「承花編」(1)空条承太郎のこと

 
空条承太郎は困り果てていた。
あまりに困り果て、良い考えも浮かばないので、とりあえず足元にへばりついている全裸の少年の頭を撫でてみた。
すると少年は満面の笑みを浮かべる。
それを見て空条は更に困り果てた。
この生物を連れて帰るのは第1級の犯罪だ。
だがこの生物は自分からテコでも離れないという意志を前面に押し出しているし、それ以上に困ったことには、この自分がそうしたいと思っていることに、今さっき気が付いてしまったのだ。

 

幸か不幸か、空条は今回長期滞在の任務を、一人で請け負ってこの星にやってきた。
自分から離そうとすると信じられないくらいの力で抵抗する少年を、けれど自分と来いと促すと非常に素直に従った。
滞在している簡易居住に帰り着き、色々と目の毒なので服を着せる。
空条とその少年では体格に差がありすぎたが、支給されている宇宙服は伸縮自在の素材であるので、彼の体にぴったりなサイズに落ち着いた。
向かい合わせに座ると、その意味を違うことなく理解した少年が、会話を始めようとする。
「・・・・・・・・・・!・・・・・、・・・・・・・・!・・・・・・」
「待て、待て、分からん。というか俺の耳ではそもそも拾音できん。お前らは精神感応が出来るんだろう、悪いがそれで話してくれ」
(でもそうすると、君の頭の中を無遠慮に覗くことになってしまうよ)
言語を解さず、直接精神に「意味」が伝わってくる。
ここまで完全なテレパシーを経験したことがなかったので一瞬ひるむが。
(別にそれで構わねえ。覗かれて困ることも特に無いしな。……で。お前は何で俺に付いてくる)
(君のことが好きだからだよ!)
そう伝えて、また少年が破顔する。
伝えられたのは「好き」という言葉ではなく、純粋な好意そのもの。
その混じりけのなさに、……めまいがした。

 

改めて少年――の姿をとっている目の前の生物――を眺める。
地球人類を見るのは初めてのはずだ(と思った途端にテレパシーで肯定された)。
変身能力を持っている生物はそこまで珍しくない。
擬態能力ならそれこそどの生態系にもかなりの割合で存在する。
だがこいつはどうだ?
「人間」の情報を俺一人でしか得ることが出来ず、そして完全に「他人」になりきっている。
目の前の生き物の、外見をコピーしているわけではない。
姿を変化させるのに、同時にオリジナリティを含めることが出来る生物は、他には報告されていない。
……これは確かに、格好の密猟の対象だ。
(君は僕を捕らえて売買するために来たの?)
(いや違う。そもそも俺はお前らがこの星にいることさえ知らなかった。……売買と言う概念を知っているのか?)
(今、君の中から読んだ)
空条が自分の任務、すなわち未開の地の事前簡易調査について意識を向けると、それを綺麗に読みきって少年が納得した顔をした。
こいつは知性が高い、聞き及んでいる通りだ。
(およそ1年後には、もっと大量の人間がやってくることになるぜ。この星はそのまま移住するにはちょいときつそうだが、移住するために手を加える分には価値がありそうだからな)
地球がその寄生虫の急激な増加に音を上げて以来、人類は必死で移住可能な惑星を探し続けてきた。
スペースコロニーは「地に足が着いていない」と不評で、そこそこ金のある、けれど地球に住み続ける権利を買い取るほどには無い階級の者たちは新しい星を欲していた。
既にいくつかの星にはわらわらと人類が住み着いていたが、そこでまた増えたその子孫たちの住む場所までは確保されていなかった。
そこで幾人もの調査員が、銀河系を遠く離れ、こうして未開の地を探して回っているというわけだ。
勿論その星に先住種族がいた場合は、それ以上の移住が可能かどうか、交渉をする。
会話で、あるいは武力でもって。
だが第3レベル知的生命体としてはまだ科学力の乏しい地球人類は、なるべくその交渉を穏便に済まそうとしていた。

 

