花京院典子の彼氏について(女体化)

 
 
 

花京院典子という同級生がいる。
ちょっと目立つ髪色をしているが、まあその程度の、ぱっとしない地味な子だ。
特別嫌いというわけではないが、友達ではない、そんな感じ。
だから、あの子がいきなり学校に来なくなって数日は話題に上がったけれど、しばらくしてみんなすっかり忘れてしまった。
彼女が戻ってきたのは、半年くらいしてからだ。
久しぶりに見る花京院は、なんだか前より痩せて顔色もよくなかった。
先生が言うには、何やら事故で大きな怪我をして、長いこと入院していたのだとか。
私だってもちろん、かわいそうだと思った。
思ったけど、それだけだ。
だって友達じゃないし。
花京院の隣の席の子たちも「大丈夫?」とか言ってたけど、その日の昼休みにはもう別の子と話してた。
それくらい花京院は地味な子だった、のだが。
ある日あたしと友達で机をくっつけあってお弁当を食べているときにその話が出た。
「ねえ、花京院さ、最近エロくない?」というのである。
A子はきょとんとしていたが、B子は「分かるー!」と返した。
「絶対男できたよね」
あたしも「ごめん、全然見てなかった」としか言えなかったのだが、それからちょっと気になって、花京院のことは目で追ってた。
といっても席が斜め後ろだから、ちょっと意識して目を向けた程度なのだが。
そんな風に見てて、あたしは目撃してしまったのだ。
あの子が長い前髪を耳にかけて、その手がうなじの毛を跳ね上げた時。
そこにあったのは、いわゆるひとつの、キスマークというやつだった。
いやそんなはっきり見えたわけじゃないし、白い肌に赤いのが目立ってちらっと目に止まっただけで、もしかしたら単なる虫さされかもしれない。
けれど気になるとずっと気になるもので、つい目で追ってしまうし、何だかやっぱり女っぽくなったようにも見える。
あの地味子にどんな彼氏が。
気になる。
気になるのはあたし一人ではなく、あたしたちはある日、弁当を手にしてどこかに行こうとしている花京院を取り囲んだ。
「花京院さん、一緒にお弁当食べよ!」
「えっ!?」
彼女は目を丸くして固まった。
その隙に机を寄せる。
「いいじゃん」
「ねー」
こう囲まれて逃げ出せる女子はいない。
花京院は冷や汗を流しながらも席に座った。
居心地悪そうに弁当を広げるので、「おいしそー!」「かわいー!」攻撃を仕掛ける。
彼女は全然喋らなかったけれど、それでめげるあたしたちではない。
まずはA子が、自分の彼氏があんまり電話をくれないことを愚痴る。
次にあたしが、先月別れたけど新しい男が見つからないという話をする。
自然な流れで。
「ねえ花京院さん、彼氏いるよね?」
「へぁッ!?えっ、なん、どうして?」
「だって花京院さんかわいーじゃんー」
「ヤマトナデシコ?っていうかー」
「彼氏いそうだよねー」
「どんな人?」
あたしたちが聞きたいのはそこだ。
いったいどんな男なのか。
彼女はしばらく口をパクパクさせていたが、やがて消え入るような声で、
「…恥ずかしいから……」
と言った。
「えー?なんでー?」
「いいじゃーん」
「あたしたちも話したでしょ?」
勝手に話したのはこっちなのだが、そういうことは関係ない。
「ええと、……実はその、すごくかっこよくて」
「え!?マジぃ?」
「教えて教えて!」
「その、ハーフで、彫りが深くて。男らしいんだけど、まつげとか長くて。目とかすごく綺麗な緑色で」
あたしたちはにわかにざわついた。
ハーフだと……?
ハーフはそれだけでポイントが高い。
中身とか実情はどうでもよくて、ハーフという単語にポイントがつくのだ。
「それで、ええと…背が高くて。195センチだって言ってた」
背が高い。
更なるポイントが入る。
しかも195センチってどんだけ。
「性格は?」
「うーんと、オラオラ系っていうのかな?俺についてこいみたいなタイプなんだけど、本当は優しくて」
「ナヨいの?」
「全然!喧嘩とか強いよ」
「そうなんだ…他には?」
「えーと…実家がお金持ちだから、ナチュラルに高い店に入られそうで困ってるなあ」
んん…?
それはちょっと盛りすぎではないか?
「あ、あとお母さんが明るくて、ほんとにかわいい人だよ」
その辺までくると、あたしたちの心はひとつになっていた。
嘘乙、である。
さすがにそんなのは現実にはいない。
「エッチの方はどうなの?」
「ふぉえあッ!?し、したことないな…!」
そんなオラオラ系が、しないわけがない。
処女乙。
あたしたちはすっかり冷めてしまって、その昼食が終わってからはまた、花京院に話しかけることはなくなった。

 
 

そうして花京院の彼氏(二次元)のことはすっかり忘れ、数週間が経過した。
あたしは新しい彼氏をゲットして、そのデートの待ち合わせで、とあるカフェのオープンテラスにいた。
ふと気が付くと、何やら外がざわざわしている。
そちらに目を向けると、女性が数人集まっていて、その中心にいるのは、かなり背の高い……ものすごいイケメンだった。
何あれ、芸術品?
周りにいるのは逆ナンの女たちっぽくて、あのイケメンに釣り合う自信のあるような美女ばっかりだ。
すごい、あそこだけ別次元みたい。
ところがイケメンは、美女のお誘いを全てガン無視していた。
ちらりと目をやることすらしない。
それはそれですごい、でもきっとよくあることなんだろうな。
あたしにはその中に入る勇気はなかったけれど、あまりにもイケメンすぎて目が離せなかった。
背もすごく高い、2メートルくらいあるんじゃないだろうか。
彼は明らかに、誰かを待っていた。
なにせそこは待ち合わせの定番、改札外の時計の下だったし、それこそ女性やスーツのスカウトらしき人に声をかけられても、何の返しもなく佇んでいるからだ。
あたしは彼が待っている人がどんな人か気になってきた。
そりゃあそうだろう、こんなイケメンの彼女がどんなか、気にならないわけではない。
あたしの彼氏はもう遅刻10分以上が経過していたが、今回だけは許してやることにした。
で、それから5分もしないうち。
彼が顔を向けた相手を見て、あたしは腰を抜かすことになった。
いや、まさか、偶然だろう。
けれど例のイケメンは、彼女を見て優しく笑った。
周りからキャアアッという声が上がる。
分かる、破壊力がヤバい。
彼はそんな女性たちを大柄な体で押しのけるようにして、彼女に近付いた。
あたしはとっさにメニューで顔を隠した……別に何も悪いことはしていないのだが。
オープンテラスは通路の一部にあったから、あたしの耳には、「遅れてごめん承太郎」といういささか焦ったような声と、「いや、あんまり待ってねえぜ」という、こちらもヤバい腰にくるようないい声が、どちらもはっきりと聞こえた。
それでもう、あたしにできることといったら動転することくらいで、明日みんなに、あれは嘘じゃあなかったと話すことにしたのだ。

 
 

「君ほんとにモテるよなあ…恥ずかしい」
「何がだ?」
「君と一緒に歩いてる僕が、だよ」
「てめー以上の女はどこ探したっていねえだろ」
「本当に…もう……恥ずかしいな……」