スフィンクス

 
花京院は父親似だった。
母親から受け継いだものは漆黒の瞳くらいで――とはいえそれは他に類を見ない素晴らしい黒曜石だったのだが――、後は外見のほとんどが父親譲りだった。
だから姉より兄より、妹より弟より体が小さかった。
両親は外面を気にするようなしつけはしなかったが、やっぱり姉妹兄弟たちが力強く羽根を羽ばたかせて競争するのを眺めているだけなのは居心地が悪く、十と七を数える年になった頃、花京院はひとり旅に出た。

 

風は吹きに吹き、花京院は歩きに歩いた。
一つ目の街で出会ったのは、顔に大きな傷跡のある男だった。
彼ははじめ、花京院の路銀を奪おうと襲ってきたのだが、彼が銅貨一枚、替えの服一着持っていないことを知ると、同情してその晩の宿とパンを恵んでくれた。
男は武器を仕込んだ変わった帽子を被っていた。
「それ、自分で作ったんですか?」
と花京院は尋ねた。
「おうよ、ものを細工するのが得意でね」
と男は答えた。
そこで花京院はひたと男を見据え、
「いつか星々があなたの助けを必要とします。あなたは善人として生涯を終えるでしょう」
と言った。
男は不思議に思ったが、花京院をスラム街の出口まで案内してくれた。
そこで花京院はその街を離れた。

 

風は吹きに吹き、花京院は歩きに歩いた。
二つ目の街で出会ったのは、修行中の妙齢の女だった。
彼女は口を開けば強くなることしか言わなかった。
彼女はがむしゃらだった。
「あなたは結婚しているんですか?」
と花京院は尋ねた。
「ええ。だけど夫も子供も、遠く離れたところにいるわ」
と女は答えた。
そこで花京院は微笑んで、
「あなたの息子はいつかあなたを追い抜くほどになるでしょう」
と言った。
女は、はて子供の性別を告げたかしらと疑問に思ったが、花京院に使い勝手のいいコンパスをくれた。
そこで花京院はその街を離れた。

 

風は吹きに吹き、花京院は歩きに歩いた。
三つ目の街では、とうとう花京院と星々の運命が交差することになった。
花京院が出会った星は、承太郎と言う名前を持っていた。
「きみはぼくのことが好きかい?」
と花京院は尋ねた。
「さあな。おまえはおれのことが好きなのか?」
と承太郎は言った。
「勿論」
と花京院は答え、承太郎を食べることに決めた。
承太郎は花京院が旅をしていることを知ると、一緒について行くと言いだした。
そこで彼らは二人旅を始めた。

 

風は吹きに吹き、花京院と承太郎は歩きに歩いた。
四つ目の街で出会ったのは、小柄で好感の持てる少年だった。
彼は大事に思っている女性のことを話してくれた。
「彼女ときみと、どちらの背が高いの?」
と花京院は尋ねた。
「彼女です。だけど二人とも、そんなことは気にしてません」
と少年は答えた。
そこで花京院は少年の肩を叩き、
「きみの周りには様々な人が集まってくる。だけどきみは、きみらしくまっすぐなままでいたまえ」
と言った。
少年は忠告を素直に受け止め、他にも大切にしている友人たちを紹介してくれた。
そこで彼らはその街を離れた。

 

風は吹きに吹き、花京院と承太郎は歩きに歩いた。
五つ目の街で出会ったのは、黒目がちで縞の服を来た男だった。
彼は口に出しては言わなかったが、裏の仕事をしているのはにおいで分かった。
「変わった名前ですね。偽名ですか?」
と花京院は尋ねた。
「そりゃあそうだ。だからこそ、旅人だっていうあんたらに名乗ったんだ」
と男は答えた。
そこで花京院はため息とともに、
「あなたの稼業には最後まで救いはないでしょう」
と言った。
男は深く頷き、花京院と承太郎を殺そうとした。
そこで承太郎が男を止め、二人はその街を離れた。

 

風は吹きに吹き、花京院と承太郎は歩きに歩いた。
今や承太郎は年を取り、娘までこさえていた。
彼女の誕生には花京院も心から喜び、その、時を寄せ付けない黒い瞳でもって祝福を贈った。
六つ目の街で出会ったのは、皆その娘の友人だった。
その中でも、娘に心底夢中になっている元殺人鬼の男がいた。
「彼女のことをどのくらい愛しているんだい?」
と花京院は尋ねた。
「言葉では言い表せないくらいさ。彼女はおれの女神だ!」
と男は答えた。
そこで花京院は、承太郎がしかめ面を作るのを制して、
「何が起こっても希望を捨てない覚悟を持つことだ。そうすればその思いは受け入れられるだろう」
と言った。
男は大層喜んだ。
そしてその街で、承太郎は倒れて死んだ。
そこで花京院は承太郎を食べ、その街を離れた。

 

風は吹きに吹き、花京院は歩きに歩く。