神々のこどもたち – ポルキュスの息子

昔々あるところに、花京院という神が居ました。
彼は白い肌とすらりとした四肢を持つ美しい神でしたが、特に美しいのはそのたゆたう亜麻色の髪でした。
柔らかく日の光に輝くその髪が、風に吹かれて揺れるさまは、遠く東の海でさえ詩に謳われるほどでした。
それを快く思っていなかったのが、彼よりも身分の高い神である、DIOでした。
DIOは花京院が生まれる前よりその美しさで称えられていた神だったのですが、最近ではちっとも参拝者が訪れず、噂に聞くのは花京院のことばかり。
やれ絵を描いていただの、やれ怪我を心配されただの、そしてそういった噂話はいつも、彼の髪がどれほど美しいかで終わるのです。
あまり頭に来たDIOは、とうとう邪悪な意思を携えて、花京院の元に赴きました。

 

それから数年後、花京院はその醜さで名を知られる怪物になっていました。
DIOに悪意の塊を植えつけられた彼は、大地の祝福とまで言われた髪の全てを毒蛇に変えられてしまい、しかも彼の目を見たものは皆、石になってしまうという呪いまで受けていたのでした。
今まで花京院に会いに来ていた者たちはぱったりとその訪問を止めた上、偶然にも彼の目を見てしまった人間が石になってしまったために退治令まで出る始末。
けれど幸か不幸か、花京院にかかった呪いの、そのあまりの強さのため、やってきた戦士たちがまた、その餌食になってしまうのです。
自分のためにこれ以上犠牲が増えるのは嫌だ。
そう思って花京院は、険しい荒野の彼方へ身を潜めました。
ところがそれでも、彼を『退治』しようとする者は後を絶たず、荒野で倒れるもの、とうとう辿り着いて石になるもの、そしてそれを見て命からがら逃げ出したものの数がまた、彼の邪神としての名を上げるのです。
自ら命を絶ってしまいたいと思っても、神である花京院にはそれが出来ません。
醜い姿に変えられたことよりも、罪の無い人間が石に変わることに心を痛め、花京院は毎日を嘆いて暮らしていました。
 

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場所は変わり、こちらは東の海。
DIOと因縁のある人間の一族、ジョースター家に承太郎という若者がいました。
彼は遠い噂に、DIOの眷属である怪物が、人々を石にしては苦しめているという話を聞きました。
そこで彼は、祖父から受け継いだ剣と盾を手に、一人荒野へと出かけました。
旅の果てに辿り着いた、朽ちた神殿で、承太郎は注意深く辺りをうかがいます。
そんな彼を、石柱の影から花京院は眺めていました。
彼なら、僕を殺してくれるかもしれない。
それなら、絶対に彼の目を見てはいけない。
彼に、僕の目を見られてはいけない。
強く自分に言い聞かせ、わざと音を立てて、柱の影から踏み出しました。
相手の男がよりいっそう緊張感をまとうのを感じ、花京院はきつく目を閉じていることを示してみせました。
それに驚いたのは承太郎の方です。
人を石に変えては殺しているという、極悪非道な怪物だと聞いていたのに、その顔に浮かんでいるのは静かな悲哀でした。
おどろおどろしく語られていた、毒蛇であるという髪も、威嚇も何もすることなく、ただ無数の小さな目を承太郎に向けているだけです。
彼は少し頭を傾けて、無防備な首筋を晒しました。
「さあ、どうぞ」
「お前、何のつもりだ?」
花京院は苦笑してみせました。
「僕を退治しに来たんだろう? こうした方が首を落としやすいんじゃあないか?」
これは何かの罠かと思い、けれど花京院の声に滲む諦めに、そして微かな期待に、承太郎は戸惑いました。
しかしこれが大きなチャンスであることは間違いありません。
承太郎はゆっくりと花京院に近付きました。
ことさら強くまぶたに力を込め、花京院はその瞬間を待ちました。
息遣いが伝わるほどに承太郎が近付いたのを感じ、
(……息遣いだって?)
それを不審に思う間に、唇に柔らかい感触を受け、花京院は驚愕に思わず目を見開いてしまいました。
目前には、深い深い、輝く緑。
ああ、彼と目が合ってしまった、とそう思うより前、その緑に移った自分の姿が目に映りました。
そこには初めて見る、毒蛇を頭上に抱いた、やつれた顔をした化け物が居ました。
こんなのと、彼は何故キスをしているのだろう。
花京院が最後に思ったのはそれでした。
彼は自分自身の呪いのため、承太郎と口付けをしたまま、石になってしまいました。
突然冷たくなった唇に、承太郎が慌てて身を起こすと、そこには息の止まった花京院が。
何が起こったのか理解できない承太郎は、せめて彼の望みを叶えてやろうと、その傾けたままの首を切り落としました。
花京院の石の首からは、エメラルドの色をした血が流れ、その足元に血だまりを作りました。
承太郎が、もう少し彼と話をしたかったと、ちりちり痛む胸を抱えてそれを見ていると、血だまりが一瞬波うち、そこから一匹のペガサスが生まれました。
ペガサスはひとしきり翼を震わせると、承太郎を真っ直ぐ見据えて微笑みました。
「こんにちは。僕の名前は花京院。君は?」
白い肌とすらりとした四肢のペガサスは、美しい亜麻色のたてがみを持っていました。