ジョセフ、アヴドゥル、ポルナレフ、花京院とイギーが船で杜王町にやってきて数日。
承太郎の部屋の扉を激しくノックする音が聞こえた。
このノックの仕方は間違いなく、別の部屋に泊まっているポルナレフである。
ちょうど部屋に来ていた花京院が、向こうを一応確認してから扉を開けた。
「なんだ、うるさいぞポルナレフ」
「花京院!承太郎もいるよな?寿司食いに行こうぜ寿司!」
「寿司?」
杜王町は牛タンの有名な街で、10メートル歩けば牛タン屋があるといった具合なのだが、寿司屋ももちろんないことはない。
「アヴドゥルが食べたがってるのか?」
「あいつも行きたがってるけどさ、そうじゃなくて。なんでも寿司が回る店があるらしいじゃあねえか!どうして教えてくれなかったんだ?今日の昼メシはそれにしようぜ!ジョースターさんも乗り気なんだ」
和食好きのアヴドゥルの希望で寿司屋や日本料理の店に行くのは、日本でこのメンバーが集まったときのお決まりだった。
そしてそういうときは不動産王――今では隠居しているとはいえ――のジョセフが行ってもおかしくないような、かなりの高級店ばかり選ばれるのが常だ。
つまり安価な回転寿司には今まで行ったことがなかったのである。
花京院はふと嫌な予感を覚えて、奥の部屋にいた承太郎に声をかけた。
「なあ承太郎、君って回転寿司に行ったことは……?」
「ねえな。存在は知ってるが」
やっぱりか。
花京院は心の中で頭を抱えた。
イギーには留守番してもらうとしても、5人のうち回転寿司経験者は自分ひとり。
大丈夫だろうか。
行かない、という選択肢はないのだけれど。
「分かった、すぐ準備するよ。待っててくれ」
回転寿司にもランクがあるが、近所にはごく普通の庶民向けのものしかなかった。
基本の寿司が一皿105円(1999年の消費税は5%である)、少しいいものでも210円とか315円しかしないやつである。
なにしろ杜王町は牛タンの街なので、回転寿司のバリエーションは少ないのだ。
牛タン屋は大衆向けの店から観光客向けの高級店まで様々あるのだが。
あまり遠出するのはジョセフには酷なため、味より近さを取った次第である。
「いいか?いつもこのメンバーで行く寿司屋とは違うんだからな」
一応そう釘を差してから、花京院は興味津々の外国人たちと金持ちの日本人を回転寿司に連れて行った。
お昼どきから少し遅れていたのもあり、5人はすんなりテーブル席に通された。
明らかに国籍がバラバラの大男たちがぞろぞろと入店してきたものだから、店員も他の客も驚いている。
杜王町は観光客自体はそう珍しくもないが、とにかく目立つ集団なので仕方がない。
「すげえ!見ろよ、本当に寿司が回ってるぜ」
「これが噂の回転寿司……!」
「面白いシステムじゃの~」
「ジジイ、そこに段差あるぜ。気をつけな」
「まずは飲み物を準備しようか」
「自分で?」
「ええいお坊ちゃんめ!セルフサービスだよ!緑茶じゃなくて水がいい人は?」
「はいはい!」
「わしも」
「2人だね。じゃあ持ってくるから、変なとこ触るなよポルナレフ」
「名指し!?」
花京院は一度テーブルを離れ、通路に備え付けの冷水機で水の入ったコップを2つ用意した。
そして席に戻ろうとしたとき。
「あッッッッッッつ!!!」
「変なところ触るなって言っただろポルナレフ!!!」
「手洗おうとしただけじゃん!?罠かよ!!?」
そう、回転寿司屋の熱湯トラップである。
この頃の給湯装置には外国人にも分かる注意書きや安全装置がなかった。
不幸なことに席に残ったメンバーは誰もテーブル備え付けの給湯装置からお茶を作る経験をしたことがなかったのだ。
そして水の入ったフィンガーボウルで指を洗った経験があり、かつ一番奥に座っていたポルナレフが罠にかかってしまったというわけだ。
「お客様、大丈夫ですか?こちらお使いください」
「すみません、お騒がせして」
「大丈夫ですよ、お嬢さん!アヴドゥルと戦ったときに比べればぬるま湯みたいなもんだ」
「……?」
ポルナレフは戸惑った様子の店員にウインクしながら冷えた濡れタオルを受け取った。
実際ただの強がりというわけではなく、すぐに手を引っ込めたようであまり酷いことにはなっていなかった。
声が大きかっただけのようだ。
「で、これは何なんだ」
「お茶を作るためのお湯が出るところだよ。ほら、そこの緑の壺にお茶の粉が入ってる」
「これか」
「そう。作り方が書いてあるだろ?承太郎、そのまま3杯分作ってくれ」
「分かった」
不慣れとはいえあの空条承太郎が失敗をすることはないだろう。
花京院は承太郎にお茶作りを任せ、持ってきた水やお手拭きを配った。
外国人3人は目を輝かせてソワソワしている。
「いいですか?お寿司は皿ごとレーンから取ってくださいね。一度取った皿をレーンに戻してはいけません」
「それだと食い終わった皿が溜まっていかねえか?」
「それでいいんだよ承太郎。最後に席に残った皿の数をもとに会計するんだ」
「なるほどな」
「すげえ!メロンが流れてるぜ」
「プリンもあるぞ」
「デザートまであるとは親切じゃの~」
「話聞いてました?」
