あか、しろ、きいろ

キリ番2400リクエスト「花吐き病」
パロ元の設定とは変えています。

 
 
 
 

けほん。
空条承太郎が咳き込むと、その口の端からぽろりと赤い花びらがこぼれた。
彼はため息を付いて教室の床に落ちたそれを拾い、手持ちの紙袋に詰め込んだ。
彼の友人、花京院典明はそんな様子を見て、「大変だなあ」と呟いた。
「きみには悪いことをしたな」
「気にするな。てめーのせいじゃあねえ……ことはないが、わざとではねーんだから」

 
 

空条承太郎は今、花を吐く奇病にかかっている。
いや、病気ではないし、原因もはっきりしているのだが。
その原因とは今まさに彼の隣にいる、花京院典明という男である。
数日前、承太郎と花京院はキスをした。
それが原因だ。
何も彼らは日常的にキスをするような間柄ではない。
普通の友人だ。
あのときは、なんとなく……そう、ただなんとなくだ。
気の迷いだ。
その場の勢いというやつだ。

 
 

彼らはそのとき、とあるファストフードのチェーン店の安い鶏肉をかじっていた。
生粋のボンボンである承太郎が、そんなものを食べたことがないなどとのたまったからだ。
店の中に女子高生の集団が見えたので、二人はお持ち帰りで空条邸にやってきていた。
承太郎は、料金以下のマズイめしを食わせるレストランには代金を払わねーなんてことしょっちゅうだが、料金に釣り合うマズイめしなら文句を言わずに食べる。
このときも「安い油の味しかしねえ」と言って花京院に叱られながらも、初めての味をそこそこ堪能していた。
さて、食べ盛りの男子高校生二人である。
肉たちはあっという間に姿を消した。
承太郎は、味はともかくダチと買い食いするという経験になかなかに満足しながら、ふとその友人の顔を見た。
花京院は指についた油をぺろりと舐めとっていた。
その様子が妙に扇情的で、「なんだい?」と言って見上げてくる瞳が濡れていて、承太郎はついなんとなく、彼の油でてらてら光る唇にくちづけていた。
花京院は、カチンと音がしそうなほど見事に固まった。
調子に乗って、その口の中に舌を入れてしまったのも、なんとなくだ。
なんとなく、気の迷いだっつってんだろ。
「………油の味しかしねえ」
「あッ……たりまえだ!!何をやってるんだきみは!!」
花京院はおもいっきり、手加減なしで承太郎の頭をはたいた。
「痛ェ」
「痛くしてるんだ!!」
ギャンギャン騒ぐ花京院の顔が真っ赤で、承太郎は「そんなに嫌だったか?」と尋ねた。
「嫌っていうか、……その……きみは経験豊富だろうけど、ぼくは……初めてだったんだよ」
「男のダチとふざけてやるのはノーカンだろ」
「そ、そうなのか」
「そうだぜ」
「そんなもんなのか」
言いながら唇を指でふにふにしている花京院を見て、承太郎の心の中に、何やら名を知らぬものが湧き上がってきたが、その正体はつかめないままだった。
さてその夜、寝室で横になっていた承太郎は、喉に何かの引っ掛かりを覚えた。
乾燥でもしたのかと思って、彼はけほけほと少し咳き込んだ。
喉を何かが逆流してくるのを感じて、すわ嘔吐かと思った承太郎だったが、それは液状のものではなかった。
口を抑えていた承太郎の手のひらの上にあふれたのは。
それは、見るも鮮やかな花々だったのだ。

 
 

