いばらの城の一本ツノ

「承太郎、眠れないんだ。何か話をしてくれないか?」
「またか?もうそろそろ話のネタが尽きそうだぜ」
「まさか、嘘は良くないよ。旅をしていた頃の話を聞かせておくれよ」
「……仕方ねえなァ。そうだな、あれはおれがここに来るずっと前、傭兵をやっていた頃の話だ…………」

ある戦闘でドジを踏んで傷付いたおれは、小高い丘を登っていた。給料分は働いたと思ったし、その時の雇い主に命まで捧げるつもりはなかったから、そこでその戦闘相手とはオサラバするつもりだった。その丘の上には、イバラやツタに覆われた小さな古城の廃墟があって、おれはそこに逃げ込むつもりだった。
ところが入口にもトゲの鋭いイバラが生えて、中に入ることが出来ない。剣でたたっ切っても次から次へと伸びてきて、少しも減りゃしない。
これはヤバイ、と思ったな。おれが辿り着いた城は、ただ植物に包み込まれているだけじゃあない、もっと古い、もっと大きい力に守られている、ってね。
だがこれは、逆にチャンスかもしれない。おれがこの城に入ってしまえば、敵兵は中まで追っては来られない。
そこでおれは剣を置き、イバラを傷付けたことを謝って──……、ここから先はちょっと具体的に言えないが許してくれよ──中に入ってしばしの休憩をさせて欲しい、この城を荒らすようなことがあればこの身をどうしてくれても構わない、と丁寧に『お願い』した。
するとイバラは手で退けてくぐれるカーテン状になり、そしておれは古城へと足を踏み入れた。

「中には何が居たと思う?」
「魔女かい?それとも綺麗なお姫様?」
「いいや、違う」
「じゃあもしかして……ドラゴンかい?」
「それも違うな。おれを出迎えたのは、一頭の白いユニコーンだった」

ユニコーンはたゆたう赤毛の奥の黒い目を光らせて俺を見つめた。
「ようこそ、手負いの旅人よ。歓迎はしないが、傷が癒えるまでは滞在を許可しよう」
「それはありがたい。おれの名は空条承太郎という。本名だ」
ユニコーンに本名を告げたのは、一種の賭けだった。知っての通りユニコーンってのはたいへんな気まぐれで、ユニコーン本人にしか理解できない美学に従って行動する。通名を名乗ればたちまち憤怒で殺されてしまうかもしれないし、本名を知れば戯れに呪いを受けるかもしれない。
だがおれは運が良かったようだ。
「北の塔にさえ昇らなければどこへ行ってもいい」
ユニコーンはそれだけ言い残し、さっさとおれに背を向けて城の奥へ消えてしまった。

「その北の塔に秘密があったわけだね」
「ああ。だがそれ自体は既に分かっていたことだった」
「何故?」
「北の塔を覆っているイバラにだけ、見事な花が咲き誇っていたからだ」

それに、北の塔へ続く回廊にだけ赤くて甘酸っぱい果実が生っていた。こいつは一口で食い終わる小さな実だったんだが、不思議と二粒、三粒も食うと腹が膨れたし、傷の治りも早かった。その城に居る間はそればっかり食ってたな。それで、おれも命は惜しいから北の塔に入るなんてことはしなかったんだが、毎日近付いてはいたんだ。
だからユニコーンが飯を食う、っていってもその果実なんだが、その食事以外はずっと北の塔にこもっているのもすぐに分かった。そこでユニコーンが何をしているのかなんてのは、おれは興味がなかったし、怪我が治ったらさっさと立ち去るつもりだった。
ところが……

「何があったの?」
「おれの血の匂いを追って、オオカミたちがやってきたんだ」
「ああ、これだからオオカミってやつは!」
「まあそう言ってやるな、それがオオカミの仕事なんだから」

これは不味いことになった、おれはそう思った。オオカミに噛み殺されるのも困るが、うまく退けたところでオオカミを呼んだと責められたら命がない。
それで、イバラをものともしないオオカミたちに角を振りかざして戦うユニコーンに、本調子でないながらも全力で加勢した。
ところが、無事にオオカミたちは追い払えたものの、なんとユニコーンの角がぽっきり折れちまったんだ。
ユニコーンの力の根源はその角にある。角を失くしたユニコーンは力なくふらついて、辛そうに息を吐いた。
「ぼくを、北の塔へ……その角を拾って、ぼくを連れて、承太郎、早く……!」
そこでおれはユニコーンに肩を貸し、折れた角を手に北の塔へ赴いた。あちらこちらに咲き乱れるイバラの花が北の塔の入口や階段を塞いでいたが、おれとユニコーンが通りかかれば静かに道を開けた。
そして、ふらつくユニコーンを支えて昇った北の塔のてっぺんでおれが見たものは……

「眠れるお姫様?」
「いいや正反対だ。そこで目を閉じて眠っていたのは、おれの三倍はあろうかという馬鹿でかい毛むくじゃらの怪物だった」

眠っていたといっても、その怪物はなんだか様子が変だった。体はぴくりとも動かず、息をしているように見えない。窓から吹き込む風にイバラの花は揺れているというのに、怪物の毛は一本たりともなびかない。
「そこにひき臼があるだろう。それでおれの角を粉にして、彼に飲ませてくれ。承太郎、頼むから早く!」
ユニコーンの懇願通り、おれは折れた角を臼でひいて粉にすると、拳ほどもある牙の生えた怪物の口の中へ流し込んだ。すると怪物の冷えて固まった体にうっすら体温が戻ったような感覚があった。
それを確認すると、ようやくユニコーンは安堵の息を吐いて座り込んだ。
「間に合ったみたいだ、良かった。角は折れてすぐ使わないと効力が失われてしまうんだ」
「こいつは……普通の石化じゃあねえのか?」
「違う。この呪いを解くにはユニコーンの角を使うしかない。それも一回では駄目で、ぼくはもう何百年も角を伸ばしては彼に飲ませているんだ」
「そんなにこいつが大事なのか?」
おれには『恐ろしい化け物』に見えるぜ、というのは言わないでおいた。
「当然だとも。彼の目はとても美しい緑色をしているんだ。あれほど輝く緑を、ぼくは他に知らない。この丘で最高のものだ。あれをもう一度見られるなら、ぼくは何だってするよ。とうとう彼の目が再度開くそのとき、数百年分の空腹に、彼はぼくを目覚めて最初の夕餉の皿とするだろう。とても楽しみで仕方ない」
角を失くしたユニコーンは、そう言って笑った。
そういうわけで、これ以上邪魔をするわけにはいかないと思ったおれは、丘の上の古城から立ち去ったというわけだ。

「……どうした?」
「……ぼくが眠りについてしまったら、承太郎、起こしてくれる?」
「勿論だぜ。ユニコーンの角だろうがドラゴンの肝だろうが、何でも用意してやる」
「キスで目が覚める方がいいなあ」
「馬鹿なこと言ってねえでさっさと寝な。明日も早いんだろ」
「……うん。おやすみなさい、承太郎」
「ああ、おやすみ。花京院」