「もちろんだとも。他に注意事項は?」
「あとは、そうだな……値段のことは気にする必要がないだろうし……食べたいネタが流れてこなかったら板前に直接注文するんだ」
「了解!」
1999年はまだタッチパネルなどは導入されておらず、レーンの内側にいる板前に声をかけるのが一般的だった。
「ジョースターさん、わさびってまだ大丈夫ですか?」
「まだまだわさびには負けんぞい」
「じゃあ大丈夫かな。いただきましょうか。はい、手を合わせて」
「イタダキマス」
「イタダキマース!」
「イターキマス」
「……いただきます」
「はい、いただきます」
「よっしゃ!食うぜ!」
ワクワクしています、と顔に書いたポルナレフがマグロの皿を手に取った。
他のメンバーもおのおのハマチやタマゴや赤貝やプリンを手に取る。
一皿目からプリンに行ったのがポルナレフだったら花京院は容赦なくツッコんでいたが、ジョセフだったため見逃された。
老人が一人いるとはいえ、他は20代から30代の体が資本の男たちの集まりである。
ジョセフがプリンを食べ終わるまでに、席には2桁以上の空の皿が積み上がっていた。
港が近いからだろうか、基本105円の回転寿司の割には味もよく、食べ始めるまで色々言っていた花京院も黙々と握り寿司を口の中に吸い込む作業を繰り返すことになった。
通路側の花京院の席からはレーンに手が届かないのでアヴドゥルに取ってもらいながらだ。
もちろん花京院――に限らずこのテーブルの全員――には遠くにあるものを意思の力だけで手にする方法はあるが、完全に店内の注目を集めている状況で取るべき手段ではない。
レーンから皿を取る行動を楽しんでいる友人に任せるべきだろう。
男たちの腹が5分目あたりまで膨れ、ぽつぽつ雑談が生まれ始めた頃。
「あっ!」
聞き覚えのある声がして、花京院は顔を上げた。
「承太郎さんたちじゃあないっすか」
「ジョースケ!オクヤス!」
ジョセフの隠し子、仗助とその友人の億泰である。
2人とも男子高校生であるから、花京院にはこの場に少々不釣り合いな気がした。
回転寿司屋は基本一皿105円であるから一見リーズナブルに思えるが、握り寿司などぺろりと平らげてしまう男子高校生にとっては、実は最終的に高く付くことになる罠のような店なのだ。
「2人はよく来るのかい?」
「あー、いや」
「実はおれたち宝くじが当たって」
「ほほう、運が良かったのだな」
「タカラクジって?」
「ロトだよ」
「ああ、ロト」
仗助と億泰が宝くじを買っていたとは知らなかったが、それで懐に余裕ができて寿司屋に来たのだろう。
そこで高級寿司屋ではなく回転寿司なのが高校生らしくて微笑ましい。
もちろん1等ばかりが宝くじではないので、当たったと言っても今回の食事で消えてしまう程度だろう……多分。
大衆回転寿司のボックス席は体格のいい男たち5人でぎゅうぎゅう詰めで、新たに男子高校生2人が座るスペースなど存在しない。
仗助と億泰は店員に案内され、カウンター席に落ち着いた。
早速定番のマグロやサーモンの皿を取っているようだ。
ジョセフがソワソワしているので花京院は彼らのぶんも支払いをしたいんだなと察したが、宝くじで当てたお金を使うのもまた楽しみの1つですからとこっそり耳打ちした。
彼らにしても回転していない寿司のほうをごちそうされたほうが嬉しいだろう。
……質より量の男子高校生には、数を頼みにくい高級寿司屋より回転寿司のほうが嬉しい可能性もあるが。
その間にもテーブルの上にはすごい勢いで皿が積み上がっていく。
1999年の回転寿司に皿回収システムなどはないので、放置されるのみの皿たちはもはやタワーである。
すごいなあとかなんとか思っている花京院もまた、高層ビルを1つ作っているので人のことは言えない。
やがて摩天楼の成長も控えめになり、デザートタイムも過ぎた。
デザートも最低3品は取ったが。
ジョセフは最初にプリンを食べたのでコーヒーのみである。
会計時には席に案内してくれた学生バイトらしき店員ではなく、ベテラン感のすごいおばちゃん店員がやってきた。
そろばんか何かのように高速で皿を数え、流れるようにレシートを切り、おばちゃんは去っていった。
数が数なので結構なお値段になったが、この5人で食事をしたと考えればかなり安いほうだ。
レシートを見たジョセフが目を丸くして驚いていた。
想定の半額以下だったらしい。
おごるというジョセフの言葉に甘え、まだ皿の山を育てている途中の高校生たちに挨拶もして、5人は店を出た。
「ジョースターさん、ごちそうさまでした」
「回る寿司、悪くない体験だったぜ」
「また食事行こうな!」
「今度はイギーも一緒に行けるところがいいのう」
「ペット同伴可のお店探しておきますよ」
花京院が手を上げてタクシーを止め、ジョセフとアヴドゥル、ポルナレフが乗り込んだ。
行き先は同じホテルだが、5人が1台のタクシーに乗るのは不可能なので、花京院と承太郎はもう1台捕まえる必要があるのだ。
5月の杜王町はうららかな陽気である。
このあとSPW財団から連絡を受け、翌日仗助も連れて『
おしまい