いばらの城のけむくじゃら

「やあ、目が覚めたようだね」
「花京院!その怪我はいったい」
「君ほどじゃあないさ。ぼくをかばって大怪我してからもう半年も眠ったままだったんだぞ」
「そりゃあアレはただの攻撃じゃあなくて呪いだったから。いや、だったらどうして解いたんだ?」
「ふふ、それはね…………」

古来から呪いというものはかけるのは楽でも解くのは厄介というものだ。
特定の手段でしか解けないものも多い。
そうは言っても全くなんの手立てもないわけではない。
ぼくは解呪の魔法薬を作るための旅に出ることにした。
一つだけ、ぼくには当てがあったからね。
出立したぼくは野を超え山を超え、とある古城にやってきた。
この間にも様々な冒険があってこの怪我を負ったりしたわけだが、それはまた今度聞かせよう。
その城を物悲しく古びて見せていたのは朽ちた石壁ばかりではなく、枯れて垂れ下がった蔦の残骸だった。
全盛期には城全体を緑に彩っていただろうと思われる大量のイバラの蔦の、黒ずんで縮こまったそのむくろたちが、あちこちで虚しく風に吹かれていたよ。

「イバラの蔦に覆われた古城だって?」
「流石に気づくのが早いね。だけどひとまず、ぼくの冒険の話を聞いてくれたまえ」

古城には結界のようなものが張ってあるとは思えなかったが、ぼくは礼儀正しく入城の許可を求めた。
返事はなかったけどね、不法に侵入する意思がないことを示すのが重要だから。
さて城の内部だが、そこもまた寂しい場所だった。
中庭の芝生は枯れ果て、鳥の姿も虫の声もない。
人の気配なんてなおさらだ。
重く雲が立ち込めていたのもあって、これでもっとおどろおどろしい雰囲気であれば魔王でも住んでいるのかと思うところだったよ。
実際はそんなことはなくて、住んでいたのも魔王ではなかったけれどね。

「いったい何が住んでいたと思う?」
「小山のような大きさで、黒い毛と鋭い爪を持った怪物」
「大正解だよ」

ぼくは盗賊みたいな振る舞いにならないよう気をつけて、北の塔を目指した。
陽が出ていなかったから方角は分かりづらかったけれど、どれが北の塔かはすぐ判別できた。
そこだけまだうっすらと蔦に緑色が混じっていたからね。
花や果実は一つも見当たらなかったけれど。
さてぼくが塔の上部へ続く階段を昇る前に、城の主が姿を現した。
小山のような大きさで、黒い毛と鋭い爪を持った怪物だ。
一つ君がその目で見ていない特徴がある。
冬の海のように冷たくきらきらと輝く両の瞳だ。

「色は──」
「緑色」
「ああ、そうとも」

「おれたちの寝床に入ってきたのはいったい誰だ?」
地の底から響くような声で話しかけられたぼくは、丁寧にお辞儀をして弱点を晒してから名乗った。
「ぼくの名前は花京院典明。本名です。呪いにかけられた恋人を救うための方法を求めて来ました」
「そんなものここにはないぜ」
「そうおっしゃらずに。実はぼくはこの城にユニコーンがいると聞き及んで来たのです」
「どこでそれを?」
ぼくが本題に切り込むと、怪物は目つきを険しくして牙を剥いた。
それはそれは恐ろしい姿だったが、ここで怯んでは誤解されてしまう。
「お前はハンターか?」
「いいえ、違います。ぼくの恋人というのが、以前この城でそのユニコーンにお世話になった者なのです。そこでぼくにもお慈悲を賜れないかと」
「……」
返事はなかったけれど、彼がぼくの欲しているものを分かったことが分かった。
当然だね、ユニコーンの角といえばあらゆる呪いに効く秘薬の材料だ。
「もちろんお礼はいたします。こちらなどいかがでしょう」
そう言ってぼくは懐から大粒のエメラルドを取り出した。

「エメラルド?まさか」
「そりゃあね、ユニコーンの角を本人から譲ってもらおうというのにただ金銭的価値が高いだけの宝石を差し出しはしないよ」
「花京院の家宝じゃあねえか!どれだけの魔術的価値があると思ってるんだ」
「安いものだよ、君のためなら」

怪物はエメラルドに込められた魔法の力をすぐに感じ取ったらしい。
でも彼はそれを受け取ってはくれなかった。
「お前の気持ちは分かった。だがそれに応えることはできない」
「足りませんか。他に何が必要でしょう」
「対価の問題じゃあないんだ。……ついてこい」
彼はぼくに背を向け、塔の階段を昇り始めた。
そこで気がついたんだが、彼の背中の首の付け根付近に少しだけ毛色の違う部分があってね。
白っぽい毛がちょっと変わった形で、まるで星のように見えた。
さて塔のてっぺんには小部屋があった。
小部屋にはほとんど朽ちたベッドがあり、そこにはまだギリギリ色が分かる程度の花が敷き詰められていて、その上には一頭の馬が寝ていた。
ああ、もちろんそれは馬に見えたというだけで実際はユニコーンだったのだけれど。
彼の角は根本からぽっきり折れていて、しかもその跡も風化して丸みを帯びていたから、割れたひづめの見えない格好では普通の馬のようだったんだ。
馬にしては非常に美しかったけどね。
「見ての通りだ」と怪物は言った。
「こいつはおれを助けるために力を使い果たした。もうずっと眠っていて、角も新しく生えてはこねえ。お前の恋人には残念だが、持たせてやれるもんはねえな。そもそもこいつの意識がねえのに何かしようってんならおれが許さねえ。たてがみの一本も寄越してやれねえから、とっとと帰りな」
「君は……彼の目覚めを待っているのかい?」
「ああ。こいつはほとんど死にかけだが、まだ死んではいねえ。治癒の力を持つユニコーンだ、あと数百年か数千年でも待てばまた目を開く日が来るだろう。たいした時間じゃあねえな」
彼にとってはそうでもぼくにとっては違う。
君を何百年も待たせることはできないからね。
ぼくはすっかり落胆して、でも仕方がないから踵を返した。
「待て」
階段を降りかけたぼくの背に、怪物が声をかけてきた。
「お前の恋人、呪いはどういう内容なんだ?」
「詳しくは分からないのです」
ぼくは答えた。
「敵国の力の強い魔術師がぼくにかけようとした呪いを代わりにひっかぶったのです。まるで眠ったように死んでしまいぼくはたいそう嘆いたのですが、友人の占い師が死んだように眠っているだけだと見抜いてくれたのです」
「おいおい」
怪物は呆れたような声色になった。
「そういう古く強力な、そして単純な呪いには古く強力な、そして単純な解呪方法があるもんだぜ。お前の国では忘れられているのか?」
「というと?」
そこで彼はぼくに、古く強力な、そして単純な解呪の方法を教えてくれた。
驚いたよ、すっかり迷信やおとぎ話だと思っていた内容だったからね。
そしてぼくは君のもとに帰り、その方法を実践した。
そうして君が目覚めたというわけさ。

「その方法とは?」
「本当に単純でびっくりするよ、承太郎。つまりね」

真実の愛のキスというやつさ!