白に紺青

 
こんにちは、もしくは初めまして。きみはわたしのことを覚えているだろうか。もしわたしの名前に覚えがあるのなら、どうか返事の手紙を出して欲しい。
 
 
 
はじめまして、ぼくはあなたのことを知りません。母さんに聞いてみたけど、親せきでもないといわれました。ぼくのことを知っているんですか?
 
 
 
それは失礼した。それでは初めまして。わたしは一方的にきみのことを知っている。そこで、きみに興味があるのなら、わたしのことも知って欲しい。わたしはH大学で研究をしている、海洋学者だ。もしきみさえよければ、わたしと文通してはくれないだろうか?
 
 
 
あなたの名前で調べたら、たくさんの論文が出てきました。ぼくは大丈夫です。でもおとなの人に手紙を書くなんてはじめてなので、変なことをいったらごめんなさい。
 
 
 
きみがまだ小学生だというのは分かっている。きみが思ったままを手紙にしてくれて構わない。わたしのことを調べてくれたようだな、ありがとう。わたしはイルカやサメやヒトデなどの海洋生物の研究をしている。きみは海が好きだろうか?
 
 
 
この前、父さんが久しぶりに一日休みだったので、三人で海に行きました。寒いから入らなかったけど、綺麗でした。
 
 
 
わたしも冬の海は好きだ。船の上は本当に寒いのだが。それにしても、綺麗だなんて漢字をよく書けたものだな。感心する。わたしがきみくらいの年齢の頃は、そんな漢字は難しくて書けなかった。
 
 
 
じつは、辞書で調べて練習したんです。大変でした。船にのるんですか?
 
 
 
ああ、フィールドワークといって、実際に海に行って生物の調査をするんだ。沿岸に行くだけのこともあれば、船に乗せてもらって海に出ることもある。長い時は半年ほどにもなる。
 
 
 
半年ってすごいですね。手紙とかどうするんですか?
 
 
 
手紙のたぐいは書き溜めておくんだ。寄港地といって、色々な用事をするためにどこかの港に寄った時に、いっぺんに出す。
 
 
 
じゃあ、長いこと手紙がもらえなかったりするんですね。
 
 
 
もしきみが、わたしからの手紙が途絶えることを心配しているのなら、嬉しい。しばらくは長距離航海の予定はない。
 
 
 
よかった。ところで、イルカとかサメはまだ分かるんですが、ヒトデって何を研究するんですか?
 
 
 
イルカやサメの場合と同じだ。生態、分布、環境に与える影響…。そうだな、ヒトデの話をするのなら、きみはヒトデの再生能力の高さは知っているか?たとえばヒトデを半分に切ると、それぞれ切断面から再生して二匹のヒトデになる。この能力を医療技術に活かせないかという研究は、以前から行われている。とはいえ、そちらは私の専門ではないのだが。わたしはヒトデの生態を主に扱っている。先程書いたような、人間の医療関係の研究者と話すことも多いが。長くなってしまったな、すまない。研究者というのも、いわゆるオタクの一種でね。自分の好きな話は延々と続けてしまうものなのだ。
 
 
 
長かったけど、おもしろかったです。調べながら読みました。それで、調べていたら出てきたんですけど、五角形になるはずのヒトデが、四角のやつがありました。ざぶとんみたいでおもしろいですね。
 
 
 
そうだな、ヒトデの中にも、遺伝子的に変異があったり、再生するときに少々ミスをしてしまうものがいるんだ。ついでに今わたしが研究しているヒトデの写真を入れておく。
 
 
 
緑にピンクの柄が綺麗ですね。かわりに、この前庭でとった花の写真を入れておきます。母さんがこれは咲かせるのが難しいって言ってました。
 
 
 
とても綺麗な写真をありがとう。今デスクに飾ってある。本当はきみの写真も欲しいのだが、もし問題がなければ一枚もらえないだろうか?
 
 
 
修学旅行の写真を入れておきます。ぼくは一人で回りたかったんだけど、班で行動しないといけないと言われて、お寺も人がいっぱいで、ちょっとつまらなかったです。
 
 
 
寺の良さを子供に分かれという方が無茶だと思っている。興味関心のない小学生に寺の歴史を無理に調べさせるのも悪影響だろう。大人になってから、もう少し人気のない寺に行ってみるといい。きみがよければ、わたしも一緒に行きたいものだ。
 
 
 
じゃあ、ぼくが大きくなったら一緒に行きましょう。すぐだと思いますよ。もうすぐ中学生になるし。
 
 
 
もう中学生か、早いものだな。きみは中学でぐんと背が伸びるだろうから、大きめの学生服を買ってもらうといい。
 
 
 
分かるんですか?ぼくは今でもクラスで一番背が高いのに。
 
 
 
この間送ってもらった写真でも分かるし、きみの家族も背が高い方が多いだろう。
 
 
 
母さんも父さんも、海洋学者に知り合いなんていないと言ってた。あなたはどうしてぼくのことを知っている?
 
