「承花編」(3)東方仗助のこと

 
東方仗助は困っていた。
赤ん坊の頃に攫われて死んだものと思われていた自分の甥に当たる人物が、つまりジョースターの正当な後継者が、とうとう見付かったというのに家を継ぐのを渋っているというから会いに来たのだが。
20年以上も最下層のコロニーで生きてきたというからどれだけ粗野な男かと思えばそうでもないし、かといって話しやすいかといえばそんなこともない。
自分の苗字がジョースターでは無いのかと聞かれて「妾の子っスから」と答えた時も、特に何の感情も見えない顔で「そうか」と言われて終わった。
他の人間なら、慌てて自分の失言を取り繕うものだが。
表情の読めない甥に比べて、先入観だけで薄っすら嫌悪していた同性の恋人の方は随分と人当たりが良い。
にこにこと、茶まで振舞われた。
水の浄化剤が強すぎるのか、その薄い茶は舌を軽く焼いたが、そんなことは気にならないくらいの……気まずい空気。

 
 

「………その。育ちとかは気にしないって言ってるのに、なんで家督継ぎたくないんスか」
「こいつと離れることになるからだ」
顎で恋人を指され、それでまた会話が途切れる。
「仗助くんって言ったよね?君は家を継げないの?」
花京院の方が会話を続ける始末。
「そんなことしたらジョースターの名折れっスよ。既に俺の存在がもう、無言で疎まれてるようなもんスから」
あ、オヤジはそんなことないんスけど、とフォローを入れる。
「正しい後継者が居るんなら、身を引くっていう言い方はおかしいっスけど、俺は承太郎さんにジョースター継いでもらいたいと思ってるんです」
東方に、ジョースター家そのものへの嫌悪や抵抗があるわけではない。
もし自分が正式な後継者ならば、喜んで跡を継ごうと思えるくらいには気に入っている。
けれど生まれた腹が悪かった。
あるいはジョースターの名が悪かった。
母親は愛しているし、父親も嫌いではない。
だが、上流階級の息子と会話すれば「妾の子のくせに」と言われ、下流階級の少年と馬鹿騒ぎをすれば「ジョースターの家のものだのに」と口をすっぱくされる。
その上、髪型さえ自分の好きに出来ないのだ。
逃げ出したいほどの苦痛ではないのだが―――いい加減うんざりだった。
「俺が育ったのは、ここほどじゃないスけど、普通の植民コロニーなんです。今更金や家柄に興味はないんです、でも跡継ぎが誰も居ないってなると…その……」
言いよどんで目線をそらした東方を、花京院が不快で無い笑みを漏らしてフォローした。
「父上の、ジョースター氏が心配なんだよね?」
「そ!んなことッ…。……まあ、そういう言い方をすればそうっスけど…」
もごもごと口を動かす、その様子を上から眺めていた空条が、ようやく口を開いた。
「てめェ、自分のオヤジとは毎日顔つき合わせて暮らしてんのか」
「え?いや、ジジィは仕事多いし、……俺とオフクロは同じ屋敷には暮らしてないんです。会うのなんて一週間に1回あれば多い方っスよ」
それだけ聞くと、今度は東方の方を見もせずに花京院に話を振る。
「おい花京院、てめェはこいつをどう思う」
「好きだよ!」
花がほころぶような笑顔。
東方は不意打ちに少々顔を赤くしてどぎまぎしたが、空条は顔をしかめた。
「俺とどっちが好きだ」
「そりゃ勿論、承太郎だよ。でも仗助くんも好きだよ。承太郎に似ているもの」
「じゃあ、好き嫌いの話じゃあなくてだな、信用の置ける男だと思うか?」
「うん」
自分を置いて、かつ自分に好意的らしい話がどんどん進んでいく、だが終点が見えない。
暗にトゲが含まれた、しかもそのトゲを発見しやすい言葉しかかけられてこなかった東方が、アクションのきっかけを失った頃。
空条が初めて笑みを見せた。
何かを企んでいるような、あくどい、けれど壮絶に―――カッコイイ笑みだった。
完全に固まって動けなくなった東方に、まるで天の啓示であるかのように、空条が告げた。
「花京院をお前に化けさせる。お前は母親とどこか好きなところで暮らせ。父親には会いたいときに会いに来い」
は?
説明を求めるために、あるいはただ無意識に、花京院へ顔を向けると。
そこには東方仗助が居た。

 
 

そういうわけで空条承太郎は東方仗助に連れられて家督を継ぎに戻った、フリをして花京院を連れてジョースター家に乗り込んだ。
老いた割には鋭いジョセフ・ジョースターにそれがバレただの、花京院がジョセフのことも「好き」であって丸く収まっただの、男の恋人が身ごもっただの、まあ色々あったのだが、二人で愉快に暮らしたそうだ。