「おはよう承太郎、朝ですよ」
「………花京院か」
「何、誰か可愛い子ちゃんだと思った?…って雰囲気じゃないな、どうしたそんな不機嫌そうな顔して」
「花京院、お前言葉話せるのか」
「え、まあ…一通りの日本語なら不自由せず話せるよ」
「……夢を見た」
「フム?で、どんな夢だったか話してくれるわけだね」
まず舞台はどこかの闇市みたいなところだった。
詳しい設定は覚えちゃいねえ。
とにかくそこで、お前が売られてた。
(僕?)
(そうだ。素っ裸で鎖に繋がれていた)
お前は素っ裸で、鎖に繋がれていて、くるくると鳴くしか出来なかった。
口が利けないのを「珍しい動物」だなんていって、人身売買するなんて非人道的だとは思ったが、
そこは夢だからな、気が付いたら俺はお前を買って家に連れ帰っていた。
お前は服を着るのを嫌がって、言葉も覚えようとはしない。
それで俺も強制はせずに、お前を他の誰の目にも触れないようにして飼っていた。
夢の中のお前というのは、俺とは初対面なんだが、まあお前と俺であるので、
やることはやっていた。
(僕を閉じ込めて飼い慣らして好きに抱いてた?願望が丸分かりの夢だな)
(その辺は否定しねえ)
(どっちかっていうと君より僕が見そうな夢だけどな)
ところが問題はそこからだ。
俺はお前を普通の人間の男で、ただちょっと文化的な暮らしをしてきてなかっただけだと思っていた。
それで、まあ油断して、たまに……いや頻繁に生でやってた。
お前もゴム嫌がったしな。
で、そのうちお前が妊娠した。
(……僕が。)
(そう、お前が。)
俺はそりゃあ驚いたんだが、当然喜んで、子供の名前なんて考えてうきうき過ごしていた。
うきうきわくわくというやつだな。
それである日、俺が仕事から帰ってくるとお前がきゅうきゅう鳴いてる。
見に行くと膨らんでいたお前の腹がへこんでいる。
そしてお前は卵を抱えていた。
(……………卵)
(それもパック詰めされてる鶏の卵みたいな、白くて殻の薄いやつじゃあねえ)
まだら模様の、ごつごつした表面のやつだ。
お前はそいつを大事そうに抱きかかえて、時折ぺろりと舐めてた。
その辺りでようやく俺は、お前が服を嫌がったり四つん這いで移動したり食器を使わなかったり、
それに言葉を話せなかったりした理由が分かった。
(ばっ…かだなあ承太郎!そんな、どう考えても人外の僕と卵つくっちゃったの?離してもらえなくても知らないぞ)
(そりゃ本望だ。何故だか知らんが、俺にはお前が完全な人間に見えたんだ)
(で、どうしたの。卵焼いて食べた?)
(そんなわけがあるか)
俺はお前を撫ぜて「よくやった」と褒めて、それからまた改めて、子供が生まれてくるのをわくわく待った。
で、とうとう卵からこつこつ音がしはじめてな。
俺たちの子供が生まれたんだが。
(どうしたの、二目と見られない醜い子だった?)
(そんなもんじゃねえぞ)
そいつは全身が青っぽい緑の、ごつごつした皮で覆われていてな。
縦に細長い瞳孔の目を持っていて、四足で、尻尾が生えていた。
かろうじて目の色と頭髪が俺に似ていたが、どうひっくり返って見ても人間じゃあなかった。
で、そいつがぐうぐう鳴きながら必死に卵から這い出してくるのを見てだな。
俺の心のうちに湧き上がってくるものがあってな。
それはまさしく、愛しさとかそういう名前のものだった。
それで、俺と、俺には人間に見えるけれども実際はそうじゃないお前と、
俺にもちゃんと人外に見える俺らの娘(ああ、娘だった)とで仲良く暮らしたわけだ。
「うん?その話は『めでたしめでたし』で終わるのかい?だったら何だってあんな機嫌悪そうだったんだい」
「男がな。出てきた」
「男?」
「そうだ。そいつは俺たちの娘が人間に見えると言い出した」
「…展開が読めたぞ。それで結婚を申し込むんだろ。で君は気に入らないと」
「当たり前だろう!どこの馬の骨とも分からないやつに大事な一人娘をやれるか!!」
「君の夢の登場人物だからなんともいえないけどさ。君の娘が選んだ人なら間違いないんじゃあないか」
「俺の娘じゃねえ。俺と、お前の娘だ」
「はいはい、僕らの娘がね。……コーヒー淹れてこようかな」
「花京院」
「何?」
「お前、俺と二人なら何でも出来るって言ってたな」
「…そんなこッぱずかしいことをいちいち覚えているのは今は突っ込まないとしてだな。君の意図するところが痛いほど分かるぞ」
「俺はお前のそういう聡いところも好ましいと思っている」
「そういう台詞は平生聞く分にはいいのかも知れないけどね!嫌だよ次の台詞はッ」
「愛してる花京院!俺の卵を産んでくれ!!」
「出来るわけがないいいいいい―――――ッ!!!」