は苦笑してしまった。
どうやら大人の俺は、ずいぶんと丸くなっているらしい。
「あ、でも大人の承太郎さんとは連絡つかなかったッスけど、もう一人とは通じたんで!こっち来てくれるそうです!」
「もう一人?」
俺が、その名前を尋ねる前に、
「承太郎ッ!?」
俺は目を丸くした。
知っている。
この声は知っている。
この声で呼ばれる、己の名の心地よさを知っている。
振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、花京院典明その人だった。
だが、俺の記憶にいる花京院とは違う。
タートルネックにグリーンのコートを合わせたシルエットこそ同じだが、それは学生服ではない。
眼鏡をかけた彼の顔つきも、17歳のそれではなかった。
「うわあ、本当に承太郎だ!君、過去から来たんだって?驚いただろう。だが僕が来たからにはもう大丈夫だ!」
何が大丈夫なのかよくわからないが、大人の色気をにじませた彼がそう言うのだから、大丈夫なのだろう。
「そうか、安心したぜ。花京院、テメーも来てるんだな」
「うっわ懐かしい、その喋り方。もっと何か話してくれよ」
「ンなこと言われても、俺もここに来たばかりで」
「うわー承太郎!君かわいいな!」
「かッ!?」
「かわ…!?」
信じられないというような声を上げたのは俺ではなく、隣でジュースを飲んでいた仗助と億泰だった。
「かわいいはやめろ」
「だって17歳の君、かわいいんだもの。もちろんカッコいいんだけどさ。あ、でも28歳の君もかわいいぞ」
「……ハァ…」
「ま、それはおいといて。君を戻す方法だけど、一番確実なのは術者のスタンド使いを倒すことだが、こちらからも”解除”をするようなスタンド使いを探そう。それで帰れないか試すんだ」
そう言う花京院の顔が頼れる男の顔をしていて、俺は「ああ」と頷いていた。
「だが花京院、おめーの記憶にこの事件のことはねえのか?スタンド使いを倒したかどうか、とか」
「うーん……」
花京院は眉尻を下げて困ったような表情を作った。
「僕の考えだけど、それは今の君には言わないほうがいい気がするんだ」
「タイム・パラドックスでも心配してんのか」
「ああ、そんなとこだ。例えばあの旅がどうなったとかも、あまり聞かないほうがいいと思う。ある程度は予測できてしまうだろうけど」
「まあそうだな」
俺は花京院の瞳をじっと見つめた。
両目を引き裂くように、縦に傷が走っている。
あの旅で負ったものだろうか、それとも別のところで?
「とりあえずは、僕らが滞在しているホテルに来るといい。君の背丈に合った着替えもあるしね」
「そいつァ助かるぜ」
そうして俺たちは仗助と億泰に礼を言って別れ、杜王グランドホテルというところにやってきた。
広い部屋の寝室には、キングサイズのベッドが一台あるきりだった。
「ええと…」
「安心したぜ」
俺は顔を赤くして照れている花京院を見やった。
「俺らはまだ、恋人同士ってわけだ」
「うん、まあ、その……色々あったけど、そのとおりだ。でも今日中に帰れないとして、君が眠るのに不都合があれば、僕はソファでも」
「まさか!大歓迎だぜ」
俺がそう言うと、花京院はニヤリと笑ってみせた。
「悪い子供だな?」
「子供かどうか、試してみるか?」
「いや、やめておこう」
花京院は肩をすくめた。
「君は承太郎だけど、『僕の』承太郎は君のことを知らない。機嫌を悪くするだろう」
「チ…」
「それに、君が来たことで”彼”が消えてしまっているわけではない可能性も捨てきれないからね。どこかでピンチに陥っているかもしれない。探しに行こうと思っている」
「”俺”がそういうタマかよ」
「……そうだね」
彼の声は低く深く、心に染みこむようだった。
「だけど承太郎、君だって人間なんだ」
それから小さくふっと笑い、花京院は鞄を持って立ち上がった。
今にして思えば、このあたりの彼の言動を、もっとしっかり考えるべきだったのだ。
「そういうわけで僕は出かけるけど、君はここでゆっくりしていたまえ。出歩かれて周りを混乱させられても困るからね。暇だろうけど、テレビでも見ていてくれ」
「俺も、」
「駄目だって今言っただろう」
彼ははっきりとした声でそう言った。
「何かあったら、過去の僕らが困るだろ。夕飯までには帰ってくるし、そしたら相手をしてあげるよ。おいしいイタリアンに連れて行ってあげよう」
「……チ、分かったぜ」
どうもごちそうを餌に黙らせられる子供扱いを受けているようで癪に障ったが、ここでゴネるほうが子供っぽいので、しぶしぶ引き下がることにした。
それに、大人の花京院とイタリアンというのは悪くない。
彼は高校生のころから落ち着いていて魅力的だったが、大人になってそれが増したようだ。
あんなんで悪い虫がつかないのだろうかと不安に思ったあたりで、彼は一人で虫退治のできる男だと思い出した。
本当に頼りになるやつだ。
俺はやることもないのでベッドに倒れこみ、花京院とレストランに行く様子を思い浮かべた。
彼はあの、ちょっと変わったデザインのコートを着込んで、眼鏡の奥に飴色の瞳を光らせ、ワインを傾ける。
旅ではビールやら何やら平気で飲んでいるが、今の彼はきっと、俺がアルコールを飲むのを許さないだろう。
いつもはきっちりと詰め襟で隠されている首筋、あれは今もタートルネックの下だが、それを脱がせることができれば……。
…………。
……。

