Not N But K – JとK

キリ番1111リクエスト「相思相愛な人間太郎×人外院」

 
 
 

実は私、培養液の中で生まれたのよ。
恋人にそう告げられたとき、彼は、言ってみれば「で?」という気持ちだった。
顔に出ていたのだろう、恋人は「普通の試験管ベイビーってわけじゃあないの」と付け加えた。
「血の繋がった両親はいるんだけど、うーん……実際見てもらったほうが早いわよねえ」
彼は、彼女のことは何でも知りたかったから、もちろんその出自にも興味はあった。
だが、彼女がどんなふうに生まれたとかそういったことは、彼女を愛する心をほんの少しも変えないと自負している。
彼女もほとんど苦笑のような顔で笑って、
「そういうわけだから両親に紹介するわ、アナスイ」
と言った。

 
 

空条承太郎は生物学者だった。
とても優秀な学者であったのだが、辺鄙な田舎に住居兼研究所を構えて、研究データを郵送とインターネットで届ける生活をしていた。
そんなだから当然出世はできないのだが、彼にはそれよりも大事なものがあった。
アナスイが恋人、徐倫に連れられてやってきたのは、山の麓の牧歌的な家だった。
庭では瑞々しい野菜が風に揺れ、窓には色とりどりの花が飾ってある。
徐倫は一応ノッカーを叩いて、それから「ただいま!」と言って扉を開けた。
「はあぁぁぁい」
そう声がして、やがてカツカツと床を鳴らしてやってきたのは。
それは、一匹の羊、だった。
少し金色が買った白い巻き毛、柔らかそうな長い鼻面、くるりと巻かれた角には、チェリーのような飾りが下がっている。
「ただいま、母さん」
「おぉかえりぃ、ジョリィン」
羊はくせのある、けれどはっきりした言葉でそう言った。
それから、驚きで動けないでいるアナスイに向かって微笑んで、
「きみぃがアァナスイくんだねぇ、ぼくぅはジョリィンの母親ぁで、花京院んです」
と言った。
アナスイは恋人一筋である。
犯罪者として世間から爪弾きにされていた自分に、希望を与えてくれた女神。
だからそのときも、彼女の母親だというのを聞いて、一瞬でショックから立ち直った。
「はじめまして、花京院さん。おれの名前はアナスイです。お嬢さんと交際させていただいております」
花京院は羊の目を細めて、アナスイに向かって前足を差し出した。
アナスイはその蹄としっかり握手を交わした。
「さあぁ、どうぅぞ上がぁてくださいぃな。すぅぐお茶ぁを用意ぃしますからぁね」
「ありがとうございます」
家の中は、古きよきといった雰囲気の素敵なところだった。
そこだけ新しいキッチンは低く作られており、花京院は器用にお茶を入れた。
角の上にトレイを乗せてやってきた花京院は、アナスイが手伝うというのをやんわりととどめた。
「で、母さん。父さんは?」
「承太郎ぅなら、研究室ぅだよ」
「また!?今日あたしたちが来ることは言ってあるわよね!?」
「あの、お忙しいようでしたらお気になさらずに」
「違うわよ。ただあたしたちに会いたくないだけなのよ」
憤慨する徐倫を見て、花京院は仕方なさそうにくすくす笑った。
「どんな顔ぉで会えばいいぃか、分からないぃだけだよぉ。大丈夫ぅぅ、すぅぐ出てくるさぁ」
花京院はそう言って、ちっとも慌てた様子はなくお茶を飲んだ。
彼のカップは取っ手が特殊な形状をしており、蹄がうまく引っかかるようになっていた。
「承太郎ぅが出てくるぅ決心んをするまでぇ、お話ぃでもしようぅか。聞きたいぃことだらけぇだと思うぅしねぇ」
「ああ、ええ。はい、ええと」
「ぼくぅなんだがぁ、こぉんな見た目ぇだけどぉ、羊ではないぃんだ。体の構造ぅはほとんんど人間んなんだよぉ」
「そうなんですか」
「ああぁ。でもぉ、だからぁて子供ぉができるわけじゃあぁないぃ。ぼくぅは男だしねぇぇ」
「そうなんですね」
隣では、徐倫がちょっと気まずそうにしている。
けれどアナスイは、この優しげな羊、ではない彼が、とても好ましく思えてきた。
「ぼくぅと、承太郎ぅ、ジョリィンの父親ぁは、体ぁの外で子供ぉを作ぅたんだ」
「ああ、それで」
「ちょっと変わった生まれだって言ったでしょ」
「そういうことだったのか」
アナスイが恋人の言っていたことに納得したあたりで、奥の扉が開いた。
アナスイは慌てて席を立った。
それから、徐倫の顔は父親似なのか、と思った。
彼は厳しい顔でアナスイの自己紹介を聞き、「空条承太郎だ」と一言だけ名乗って席に座った。
彼は無言で重厚なプレッシャーを放っていたが、徐倫の「ちょっとやめてよ父さん」と花京院の「もうぅ、そぉんな威嚇しないぃの」でなんとか話は進んだ。
夕食は、花京院が承太郎を連れてキッチンへ向かった。
徐倫は「あたし、やるわよ?」と言ったし、アナスイも「手伝います」と言ったのだが、
「承太郎ぅを置ぉいておくぅと気まずいでしょうぅ。二人ぃはゆぅくりしておいぃで」
と花京院に止められてしまったのだ。
メニューは豪華でたっぷりしたものだった。
「それはぁ、承太郎ぅが作ぅたんだよぉ」
と言われるたびに承太郎はムスッとした顔になった。
アナスイはめげずに「おいしいです!」と声を上げた。
夕食後、アナスイは客間にベッドを用意してあると言われたが、徐倫は彼に向かってウインクを飛ばしてみせた。
それを見て、承太郎は眉間の皺を増やしたのである。