しかし。
非常に心苦しいが、地球人類、のみならずほとんどの知的生命体(を自負する生物たち)は、今空条の目の前にいる種族を、同じ知的生命体だとはみなしていない。
主な理由は、彼らが『社会』を作らないことだ。
裏の理由は、彼らが娯楽の材料になるからだ。
(俺が今ここで、この星は到底住み着ける場所じゃねえって虚偽の報告をしてもいいがな。そんなのには限界がある。お前、とっとと仲間に連絡して、別の場所に移り住め)
理不尽なことを言っている自覚はあるがな、それが最善の策だ。
地球人類たちに見つかる前に逃げてくれ。
空条が自分の本心を極力押し隠して――無駄なのだろうが――少年に告げても、彼は慌てなかった。
(んー、その点は大丈夫。この星に住んでる僕の種族は僕だけだから)
(何?)
こいつらは『規則』を有する『社会』は作らないが、家族の単位で群れて暮らすはず。
(実はね、おんなじようなことが、昔僕が住んでた星であって。そのとき僕の親が、僕を逃がしてくれたんだ。それで一人でここに来た。他の皆がどうなったかは分からない。遠すぎてテレパシーも通じないし)
(……何年くらい一人でいる)
(うーんと、君の星の数え方でいうと、大体200年くらい)
その間ずっと、こいつは、一人でただ岩にへばりついて生きてきたのか。
群生の生物が、強靭な生命力を持っているとはいえ、たった一人で。
(それで、久しぶりに会話できるような俺が現れたから、くっついてきたのか)
(違うよ!)
がつんと殴られたかのように感じたが、物理的には何も起こっておらず、つまり少年の寄越した否定の意思が随分と強かったようだ。
(この星にも、時たま旅行者とか、空賊とかが立ち寄ることがあったんだ。何にも無い星だから、皆すぐに出て行ってしまったけれど。でも彼らとは好きじゃあなかったんだ。君は初めから好きで、今もずっと好きで、僕の家族にもそんな好きはいなかった)
(……お前の種族の『好き』の定義は何だ)
(ウン?そうか、君の種族と違うんだね。僕ら、お互いの波長が合ったら好きだって感じるんだ。君の持ってる波長と、僕の持ってる波長が、すごく気持ちよくシンクロしてる。もう君の側から離れたくない)
そう伝えて、また少年が全身でくっついてくる。
引き剥がすことも出来ずに、空条はもやもやと考えた。
そもそも空条が、現在最も死亡確率の高いこの職業に就いているのは、それ以外に仕事が無いからだ。
彼には身寄りも金も地位も、何も無い。
それは彼が悪いわけではなく、ごみためのようなコロニーで生まれてからずっとそうだった。
「空条」という苗字からして、とうとう正式に宇宙航海士になることが決定した折、カッコがつかないという理由のために上司から付けられた名なのだ。
(じゃあ僕は「承太郎」って呼ぶね。ねえ、承太郎の種族の言葉の発音教えてよ。僕すぐに覚えるよ)
(そうだろうな。……いやお前、発音だけじゃなくて俺らの社会形態全部覚えろ。俺はお前の生態全部覚えてそれに合わせる)
今更失くすものも無いし、これ以上手に入れられるものも無いと思っていたところなのだ。
これは思わぬ拾い物。
(どこかの捨て子だとか、戸籍の無い黒子だとか、何とでも説明は付く。数百年くらい変身を解かなくても大丈夫なんだろう?お前、名前は…無いんだよな確か)
(うん。君たちの社会じゃ、個体名が必要なんだよね、承太郎僕にくれる?)
(と言われてもな……人に名前なんざやれる立場に立ったことがねえからな)
(承太郎の好きなものの名前でいいよ)
(好きな……モノじゃあねえが)
(好きな町でも構わないよ。「花京院」なんて綺麗な響きだね)
 

そういうわけで空条承太郎は、未開の地にて恋人を拾って帰って、最低だと思っていた自分の人生もそう捨てたものじゃないと思うようになりましたとさ。

 
 

(承太郎、ムーピー・ゲームやる?)
(やらん。俺がスポイルしたら誰がてめーの面倒見るってんだ)

 

火の/鳥でした。