「ああ、これは体の中に花が咲いてますねえ」
かかりつけの老医師は、特に驚いた様子もなくそう言った。
「花が?」
「そうですよ。どこかで種をもらってきたんでしょう。変わった植物を食べたとかは?」
「いや、ないが」
「じゃ、花を持ってる女性とキスをしたとかは」
「………キス」
承太郎ははっと思い当たった。
花京院典明は、その名の通り、花の精の血を引いている。
「……それだと思う」
「坊っちゃんは色男ですからねえ」
老医師は細っこい体を震わせて笑った。
「花が口からこぼれるくらいだから、こりゃ相当深くに根が張ってる。手術で取り出すのは逆に危ないですねえ。ま、心配しなくても自然に枯れて消えますよ。一週間、長くても三週間くらいで綺麗さっぱりとね」
「そうか」
承太郎は老医師に礼を言って診療所から出た。
待合室で待っていた母親に、自然に治るものだと説明すると、彼女・ホリィはほっとした顔になった。
どこで種をもらってきたかは、なぜか教える気にはなれなかった。
花を吐くといっても、四六時中吐いているわけではない。
花粉症の人が鼻をすする回数よりずっと少ない。
承太郎はあまり深刻に考えず、次の日も普通に登校した。
通学路の途中、いつもの曲がり角に立っていた花京院がこちらに気付き、駆け寄ってくる。
それを見た、承太郎は。
「ウ……っく…ぐぅ…グ……」
「………なんだいそれ、手品かい?」

 
 

空条承太郎が花を吐くというのは、瞬く間に学校中に知れ渡った。
その姿をひと目見ようと、女子生徒が教室に押しかけてくる。
それはそうだろう、控えめに言ってもミケランジェロの彫刻のように美しい男が、色とりどりの花を吐くのだ。
普段は彼のファンを公言しない女子や、勇気のある男子たちまでもが見にやってくる。
「いつも以上に人気者だなあ、きみ」
「見せ物じゃあねえぞ」
「見せ物にしてお金をとっても人が集まると思うぞ」
「冗談じゃあねえ」
承太郎は苦虫を噛み潰したような顔をして、机の上に広がった花々を、ホリィが持たせてくれた紙袋に詰め込んだ。
彼が吐いた花を欲しがる女生徒は多かったが、何か面倒なことがあると嫌だからと、彼は全部自分で処理をしていた。
「だけどもったいないよな。捨てるしかないのかい?」
「茎も葉もねえ花びら部分だけなんだ。次の日にはすぐ茶色くなる。どうしようもねえよ」
「あ!そうだ、ジャムにするとかどうかな?」
名案を思いついたというように、花京院の顔が輝いた。
「ジャム?」
「ぼくも詳しくは知らないんだけど。ほら、バラのジャムとか聞くだろ」
「ふむ。おふくろに聞いてみるか」
そういうわけで、二人はその日の放課後、空条邸に向かって歩いていた。
「ッぐ……」
承太郎が口に手を当てたので、花京院はさっと紙袋を広げた。
「ゲホ…ゴホッ…、か、は」
「おやおや」
下の方から声がして、二人はそちらに目をやった。
小柄な老婆が一人、承太郎を見上げている。
「お兄さん、花吐き病かい。男前なのに大変だねえ。早く両想いになれるといいねえ」
二人は顔を見合わせた。
花吐き病?
両想い?

 
 

