あやとりをする少年(典子+息子典明)

 
花京院典子の両親は、大変憤慨していた。
大事な一人娘が、書置き一つで家出をしてから50日。
彼女は満身創痍で帰ってきた。
娘は全て自分の意思だったと言っているが、悪い男に騙されているのは間違いない。
それでも、彼女が通院生活を余儀なくされながらも、以前よりずっと、笑顔を見せるようになったことを喜んでいたのだ。
けれど、今回の話はさすがに許しがたい。
目の前で頭を下げる男へは、もう罵倒の言葉すら思いつかない。
震える声で、
「…君も、まだ学生でしょう」
と言うくらいしかできなかった。
彼の見た目がとても良いことや、資産家の血筋であること、あるいは、彼が留年していることや、札付きの不良であることは、もう全て二の次である。
今一番問題なのは、目に光を灯した娘が、高校を中退してでも子供を産むと言っていることだ。

 

両親は一人娘を強くたしなめた。
けれど典子は、親に心配をかけたことに関しては謝罪するものの、彼と深く愛し合っていること、そしてお腹の子供を産みたいと思っていることについては、絶対に譲らなかった。
彼らの口論は何日も続いた。
典子の両親が折れたのは、娘がか細い声で最後に言った言葉のためだ。
「祝福して欲しかったから、これはまだ言うつもりはなかったのだけれど」
典子は目を伏せながら言った。
「子供を産んでも、中絶しても、わたしの命が助かる可能性は、とても低いのだそうだ。だったらわたしは、産みたい」

 

その言葉通り、数ヵ月後に星のあざを持つきれいな男の子を産み落とした典子は、承太郎に手を握られて、赤ん坊に微笑みかけながら、静かに息を引き取った。
承太郎は、息子に典明と名を付け、学校に通いながらその子を育てた。
本当は学校を辞めて働きながら一人で育てるつもりだったのだが、愛する女性に、
「君は頭がいいのだから、そんなことをしてはいけない。君には君の人生を楽しむ義務がある。まだ長い残りの人生を、DIOの残党の始末だとか、わたしへの贖罪なんかに充ててはいけないよ」
と言われていたのだ。
それで、昼間は幼い赤子の世話を母親に任せ、自分は一刻でも早く、亡くした恋人とその息子に相応しくなれるよう、勉学に精を出した。
典明は、父と祖母の愛に包まれ、すくすくと育った。
彼には、生まれ着いての不思議な力があった。
それは、遠い星の光のように青い人型で、手足をほどいて伸ばすことができた。
赤子の体から、きらきらと青い糸のようなものが出ていると気付いた承太郎は、その小さな小さな手を握り、一生涯守ると誓ったのだ。
典明は承太郎に、その力の使い方を学んだ。
自分の傍らに立つそれが、自分の分身であること。
とても頼りになる、心の拠り所にできるものであるが、同時に人を傷つけうるものだということ。
普通の人はこの力を持ってはおらず、見ることもできないこと。
社会で生活していく上では、いつもは隠しておいたほうがいいこと。
真っ直ぐに育った典明は、聞き分けのいい生徒だった。

 

やがて、典明が小学校に上がるころ、承太郎は一人の女性と結婚した。
典明は家族が増えるといって喜んだし、彼女も素直な典明を好ましく感じたようだった。
次の年には女の子が生まれ、家庭は円満であるかに思われた。
けれど、妻にはスタンド能力がなく、徐倫と名付けられた妹にも、その力は発現しなかった。
だからといって、承太郎が愛情を偏らせたわけではない。
しかし妻は、夫が連れ子にだけ声を潜めて何やら話しかけるのに、我慢がならなくなったのだ。
彼女は娘を連れて出て行った。
後に残されたのは、承太郎と典明だけだった。
「ごめんなさい」
と典明は言った。
「僕がスタンドを持ってて、父さんとその話をしたから……ううん、そもそも僕がいなければよかったんだよね」
「そんなことはねえ」
承太郎が家族に向かって声を荒げるのは、珍しいことだった。
「俺はお前を愛しているんだ。二度とそんなことを言うんじゃあねえ」
「父さんが僕を愛してくれるのは、死んじゃった母さんの子だからでしょう?父さんが、今でも母さんの写真にキスしてるの、僕、知ってるんだから。僕さえいなければ、母さんだって死なずに済んだんだ」
大きな瞳に涙を浮かべた息子を、承太郎は強くかき抱いた。
「お前は、間違いなく俺とあいつの子で、もちろんそれだからお前を愛している部分もある。けれど俺は、一人の人間としてお前のことが好きなんだ。頼むから、自分がいらないなんてことは言わないでくれ」
典明は、おずおずと承太郎の背に腕を回した。
そして、父の広い肩に顔をうずめ、その匂いをいっぱいに吸い込んでから、中学は全寮制のところに行こうと決意したのだった。

