花京院市について 4.エラー!:エラーの種類が特定できません

 
承太郎はいつもいるところ、つまり中枢管理機構の心臓部へと向かった。
認証装置は予想通り働かなかったが、「花京院、ここをあけてくれ。お前に会いたい」と言えば扉は開いた。
途中何度かポルナレフから連絡が入った。
音声は聞くに堪えないノイズまみれだったが、“話せる”ことが重要なのだ。
 

「…おい、ここの扉、あかね…ぞ!」
「そこは手動でいける。右端に原始的なロックがついてるはずだ。解除キーは『0317』だ」
「分かっ……ガラス戸はぶち破ってるがいーよな?……」
「ああ、かまわねえ」
 

花京院の心臓部のある場所には、飲みかけのコーヒーがすっかり冷めていた。
そうだ、つい今朝がたまで俺はここにいたのだ。
俺は今、いったい何をしている?
花京院にはいったい何が起きている?
いくつも並んだスクリーンすべてに、「おかえり承太郎。」の文字が表示されていた。
「パフォーマンスを低下させたことは謝るよ。でも大丈夫だ、すぐ解決できる。あとほんの少しメモリを増設してくれればいい。」
「そういう問題じゃあねえ」
言いながら、承太郎は管理者権限で花京院にログインした。
だが承太郎は、別に花京院を「壊そう」「止めよう」などと本気で思っていたわけではなかったのだ。
この時までは。
 

「何故?僕は予測せぬ動作をしたかい?先ほど君の生体認証をしなかったこと?でもあれは、例外発生時には当然じゃあない?」
「お前は物事を一通りの視点でしか考えられねえ。それが『手順通り』でありさえすれば、自分の大いなる矛盾にも気付かねえ」
「君のことばかり考えていたこと?それの何が悪いのか分からない。だって君だって、いつも僕のことばかり考えているじゃあないか。」
「それは…そうだが。だがお前は花京院市全体のことを最優先に考えなくちゃならねえはずだろう」
「それが僕の仕事だから?そんなの…ずるいよ」
流通サービスを停止。
行政サービスを停止。
交通システムをレベル1に遷移。
電力切り離し処理成功。
 

「…っき言ってた部屋に着いたぜ!で、ど…から手をつければい…」
「奥の壁にPUSH記号があるだろう。そこを押して扉を開くとボタンがあるはずだ」
「あったあった。…れだ?」
「まず緑のやつを5秒以上長押しして、一度離してから赤いボタンと緑のボタンを同時に押してくれ」
「分かった」
 

ポルナレフと話していると、画面は青い色に変わった。
「僕、あの人嫌いだな。承太郎に馴れ馴れしくしてさ。せっかく承太郎が僕のことだけ考えられるように、配偶者だっていなくしたのに。」
「…何だって?」
「承太郎についての権利は、半分あの人が持っていたでしょう。別に好きでもなんでもなくて、家の関係で結婚したのに。だからそれをなくしたんだよ。あの日彼女を屋外へ誘導して、避雷システムを無効にしておいたんだ。駄目だった?」
「……俺の妻は……事故で死んだものと………」
「事故だよ。違う?」
 

重い扉が開く音――バシュンという機械的な音だ――がして、インターフェイスが姿を見せた。
足からコードや金属片が覗き、オイルが漏れている。
中枢管理機構の本体は軍事用品でできているのだが、町中で利用することが前提のインターフェイスはそうではない。
ポルナレフの携帯ガンの発砲で壊れてしまったらしい。
もちろんこちらも自動修理をするはずだが、何かのバグでうまく動かなかったのだろう。
今までこんな派手に壊れたことがなかったため分からなかったのだ。
不具合の起こらないシステムはない。
何度も行ったテストは問題なくクリアしてきたのだが、現実とは常に予測不可能だ。
 

「承太郎、足が壊れてしまった。移動速度が平均84%落ちている。」
「…直してやる」
承太郎は部屋に備え付けてある修理器具を手に、インターフェイスに近付いた。
そして柔らかな感触の髪を一撫ですると、首の中に埋まった太いコードを断ち切った。
インターフェイスはその場に崩れ落ち、目を見開いたままぴくりとも動かなくなった。
「承太郎、君、何をしているんだい?それでは故障の重度がひどくなるだけだよ。」
部屋の壁に設置されたスピーカーから音声が響いた。
「そうだ。俺は嘘をついた。言ったことと違うことをやったり、やったことと違うことを言うのが“嘘”だ。お前には到底できない芸当だな」
ふっと部屋の電気が切れて暗くなり、次いで非常灯が点された。
「ポルナレフの方が成功したようだな」
承太郎はまた花京院の画面へ向かい、コマンドを打ち始めた。
「花京院、お前は病気なんだ。それは俺が思ったよりも深刻なものらしい。少し休憩して調子を整えれば大丈夫だと思っていたんだが………お前は眠らなきゃならねえ。テストの時のスリープモードよりも深い眠りだ」
「よく分からない。『眠る』とどうなるんだい?僕はどうすればいい?」
「『不安』がらなくてもいい。お前が眠るときには、俺が一緒にいてやる」
「それは『嘘』かい?」
「その質問には意味がない。それに対する返答すらも嘘だったら、何も判別できないだろう?」
「人間ってもっと単純だと思ってた。計算速度がばかみたいに遅いんだもの。でも今は、さっぱり理解できる気がしない」
「そうだな、俺にもよく分からねえ」
今ではスピーカーの電源も落ち、画面に浮かぶ花京院の言葉も、ただ黒い画面に白い文字が表示されるだけのものだ。
「ねえ、承太郎」
「何だ?」
「君は嘘をつける。思ってもいないことが言えるんだろう。僕に言って欲しいことがあるんだ…嘘でいい」
「…何だ?」
「『愛してる』って言って」
「……そうだな………」