「ああ、それはね」
にこやかに花京院を出迎えたホリィは、お茶を飲みながら教えてくれた。
「昔からある迷信よ。片想いをこじらせると、口からお花を吐くようになるっていうものなの。好きな人と両想いになるか、その恋を諦めるかのどちらかでしか治らないの」
「バカバカしい」
承太郎はばっさり一蹴した。
「非科学的だ」
「そうだね」
花京院も頷いた。
「それなら、承太郎。きみに好きな人がいて、それなのに結ばれていないということになる。それはありえない」
「ふふ、そうかしら?」
「え、何かあるんですか、ホリィさん?」
「さあ、どうかしら。確かに非科学的だけど、ちょっとロマンチックじゃあない?」
ホリィの言葉にころっと態度を変えて同意する花京院を見ながら、承太郎は、片想いか、と考えていた。
俺が好きになるなら、こいつしかいねえだろう、と。
承太郎の世界は、以前は灰色がかっていた。
全てがうまくいく、自分の思ったように転がる世界。
母親と、取り巻きの女と、顔色を伺う男と、そのくらいしか存在していなかった世界。
そこに突然やってきた、スタンドという力、この力が悪と戦えるのだと、人を救えるのだと教えてくれたのは、花京院だ。
彼から肉の芽を抜くその瞬間、自分も救われていたのだ。
あの50日の旅路は色鮮やかだった。
何もかもがうまくいかない世界。
命を狙われて、拳でそれに返す日々。
凶悪な敵と、信頼できる仲間たち。
その色を切り取って、今でも隣にいるのが、花京院という男だ。
宝石のような彼に比べれば、他のものなどくすんだ石ころにも満たない。
自分の心が惹きつけられるとするならば、彼以外にありえない。
そんな風に思う承太郎の心を知ってか知らずか、花吐き病の原因たる彼は、無邪気な笑顔でホリィと話していた。

 
 

「じゃあ、承太郎。僕は帰るけど、まあ、お大事に」
「おう」
「明日からは紙袋を二つ持ってきてくれよ。ジャムにできるものと、合わないものに分けよう。バラとか桜とか……ホリィさんにメモをもらったから大丈夫だ。植物図鑑が必要だな。食べるのが楽しみだ」
「お前も食うのか?」
「え、駄目かい?」
「俺は構わねえが、人が吐いたもんで作るんだぞ」
「そういえばそうだな。他人の吐いたもので作るジャムとか冗談じゃあない。でも他の誰でもないきみのものだったら、大丈夫だ」
そう言って、安心しろとばかりに力強い笑顔を向けてくる。
そんな彼を見下ろして、承太郎は「やれやれだぜ」と呟いた。

 
 

承太郎はそれからも花を吐き、図鑑を見ながらそれを仕分けする花京院と一緒に、学校の名物となった。
学外でも、他の学校の制服を着た学生たちが、わざわざ遠巻きにして眺めてくる。
ホリィがジャムの瓶を追加で買う頃には、もう1ヶ月以上が過ぎていた。
「承太郎、今日で何日目だ?」
花京院に言われて、承太郎は手帳を取り出した。
「今日で五週目だ」
「ちょっと、あまりにも長いんじゃあないか?三週間くらいで枯れるんだろう?」
「そう聞いたが……っう…が、ッは」
「おお、金木犀だ。大きい花びらもいいが、小さな花がたくさん出てきても綺麗だな」
「人事だと思って…」
「ごめんごめん、ぼくが原因なのは分かってるよ。金木犀はこっちの袋な」
「おう」
「それはいいとして、承太郎、きみ、もう一度病院に行ったほうがいいんじゃあないか?」
「そうだな、今日にでも行くか……」
そうして足を運んだ病院では、前と比べて苦い顔をした老医師が「うーむ」と唸った。
「もしかすると、坊っちゃんとは相性がよすぎるのかもしれませんなあ」
「相性?」
「そうです」
空条承太郎はその名の通り、空の星の血を引いている。
それが、花の種との相性がよく、なかなか枯れないのではという。
「そもそも体内に根を張った花が枯れるのは、光が届かないからなんですよ。だが坊っちゃんの場合体内に、波紋という名で知られているんですが、陽光と同じような波動のようなものがあって、それを養分にしているんでしょう。花は咲いてもすぐ散っているから今はそうでもないでしょうが、慢性化すれば花に栄養を取られて、坊っちゃんの健康に害が出るかもしれない」
「治す方法はないのか?」
「ないことはないのですが……」
「教えてくれ」
「毒をもって毒を制すという言葉があるでしょう。坊っちゃんに種を運んだお相手が体内に花を咲かせていないのは、それを抑える酵素を持っているからなのです。これはその人の種にのみしか効かないから、その人から受け取るしかない」
「受け取る方法は」
「体液の交換……ま、キスとか性行為ですな」
それを聞いて、承太郎は花京院の顔を思い浮かべた。
あいつと、キス。
あいつと……。
「種のほうが移動は簡単だから、前回はこれだけもらってきてしまったんでしょう。外科手術で摘出するとか、微量の毒を飲むとか、他にも方法はないことはないですが、花を吐かなくなるまでキスするのが一番安全ですな。ただこれは、お相手の同意がなければできませんから」
「……分かった」
承太郎は唸るような声を出した。
花京院は友人思いの男だ。
事情を話せば協力してもらえるだろう。
つけ込むようで悪いが……いや、何が悪いんだおれは。
まるであいつを騙してキスするような言い方をするんじゃあねえ。
実際花京院は、「それならぼくも手を貸そう」と言ってくれた。
承太郎は彼の好意をありがたく頂戴することにして、その日から花京院とキスを始めた。
花京院は毎回律儀に体を硬くして、それでも舌を差し入れると応えてくれた。
そうしてジャムの瓶が2桁を数えるようになる頃には、承太郎が花を吐く頻度はぐっと減っていた。
ホリィはジャムを大きな冷蔵庫の一角に並べながら、「承太郎が完全に治ったらみんなで食べましょうネ」と言っていた。
「貞男さんも楽しみにしてるのよ。花京院くんも絶対来てね!」
「はい、ぜひ!」