 

***********

 

空条承太郎の記憶DISCを受け取ったエンポリオは、連絡された場所に向かった。
果たしてそこには、一人の男がいた。
男はすらっとした長身で、少し長めの髪の毛はふわふわと風に揺れており、中性的な美しい顔立ちをしていた。
エンポリオは身構えた。
連絡通り、この男がSPW財団のスタッフなのかもしれないし、それを装った敵かもしれない。
けれど男が、顔いっぱいに不安を浮かべて、
「ああ、徐倫!彼女は無事なのか?」
と詰め寄ってきたので、エンポリオは彼を信用することにした。
「徐倫お姉ちゃんは、プッチ神父の仲間と戦っています。DISCを届けるために、僕を逃がしてくれたんだ」
「例の記憶DISCだね。僕が預かろう。すぐにでも父さんの下に届けないと」
「父さん?」
エンポリオが尋ねると、男は初めて少しだけ笑みを見せた。
「ああ、僕の名前は空条典明。徐倫の兄なんだ」
その笑顔が、なんだか消えてしまいそうだ、とエンポリオは思った。

 

ヘリコプターに待機していたSPW財団のスタッフは、典明からDISCを受け取った。
彼はこのまま、徐倫たちと合流して力を貸すという。
「お気をつけて、Mr.空条Jr」
「…ああ」
「どうかしましたか?顔色が悪いようですが」
「いや、何でもない。そちらも気をつけてDISCを持ち帰ってくれ」
「もちろんです」

 

財団のスタッフと別れてから、典明は徐倫たちの痕跡を追った。
途中、騒ぎになっている病院に行き当たる。
発砲事件だとか、局地的な地震だとかいう会話が聞こえてきた。
十中八九、ここでスタンドバトルがあったのだろう。
典明は、青く光る自分のスタンドの触手を伸ばし、周囲を探った。
そしてとうとう、病院から逃げるように離れていく、血だらけの男を発見したのだ。
スタンドの目を通してその男の首筋に星型のあざを見た典明は、自分の首筋に手をやって一瞬目を閉じてから、男に向かって歩を進めた。

 

「ドナテロ・ヴェルサスだな」
「…誰だ」
「君の敵だ。止めを刺しにきた」
「チッ、あの神父、何やってやがんだ」
「…僕は徐倫ほど優しくはない。神父だろうが容赦はしない」
そして宣言どおり、小一時間後には、典明はかつてヴェルサスであったものを見下ろしていた。
「……悪魔の息子に生まれたからって、悪魔になる必要はないんだ」
それから街は、異様に変化し始めた。
いや、その前からも、空想上のキャラクターが実現したり、人々がカタツムリになったりしていたのだが、今度は全世界の「時が加速」し始めたのだ。
典明は血が呼ぶほうへ急いだ。
最終決戦の時は近い。

 

空条徐倫の結界が破られ、誰もがダメージを覚悟したとき、それは飛んできた。
それは青く光る宝石のようなエネルギーの塊だった。
新参者の能力を見極めるためだろう、プッチは一時的に身を引いたようだ。
エルメェスとアナスイは、承太郎と徐倫の、
「典明!」
「兄さん!」
という声で、彼の正体を知った。
彼の登場は承太郎と徐倫を大いに元気付けたが、それでもプッチのスタンド能力に対抗する方法がないことに、変わりはなかった。
海へ逃げた彼らは、一人また一人とプッチの牙に沈んでいった。
血に滲む視界に、徐倫とエンポリオの背中を見送って、典明は震える声で、
「…父さん」
と呼んだ。
傍らに浮かぶ承太郎は、ぴくりとまぶたを動かしたが、もう声は出ないようだった。
「父さん、知ってたと思うけど、僕、父さんのことを、一人の男として好きだったんだ。父さんは母さんをずっと愛していたから、黙っていたけど。実の親に、きもちわるいなって、自分でも思ってた。だからね、だから、父さんの記憶DISCをちょこっとだけ読んでしまったとき、少しだけ安堵したんだ。…長年の疑問も解消したしね。父さんは答えてくれなかっただろう、どうして僕の髪が…」
そこで彼の声は途絶えた。
彼の命も途絶えた。
海に映る彼の髪の色は、目もくらむような金色だった。

 
 
 
 
 

承太郎と典子は性交渉してなかったというオチ。
典子に妊娠が発覚したから自決するつもりだと告げられて、承太郎は「それは俺の子だから産んで、三人で暮らそう」と言ったわけです。
あとどうでもいいけど「神父に容赦しない」の神父(ブラザー)は兄弟(ブラザー)だったりなんだり。