僕がローティーンの頃まで住んでいた街には、吸血鬼がいた。
彼はとても大柄で、とても美しい顔をしていたから、子供たちは怖がって、それでも噂の的にしていた。
吸血鬼は年を取らない。
夜に出歩く。
女性の生き血をすする。
彼はそのどれもを満たしていた。
僕はその街で生まれ、13で別の街に引っ越した。
物心ついてから街を去るまでずっと、彼が老けた気配はなかった。
友達にこんな話を聞いたこともある。
「母さんが言ってたんだけど、10年以上も前から、全然見た目が変わらないんだって」
街中の人が彼の噂をしていたから、僕も彼が40代の前半らしいということは知っていた。
だけど彼は、20代の後半くらいにしか見えなかった。
吸血鬼は人間から精力を吸い取って、何百年も若い姿のまま生きるという。
40歳というのは世を忍ぶ仮の年齢で、本当はもっとずっと前、僕らのおじいちゃんが生まれる前から生き続けているのだと、僕らはよく話し合った。
それから彼は、毎夜のように外出していた。
もちろん僕は子供だったから、彼が家を出て行くところを見ていたというわけではない。
だけど彼の家の隣のうちの子が言うには、
「朝出かけていって夕方帰ってくるときもあるんだ。だけどそういう日だって夜になるとまた出て行くし、昼間に出かけて朝に帰ってくるときも多いんだよ」
ということだ。
そこのうちの母親は専業主婦だったから、「家にいることはほとんどない」という話にも信憑性がある。
日中も動けはするが、やはり夜のほうが都合がいいのだろう。
獲物を求めてさまよっているのだとか、黒ミサに出席しているのだとか、狼男と戦っているのだとか、子供たちは好き勝手に言っていた。
そして、女性だ。
彼は当時子供だった僕から見ても、めちゃめちゃカッコよかった。
僕が好きだったベースボール選手にはないカッコよさがあった。
今から思えば、それは色気というものだろう。
だから彼は、べらぼうにモテた。
妙齢の女性だけではなく、夫のいるいい年をしたものも、ティーンの女の子も、それからゲイの男の子たちまで、みんな彼の話をしていた。
彼なら、いくらでも女性を好きにできただろう。
彼が、眠っているうら若き乙女に屈み込み、その首筋に牙を立て、そして生き血を飲み干す。
そんな様子は、なんだかとても妖しくて、想像するたびドキドキしたものだ。
さて、どうしてこんなことを思い出しているのかというと、それは僕が今来ているレストランに、彼の姿を見つけたからなのだ。
テーブルの向かいには、彼によく似た若い女性と、緊張した面持ちの男性が座っている。
今こうして見てみると、確かに彼はとても若い顔立ちだが、雰囲気が壮年の男のものであり、若者にはとても見えない。
そういえば、彼は漢字の名前を持っていた気がする。
中国人か日本人なら、若く見えるのは不思議ではない。
よく鍛えぬかれた筋肉質の体が、彼を必要以上に若く見せていたのもあるかもしれない。
レストランの奥の席に座っている彼は、記憶よりは少しだけ小さく見えた。
今から思えば、夜に出かける不規則な生活は、ただそういう仕事をして忙しかったというだけのことだろう。
女性だって、周りが勝手に盛り上がっていただけで、彼の方から女性を誘ったというような話は、ついぞ聞かなかった。
一度、友達とかくれんぼをしていて、彼の家の庭に入り込んだことがある。
彼は子供たちに怖がられていたから、ここなら見つからないと考えたのだ。
昼間だったし、大人は出かけているものとタカをくくっていたのもあった。
ところが、花壇の茂みの中に隠れられないかと思案していたちょうどそのとき、家の扉が開いて、彼が出てきたのである。
彼と目を合わせた僕は、つい、「ヴァンパイア」と口に出してしまった。
影でそう言われていることは知っていたのだろう、彼は驚いた顔や怒った顔はしなかった。
けれど、とても、とても寂しそうなグリーンの瞳だけ、今でも心に残っている。