 
 

そしてある日の夕刻、承太郎の部屋で学校の課題をやっつけていたときのことだ。
承太郎がいつものように喉を抑えたので、花京院もいつものように紙袋を彼の前に広げた。
だが。
「っく、ぐぅッ…っか、グっく……」
「おい承太郎、大丈夫か?」
いつもと違い、苦しそうにするだけで、なかなか花を吐き出さない。
花京院は紙袋を床に置くと、丸められた承太郎の背中を優しく叩いた。
「……か、っは、ああッ…!」
その口から生み出されてきたのは、大きな白銀の百合だった。
いつも出てくるのは花弁だけなのに、それには茎も葉も、根までついている。
ぜいぜいと荒い息を吐く承太郎の背中をさすりながら、花京院は百合を手にとった。
「!もしかして、承太郎、これで最後かもしれないぞ」
「ああ、おれもそんな気がするぜ」
「それにしても綺麗だな。なあ承太郎、これもらってもいいかい?根っこもついているから、もしかしたら育てられるかも」
「好きにしろ」
「ふふ、承太郎が吐いた花か。女の子たちに嫉妬されてしまうな」
「元はてめーの種だぞ」
「そういえばそうだったな。ぼくの種を…」
そこまで言って、何を考えたのか花京院は真っ赤になった。
「どうした」
「な、なんでもない!とにかく治ってよかったな承太郎!」
「おう」
承太郎は心持ちすっきりした気分で顔を上げ、そのまま花京院にキスをした。
「んぅ…ふ…ん……、はあ…、……あれ!?」
「なんだ」
「きみが治ったんなら、もうキスはしなくてよくないか!?」
「そういやそうだな。それじゃあもうやめるか」
「……そうだね、」
ふと花京院は、ひどく寂しそうな顔をした。
慌てて冷静な表情を作ったが、承太郎は見逃さなかった。
「おれとしては、花なんざ関係なくキスをしてーんだがな」
「そ、それはどういう」
「てめーと恋人になりたいって意味だぜ」
びし、と決めポーズで人差し指を向けられて、花京院はしどろもどろになった。
「でも」とか「だって」とか意味のない言葉を並べているが、嫌だとは口にしない。
「観念しろ。てめー、おれのこと好きだろ」
「っなんでそれを、じゃなくて」
「態度で分かんだよ」
承太郎は自分の気持ちも態度で示そうと、また唇を近づけた。

 
 

色とりどりのジャムを乗せたパンをかじりながら承太郎は、確かに両想いで治ったな、などと考えていた。