「また駄目だったんだってな」
「ああ、来てたのか……そうなんだ」
白衣の科学者は、ラボを尋ねてきた友人二人を見ながらため息をついた。
この二人はドラゴン乗りで、高いビルの途中にあるヘリポートに愛竜たちを繋いで、高層フロアのラボに顔を見せたのだ。
この二頭のドラゴンはつがいで、ドラゴン乗り二人は今、繁殖の調整をしているところだ。
「君、ドラゴン乗りが来てるよ」
白衣の科学者がラボの奥に声をかけた。
開いていた扉をくぐって出てきたのは、彼の伴侶でもある黒衣の科学者だ。
「ああ、お前らか。この前の補助翼はどうだった?」
「すごくよかったよ、ありがとう。だけど君たちのほうは……」
「聞いているのか。そうだ、また打ち上げに失敗した。いや、打ち上げそのものは成功したんだ。だが大気圏を突破できなかった。これで5度目だ」
「どこにも問題はないはずなんだよ。理論的に考えて、うまくいかないほうがおかしい。失敗の原因が見つからない」
「俺たちには科学はよく分からんが、お前らの発明品は信用してる。ずっと応援してるぜ」
「ありがとう」
科学者たちはテーブルの上に置かれたノートやらメモやら小型コンピュータやらを煩雑にどけ、部屋の隅から椅子を持ってきてドラゴン乗りたちにすすめた。
黒衣の科学者がコーヒーをいれ、白衣の科学者が冷蔵庫からプディングを取り出して切り分けた。
プディングといってもプルプルしたものではなく、ドライフルーツがぎっしり詰まった日持ちのするやつだ。
科学者というのはたいてい食事に対する態度がテキトーで、足の早いものはあまり保存しないのである。
ドラゴン乗りたちは礼を言って椅子に座り、遠くの大陸で手に入れた珍しい鉱石を手土産に渡した。
「実は、僕らの宇宙船計画が何年もうまくいかないから、研究の予算を減らそうかっていう話も出たらしいんだ」
「そうだったのか?」
「金のかかる研究だからなあ。だが宇宙船以外の発明品を定期的に作るってことで、予算は確保できた」
「でも、それに時間が取られてしまうんじゃあないか?……このプディング、おいしいな」
「ああ、角のパン屋の新作らしい。パティシエの旦那と結婚したとかで、甘いものに力を入れ始めたそうだ」
「知ってるぜ。チェリーを使ったスイーツが得意なんだろ」
黒いコートのドラゴン乗りが、ドライチェリーをつつきながら言った。
白衣の科学者がコーヒーを流し込んで口を開いた。
「君がスイーツに詳しいなんて初耳だな」
「半島に行ったときに、そこの飯屋の承太郎が話してたんだよ」
「あそこのデザートもおいしかったけどね。そういえば、彼には花京院がいなかったな」
「へえ、珍しいね」
ところで黒いコートのドラゴン乗りの名前は承太郎という。
緑のローブのドラゴン乗りの名は花京院。
そして黒衣の科学者の名前が承太郎で、白衣の科学者は花京院である。
この星では名前の概念が変わっていて、”承太郎”と”花京院”の2種類しかない――何と比べて『変わって』いるかって?
