神々のこどもたち – アレオスの息子

 
アウゲイアス攻略の際、<緑の瞳>はある町に立ち寄った。
町には<金の闇>のための神殿があった。
そこで<緑の瞳>は一人の年若い神官を見初めた。
仕える神殿で大柄な男に襲われた神官は、初めは抵抗を見せたものの、相手が神格であることに気が付いて大人しくなり、身を任せた。
女性との経験もなかった若い神官が、何度も揺さぶられて気を失い、目覚めたときには相手の青年の姿は、跡形もなく消えていた。

 
 

<緑の瞳>は尋ねなかったので知る由もないが、神官の名は花京院といい、自身も熱心な<金の闇>の信者である王の息子だった。
王は<金の闇>以外の神格信仰を認めていなかったため、花京院は<緑の瞳>と通じたことは誰にも言わず、一人で部屋にこもって本ばかり読むようになった。
そのうち花京院の下腹が膨れ上がり、内側から動くのを感じられるようになってきた。
彼はますます部屋に引きこもり、食事を届けさせ、誰の目にも触れないように時を過ごした。
腹の子供は少しの食料でも急速に成長し、僅か三月ほどで花京院は赤子を産み落とした。
たった独りで子供を産んだ花京院は、たった独りでその子を育てていくことを決意し、神殿に隠した。
しかし<金の闇>が、自分のための神官と<緑の瞳>との間の子が神殿にいることを快く思うはずもなく、国は深刻な不作に見舞われた。
いくら土を耕しても、断腸の思いで手に入れた高価な肥料を撒いても、ほんの僅かの麦しか収穫がない。
そんな状況が何年も続き、これはあまりにもおかしいと思った王は、伺いを立てるために神殿に赴いた。
そこで王は、王子が神殿の奥に子供を隠していることを知った。
息子の冒涜行為に激昂した王は、彼とその子を引き離し、神官の座を剥奪した。
王はすぐにでも我が孫を殺してしまうつもりだったが、国の人間にはない黒髪と、その肩に浮かぶしるしに正体を悟り、どこか花京院の知らない場所に捨てることにした。
 

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花京院は王家を追放され、遠い国に売り払われた。
その国の人々は黒い髪に黒い肌をしており、<金の闇>を信仰していなかった。
そのため、花京院の国の人々からは野蛮な民族だと思われていた。
花京院がわざわざそんな場所へやられたのは、勿論罰のためだった。
彼は王族としては破格の値段で売られたが、その国の王は覚悟していたように花京院を奴隷にすることはせず、養子として迎え入れた。
王にはラクダに乗って遊学の旅に出ている息子がいたが、決してでしゃばらず微塵も権力を欲しがらない花京院は、王宮の人間たちにも気に入られ、馴染みのなかった占術も覚えた。
花京院が王の養子になって数年が経つ頃には、聡明な彼が、いずれ王位を継ぐ王子の補佐となることを期待されるようになっていた。

 
 

あるとき王は、街で剣の舞の妙技を見せている娘がいると聞き、王宮に呼び寄せた。
若い娘は見目麗しく、喋らせればはきはきと賢く、剣を使わせれば、王の信頼厚い銀の騎士とも対等に渡り合うほどであった。
王は彼女を大変気に入り、養子の花京院と結婚してはどうかと勧めた。
身寄りも行く当てもなかった娘はこれを承諾した。
花京院はそろそろ壮年であったし、娘はまだ子供といってもいい年代であったが、年齢を感じさせない花京院と大人びた精神の娘は、誰の目から見ても似合いであった。
けれど花京院は、引き合わされたときにも夕餉の席でもうつむいて、娘の顔を見ようとはしなかった。
彼は遠い昔にたった一人に誓いを立てていたので、それが万に一つも実る可能性のない恋だとは知りつつも、他の誰かのものになるつもりがなかった。
そこでその晩は、懐に小刀を携えて寝室に赴いた。
娘にも手馴れている様子はなかったが、夫婦の義務を果たすために花京院へと近付いた。
暗い部屋にはどこかから迷い込んだ蛇がおり、歩き寄った娘がその体を踏みつけた。
そのため蛇は鎌首をもたげ、娘のくるぶしに牙を立てようとした。
花京院はとっさに小刀を投げ、それは蛇の首を掻き切った。
娘は蛇にも驚いたが、初夜の寝室に夫が武器を持ち込んだことに憤った。
彼女がその場で花京院を激しく糾弾することはなかったが、王の耳に入るのは免れないだろう。
恩を仇で返すどころではない、すぐにでも処刑されるに違いない。
絶望した花京院は、思わず<緑の瞳>への祈りを口にした。
驚いたのは娘の方である。
実は彼女は、花京院と同じ国の出身であり、夫の出身地も聞き及んでいたため、<金の闇>以外の神格に祈りを捧げるなど想像もしていなかったのだ。
それで娘は相手が誰だか気が付いた。
そのように声をかけると、ようやく娘の顔を見た花京院も、豊かな黒髪と彼女の肩に刻まれたしるしに、それが自分の実の娘だと分かった。
花京院は娘を抱きしめ、再開の喜びを表し、彼女がここにいることに感謝して、その頬に口付けた。
娘――名は徐倫と言った――が腹の中にいるころから、花京院は彼女を隠さねばという思いに囚われていたため、この世に生を受けて実に十五年が過ぎたまさに今、ようやく娘は初めての祝福を受けた。
血にかかった呪いが解けたその瞬間、まばゆい光に包まれて<緑の瞳>が地上に現れた。
けれどそれは、彼の妻と娘が知るのみで、王の養子と旅の娘がどこへ消えたのか、他の人々はただ空想を重ねるばかり。