 

ひつじ
 

夕食の席で上等なワインを開けたというのに、その晩承太郎はウィスキーを手にして寝室にやってきた。
「アァナスイくんん、ビビぃていたじゃあぁないか、もうぅ」
「……仕方ないだろ」
「きみぃの気持ちぃは分かぁるよ。だけどきみぃは顔が怖いぃんだから、ちゃぁんと祝福ぅしてあぁげてるのを示さないぃと」
「………俺の顔は怖いか?」
「何ぃをすねてぇるのさ!」
花京院は呆れ顔を作った後、ふっと笑った。
「きみぃだぁて分かぁているだろうぅ。彼はぁとてもいいぃ人だ。ぼくぅを見て、それでぇもジョリィンへの気持ちぃは変わらないぃみたいだものぉ」
「当たり前だ。それで気持ちが変わるようなやつに、徐倫はやれん。それに」
承太郎は花京院のふんわりした巻き毛に指を絡めた。
「お前は誰よりきれいで、素晴らしい伴侶だ。俺の自慢だ」
「………やだなあぁぁぁ……」
花京院は承太郎の大きなてのひらに自分の顔をすり寄せた。
そこで承太郎は、いとしい彼を抱き上げて、寝台の上に横たえた。

 
 

「けぇこん式には、ぼくぅは招かぁなくていいぃからねぇぇ」
「そういうわけにはいかないわ」
「お二人にはぜひ出席して欲しいです」
「………」
「ほぉら承太郎ぅ、そぉんな顔しないぃの」
花京院の蹄にせっつかれて、承太郎はますます顔をしかめた。
それでも、緑の瞳でアナスイを射抜き、
「…………娘を、よろしく頼む」
と言った。
「父さん!」
「お義父さん!」
アナスイは誇らしげな様子で、
「お二人のように幸せになります!してみせます!」
と誓った。
花京院も微笑んで、徐倫の手の甲をちょっとだけ舐めた。
そうして、娘の幸せを願いながら、二人は二人だけで暮らしてゆくのだ。