 
 
これを伝えたら、きっと気味悪がって二度と手紙を受け取ってもらえないと思って黙っていたのだが、仕方がない。これを読んで、きみが返事をくれなかったら、わたしももう二度ときみへ手紙を出さない。実は、わたしは生まれた時からきみのことを知っていた。君が生まれた時じゃあない、わたしがこの世に生を受けた時からだ。きみが生まれる前から、わたしはきみの名前を知っていた。物心ついてからずっと、きみのことを探していた。大きくなって本を読み始めてから知ったのだが、わたしにはいわゆる前世の記憶というものがあるらしい。前世において、きみとわたしはかけがえのない親友だった。信じてくれなくても構わない。だがわたしは決して、きみを利用しようだとか、悪いようにしようだとか、そういうつもりできみのことを調べたわけではない。それだけは分かって欲しい。
 
 
 
とても信じられない。でも、あなたがいい人だということは分かっているし、文通は続けてもいいと思っています。
 
 
 
とても嬉しい。ありがとう。わたしは本当に、きみのことを大切に思っていた。気付いてはいないだろうが、手紙に使っているこのインクの名前は”夜の空”といって、きみと見た砂漠の夜を思い出して買ったものだ。使っている万年筆も、きみの眼の色と同じ色だ。この前もらった写真を見て、変わっていないと安心した。
 
 
 
砂漠に行ったことがあるんですか?
 
 
 
今のわたしは海ばかりで、砂漠には行ったことがないな。きみは砂漠といわれて何か思い出すことはないだろうか?
 
 
 
ぼくも砂漠に行ったことはないので分かりません。どちらかというと海に行きたいです。
 
 
 
ああ、今の海は色とりどりの魚が見られて、とても綺麗だ。あの紅海には比べられないが。
 
 
 
紅海ってエジプトの方の海なんですね。魚が見られるんですか?
 
 
 
ダイビングにはもってこいだ。きみはダイビングをしたことがあるだろうか?
 
 
 
ダイビングの経験はありません。難しいですか?
 
 
 
手順さえきちんと守れば、そんなに難しいものではない。あの時は我々も必死だったから、知識など全くない状態だったが、今のわたしならきみに教えてやることもできる。
 
 
 
ぜひ教えてもらいたいです。
 
 
 
とても楽しみだ。こんなに平和に海に行けるなんて思ってもみなかったからな。不時着するだとか、襲われるだとかの思い出ばかりだ。ぜひ今のきみとも会ってみたいものだ。きみの顔も声も背中も、忘れたことがない。
 
 
 
 
 
すまない、やはり前世で知り合いだなんて気色悪かっただろう。もう話したくないのなら、この手紙もそのまま捨ててくれて構わない。きみに会いたいなどとも言わない。
 
 
 
こちらも会いたいと思っている。次の日曜の午前10時にS駅北口の時計の下で待っている。
 
  
 
 
「……承太郎!」
「あんたが花京院か」
「ああ、そうだ。よかった、すぐに分かって…」
「おれの顔を忘れたことはないんじゃあねえのか?」
「とりあえずお茶でも飲みに行こうか……きみ、もう自分のことを『おれ』なんて言っているのかい?」
「あれは……自分のことを『ぼく』だって言ってた頃に手紙がきたから、変えるタイミングがなかったんだよ。あんたこそ、手紙の口調はもっと硬いイメージだったけどな」
「ああ、うん…ぼくも、きみと話せると思ったら緊張してしまって…小学生に手紙を書くなんてしたことがなかったから」
「あんた、一人称『ぼく』なのか?」
「おや、素が出てしまっていたな。『わたし』の方が馴染みがあるなら、」
「いや、『ぼく』でいい」
「ここでいいかい?……ええと、アイスコーヒーを1つ」
「2つにしてくれ」
「それで……ぼくは、きみが手紙をくれなくなったから、やっぱりぼくのことが気持ち悪くなったのかと…」
「どうしてそう思う」
「ぼくが前世の話をするから…」
「ああ、最近あんたは前世前世って、そればかりだ」
「申し訳ない。きみが怒るのは当然だ。嫌ならもう二度と…」
「あんたは俺が怒ってる理由が分からないのか?」
「え?」
「あんたは今、前世に生きてるわけじゃあないだろ?今のあんたは砂漠に行ったこともない。俺と同世代でもない。ヒトデの研究をしてる、海洋学者があんただろ?」
「そうだ、そして……まだ中学生で、ダイビングをしたことがなくて、砂漠よりは海に関心があるのが、きみだ」
「分かってんじゃねーか」
「だけどいいのかい、きみ、今のぼくがきみに興味を持っても…?」
「おれがそうしろって言ってる」
「じゃあ…じゃあ、自己紹介からやり直そうか。ぼくの名は花京院典明。きみは?」
「空条承太郎だ」
「承太郎、どうか……よろしくね」