長靴を履いた猫

 
昔々あるところに、貧乏な百姓がおりました。
彼はとても貧乏だったので、三人の息子に残してやれるものといったら、風車小屋とロバと、そして一匹の猫だけでした。
お役人を呼ぶお金もなかったので、彼は何も考えないで、上の息子には風車小屋を、真ん中の息子にはロバを、末の息子には猫を譲りました。
猫を譲られた末の息子は、兄さんたちにも負けない立派な体格の、美しい男でした。
それで、赤毛の猫はすっかり心酔して、こう言いました。
「ねえ、ご主人様、仕事のできる風車小屋やロバをもらえなかったのは残念ですけど、気になさることはありませんよ。ぼくはきっとあなたのお役に立ってみせます。」
末の息子は末の息子で、くるんと片耳の丸かったかわいい猫を譲られて、まんざらでもありませんでしたので、
「いや、おれはお前をもらえて満足している。幸い体は丈夫だから、その辺で仕事を見つけてくるさ。」
と言いました。
けれど猫が、
「そう言わずに、ご主人様。ぼくに仕事をさせてくださいな。差し当たって、大きな麻の袋と立派な長靴を用意してくださいませんか?」
と言うので、麻袋とつるつる光る長靴をこさえてやりました。
赤毛の猫は靴を履くと、格好つけて麻袋を背負い、きざな様子で出かけてゆきました。

 

さて猫がやってきたのは、うさぎを放し飼いにしているところです。
猫は麻袋の中にたんぽぽやナズナを入れると、袋の口にゆるく紐を絡めて、草むらに隠れました。
するとそのうち、まだ世間を知らない頭の軽い若いうさぎが、餌を求めて袋の中に入りました。
すかさず猫は紐を引いて袋の口を縛ると、意気揚々とうさぎを担いで王様の宮殿へ向かいました。
「王様には、ご機嫌うるわしゅう。わたくしはジョジョ公爵の使いのものです。公爵が狩で仕留めた獲物を、王様にも献上にまいりました。」
そう言って、まるまる太ったうさぎを差し出してみせたので、王様は、
「これはこれは。貴殿の主人には礼を言っておいてくれたまえ。」
と喜びました。
猫はそんなふうにして、雁や鳩や鮭なんかを仕留めては、ジョジョ公爵の名前で王様に献上しに行きました。
そしてそのうち、猫はすっかり王様や宮殿の召使たちの顔なじみになりました。
それでとうとう、今度王様が川へ遊びにゆかれるということを聞いたのです。

 

その日になると、猫は末の息子をせかして川へ行かせました。
川へ着くと、猫は末の息子に服を脱いで水浴びをするように言い、末の息子がそうしますと、服を岩の下に隠してしまいました。
それでそのうち、王様の馬車が通りかかりますと、大声で、
「助けてください!助けてください!」
と叫びました。
王様は、馬車の外で騒いでいるのがよく獲物を持ってきてくれる猫だと気付きますと、
「これ、どうしたのだ。」
と声をかけました。
そこで猫は、
「実は、わがあるじジョジョ公爵様が川で水浴びをしていると、泥棒がやってきて、服を盗んでいってしまったのです。ですから主人は、川から上がれなくて困っているのです。」
と訴えました。
王様は川の中に一人の青年を認めますと、今までよく貢物をしてくれた礼ですから、衣装係に上等の服を用意させて、青年に着させてやりました。
彼はとても見目のよい青年でしたから、そうして立派な衣装を身に着けますと、どこの貴族にも負けない様子に見えました。
王様はすっかり感心して、彼を馬車に乗せました。
猫は、うまくいったのがうれしくて、隊列の少し前を威張って歩きました。
みちみち王様が、ジョジョ公爵に今までの礼を言いますと、青年は、ははあこれは猫の計略だなと気がついて謙遜をいたしました。
そんなふうに一行が進んでいきますと、麦を刈り入れているお百姓たちに出会いました。
猫は馬車が来る前に、お百姓たちに向かって、獅子のような唸り声を出して脅しつけました。
「こら、お前たち。これから王様の馬車がお通りになるから、この麦畑は誰のものかと聞かれたら、ジョジョ公爵のものだと答えるんだ。でないとお前たちののどを引き裂いて、食ってしまうぞ。」
そうやってすっかり脅かされてしまいましたから、お百姓たちは、王様の馬車が通りかかって、
「この広い麦畑は、誰のものかな?」
とお尋ねになられたとき、声をそろえて、
「わたしどもの主人、ジョジョ公爵のものです。」
と答えました。
王様はお喜びになって、
「たいした財産もちでおいでだな。」
とおっしゃいました。
そうやって、猫は草刈をしているお百姓も、牧場で牛を飼っているお百姓も脅しつけました。
ですのでみんな、王様の馬車が通りかかって、この土地は誰のものかと聞かれますと、ジョジョ公爵のものですと答えるのでした。
王様は、目の前の青年がとても広大な領地を持っているのに、すっかり驚きました。