 
 
 

は、と気がついたとき、俺の目の前には心配そうに眉を寄せた花京院の顔があった。
その目には眼鏡も傷もない。
首はタートルネックではなく、学生服で覆われている。
「ここは…」
「ああよかった承太郎、気がついたんだな!」
「おお、目がさめたのか承太郎」
俺は頭を抑えて周りを見回した。
喧騒、人混み、聞き取れない言葉。
「ここは、インドか……」
「大丈夫か、承太郎?君もろに攻撃を食らったみたいだから」
「まだどっか悪いのか?スタンド使いはのしたんだが」
「いや、大丈夫だ。幻覚のようなものを見せられていた。今はもう平気だ」
そう言って立ち上がる。
少しだけふらついたが、問題ない。
未来の花京院が言っていた、タイム・パラドックスの話を思い出す。
あれが本当に『未来』であったのか、夢だったのかは分からないが、あまり細かく喋らないほうがいいだろう。
それから俺たちは旅を続け、エジプトに上陸した。
砂漠で花京院は両目に傷を負った。
縦に切り裂かれたのだ。
あれはこの旅でできた傷だったのだ。
彼はそこで、一時戦線離脱することになった。
だが俺は、彼が必ず帰ってきてくれると信じていた。
彼は本当に頼りになる男だ。
きっと俺たちを勝利に導いてくれるだろう。
そしてその通り、花京院のおかげで俺はDIOに勝った。
そして花京院は死んだ。

 
 
 
 
 
 
  
 

いやいやいやいやおかしいだろ。
なんで死ぬんだよ。
10年後も恋人をやってるはずだろ。
なんだこれは、誰の遺体だ、知らねえぞ。
こんなことは聞いてねえ。
俺の動揺を勘違いしたらしいジジイが慰めてきたが、俺には悲しみより戸惑いのほうが大きかった。
「本当は生きてました」というやつじゃあねえのか?
ハイエロファントが体内を繋いでいるとか、実は生きているのを財団が隠しているとか。
なんなら昏睡状態から目覚めないあいつのもとに、毎日見舞いに行ってもいい。
なんで棺に入ってんだ。
誰だこれは。
火葬?
生きてんじゃねえのか?
あの煙は、俺や周りを騙すための作り物だろう。
俺は日本に帰ってから学生生活に戻ったが、隣にあいつがいないことが、どうにも納得できなかった。
だってそうだろう、あいつは俺のそばにいるべき人間だ。
それが約束されていると、そんな未来を俺は見た。
あれがたちの悪い夢だと、半ば無理やり自分を納得させはじめていたころ、財団から一つの依頼がきた。
スタンド使い関連の調査と、同時にジジイの隠し子に会ってこいというものだ。
向かった先は、そこにいたのは、確かにあの夢で見たそのままだった。
ホテルの部屋まで同じだ。
だがそこに、あいつはいない。