それはもちろん、読者の皆様の常識である。
当然、彼らの中に変わっているなどという認識はない。
だから彼らは、他人のことを話題にするのに、あまり名前を用いない。
ただ自分の恋人と言葉を交わすときだけに、名前をよく使うのだ。
白衣の科学者が、思い出したように話を続けた。
「そうそう、それで今度、魔法研究所と提携することになったんだ」
「あまり被らない分野のイメージがあるんだが?」
「政府のさ、法皇がいるだろ?彼がこの前、承太郎と縁を結んだらしいんだけど、その彼が魔法使いなんだって」
「法皇もうちの研究には興味を持っていてくれてな。教会でも色々と学問をやってるだろ?それで、宇宙に飛び出せないのは神が邪魔しているからではないか、って可能性を提示してきたんだ」
黒衣の科学者が、カップの底に残ったコーヒーと砂糖のかたまりをティースプーンですくって口に入れながら話した。
「その可能性は、確かに否定できねえな」
黒コートのドラゴン乗りが、ちらりと手首につけた革のブレスレットから下がる石を見ながら言った。
彼の相棒とお揃いのお守りで、崖のドワーフの承太郎と海のエルフの花京院からもらった、きちんと魔力が込められているものである。
「魔法研究所との共同研究で、何か進展があるといいね」
「俺もそう祈ってるぜ」
「二人ともありがとう」
プディングとコーヒーが全部四人のお腹に収まったあたりで、ラボの入口が控えめにノックされた。
「誰だ?」
「あ、失礼します。ヘリポートから来ました」
姿を見せたのは、12、3歳ほどの少年である。
「すみません、お客様のドラゴン殿が、空腹を訴えていて……」
「ずいぶん早いな」
「もしかしたら、卵ができはじめているのかも」
「おお、とうとう仔竜が生まれるのか」
「おめでとう!」
科学者たちに祝福されて、ドラゴン乗り二人は笑みを浮かべた。
「まだ分からねえけどな」
「とりあえず、今日はこれで失礼するよ。君、伝えに来てくれてありがとう」
「いえ、そんな」
高名なドラゴン乗りに感謝されて、少年はうっすら頬を染めた。
「また来てくれ」
「ああ、こっちに来るときには寄らせてもらうぜ」
「じゃあな」
「じゃあまた」
科学者たちに別れを告げ、ドラゴン乗りたちはヘリポートに向かった。
「そういえば君、よく僕らのドラゴンたちが空腹だって分かったね」
「はい、僕の承太郎が、彼らの言葉が分かるので。それで教えてくれたんです」
ドラゴン乗りたちがヘリポートに到着すると、そこには数台のヘリコプターや小型飛行船の他に、一頭のペガサスがいた。
黒い体にプラチナに輝くたてがみと翼をもったペガサスは、三人の姿を認めると駆け寄ってきて、少年の首筋に鼻先をこすりつけた。
ドラゴン乗りたちはペガサスにも改めて礼を言い、自分たちの愛竜のもとに戻った。
真っ白な鱗をもつ大きなドラゴンと、エメラルド色のつるつるした肌の細身のドラゴンである。
ドラゴン乗りたちはザックから彼らのための食事を取り出して食べさせながら、次に向かう旅先について話し始めた。
承花育成観察キット
2170グニ(税込み)
お子様の科学好奇心促進に!
夏休みの自由研究にも最適!
内容
・惑星……1つ
・原初有機物……7マテンセン
用意するもの
・水……4000ラートレ
・酸素……12テリマテンセン
承花の作り方
1.惑星に水と酸素を配置しよう!図-1を参考にしてね。
2.惑星のくぼみの水がたくさん溜まっているところ(※)に原初有機物を入れよう!
※海というぞ!
3.おおよそ2日~4日で承花が発生するぞ!
※ナテカヤフ時法の日数だよ。別の時法を使っているキミは図-2を参考にして変換してね。
4.観察日記をつけてみよう!
観察のポイント
・大きさ
基本的に承太郎のほうが花京院より大きいけど、個体によっては違う場合もあるぞ。
・色
さまざまな色があるぞ。写真に撮ったり絵を描いてみよう!
特に目はたくさんの色やパターンがあるぞ。キミの好きな色は見つかるかな?
・数
承花の数を毎日記録して、折れ線グラフや棒グラフ、円グラフにしてみよう!規則性はあるかな?
・生活の様子
承花は二人のペア(つがい)を組むことが多い。ペアになるときの様子、一人でいるときと二人のときの違い、繁殖の様子などに注目して観察してみよう!
飼育上の注意
・凶暴な個体が発生する可能性があるので、惑星には必要なとき以外指を入れないようにしよう。
・惑星の環境が大きく変わると絶滅の危険があるぞ。惑星内の様子には気をつけよう。
・惑星内で発生した承花を野生に逃さないようにしよう。野生の承花を惑星に入れるときには、病気がないか、惑星内の承花と喧嘩しないか、保護対象の承花ではないか確認してからにしよう。
・脱走を防ぐため、宇宙船を作り始めたらきちんと全部壊そう。