 

そうしている間に、猫はずんずん歩いていって、やがて大きなお城に到着しました。
このお城には、人食いの吸血鬼が住んでいるのでした。
実は、この吸血鬼はたいそうなお金持ちで、先ほどまで王様がジョジョ公爵のものだと聞かされた土地は、全部この吸血鬼のものなのでした。
猫は堂々とお城に入っていくと、吸血鬼にまみえました。
吸血鬼はとても恐ろしい姿をしていたので、猫は全身の毛が逆立つのを感じましたが、美しくて立派な主人のことを思い浮かべて、つとめて明るい声を出しました。
「このご近所を通りかかりましたのに、あなたさまにご挨拶もなしに通り過ぎるわけにはまいりませんので、ご機嫌をうかがいにあがりました。」
猫がそう言いますと、吸血鬼は機嫌がよくなって、彼を大広間に通しました。
猫は、この吸血鬼についてよく知っていましたので、おそるおそる、
「あなたさまは、どんな怪我でもすぐに治してしまわれるとか。本当でございますか?」
と尋ねました。
吸血鬼は真っ赤な唇をにやりと歪めて、
「うむ、見せてやろう。」
と言うなり、鋭い爪で自分の首筋を引っかいて深い傷をつけました。
するととたんに、その傷は跡形もなくなくなってしまうのでした。
「すごい、すごい。」
と言って猫は前足を叩きました。
「それに、あなたさまは、なんと時間を止めることがおできになるとか…」
「うむ、うむ。」
猫がはっと気がついたときには、吸血鬼は大広間の一番端から、逆の一番端に移動していました。
超スピードだとか、トリックだとかではありません。
猫はたいそう驚いてみせました。
「いや、はや、お見それいたしました。でもまさか、ほんの小さなこうもりに化けることができるなんて、それはさすがに、信じられません。」
「なに、信じられないとな。見ているがいい。」
そう言うと、吸血鬼はあっという間に、小さなこうもりに変わっていました。
そこで猫は、しめたと叫んでこうもりに飛び掛り、頭からばりばり食べてしまいました。

 

さてそんなうちに、とうとう王様の馬車がお城までやってきました。
猫は大きく門を開け放つと、
「どうぞ、どうぞ、ジョジョ公爵のお城へ!」
と言って彼らを招き入れました。
「こんな立派なお城もお持ちとは。」
と王様は喜びました。
王様は、このお金持ちで見目麗しい青年が、すっかり気に入ってしまったのでした。
その青年はというと、誰よりも猫の手柄を分かっているので、得意そうにしている赤毛の猫をじっと見つめていました。
そして、王様が、
「どうかな、ジョジョ公爵。わしには一人娘がいる、これと結婚してくださらんか」
とおっしゃったとき、静かに首を振って、
「お言葉はありがたいのですが、わたしにはもう、心に決めた相手がいるのです。いつもわたしのことを考えて、尽くしてくれる相手なのです。」
と言って断りました。
猫は、まさか青年が断るとは思っていなかったので、びっくり仰天しました。
それで、丁重に王様にお帰り願った後、ひげをしょんぼりさせて尋ねました。
「なにか問題でもあったのですか、ご主人様。せっかく出世のチャンスでしたのに。あんな嘘までついて断るなんて。」
「嘘じゃあねえぜ。おれには好きな相手がいるんだ。そいつのおかげで、おれは王様にも認められる公爵にまでなったんだ。」
猫が分からなさそうな顔をしていましたので、青年はその前足を手にとって、
「おれと結婚してくれるな。」
と言いました。
猫はたいそう驚き慌てて、色々と自分の悪いところをあげつらったり、きょときょと窓の外を見やったりしましたが、青年がじっと自分に緑色の目をすえたまま動きませんので、とうとう最後には根負けして、こくんとひとつ頷きました。
そこで青年は大事な大事な猫を抱きしめて、一生大事にしましたとさ。