ランタン持ちのジョジョ

2008年ハロウィンもの。
死ネタ…?

 
 
 

昔々あるところに、承太郎という名前の男がいました。
彼は正義を為す人で、その魂の美しさのため、上は天国から下は地獄まで、その名が知れ渡っていました。
そこで、その魂を汚して、あわよくば手に入れてやろうと、一匹の悪魔が彼の元へと赴きました。
承太郎が17歳の日のことでした。

 

「こんにちは」
悪魔は見目麗しい青年へと化け、お目当ての相手に声をかけました。
その声に振り向いた彼の、心身ともに美しいことといったら!
悪魔は一目で恋に落ちてしまいました。
本来ならばたっぷり蜜を乗せて言うべき、「上に部屋を取ってあるんだけれど、どう?」という言葉も、まるで初心な小娘のようにつっかえつっかえしか出てきません。
しかもそれなのに、承太郎は笑って了承するのです。
一晩の相手に必要ないだろうに、名前まで聞かれて、つい正直に「花京院といいます」と答えてしまいました。

 

さて部屋に着くと、彼は花京院の着衣に手をかけ(初めから無いに等しいようなものでしたが)、と同時に体をベッドの上に押し倒してきました。
花京院も素直にその首筋に腕を絡め、近付いてくる顔を待ち受けるようにうっすらと唇を開いて赤い舌を出し、―――承太郎の瞳に映った、とろとろに蕩けている自分の顔を見つけて仰天しました。
慌てて渾身の力で自分に圧し掛かっている男の体を引き剥がし、ベッドの端、窓際まで逃げました。
「ま、待ってくれ、待って、違うんだ」
「違うって何だ。このために誘ったんじゃねえのか」
「いや、そうなんだけど、違うんだ。君が上で僕が下なのはおかしい」
「……てめえが俺に入れたいってんなら努力はするが」
「いやいやそういうわけじゃなくて、入れるのは君でいいんだが、つまりね、こういう体勢なのはおかしい。君、何でそんなノリノリなんだ。君は男色家じゃあないだろう」
そこでようやく承太郎は、眉をひそめて見せました。
そんな表情ですら惚れ惚れするほど整っていて、なんだか花京院は悔しい気がしました。
「俺のことを知ってて声をかけたのか?てめーみたいなやつ、一度見たら忘れねえと思うんだがな。…確かに俺は男色じゃあなかったが、てめーならいいと思った。それだけだ」
そうのたまって、またじりじりと距離を詰めてきます。
花京院も逃げながら、承太郎には訳の分からないことをわめきました。
「何でだよ!君が嫌々じゃないと意味が無いだろ!ていうか何で僕も素直に従ってるんだ!情けない、冗談じゃあない。ちゃんと君を襲えるようにならないといけない。後10年は会いに来ないからな!!」
そう言って、13階の窓から飛び降りてしまいました。
心臓が止まるかと思うほど驚いて、駆け寄った承太郎が窓の下を覗き込みましたが、そこには夜の街が静かに広がっているだけで、あの青年の姿はどこにもありませんでした。

 
 
 

それから10年、承太郎はずっと花京院とまた会う日を待っていました。
ずっとずっと待っていました。
結婚もせず、真面目にけれど打ち込みすぎず適当に仕事をこなし、死なない程度に日常を送り、延々と花京院と再び会いまみえる日を心待ちにしていました。
そんな承太郎の、28歳の日のことでした。

 

庭の林檎の木の下で、春の陽気に誘われて、承太郎はうたた寝をしていました。
ふと、気配に気付いて目を開くと、すぐ目前にあの日見たままの姿の花京院が、承太郎へとかがみ込んでいました。
承太郎が目を覚ましたのに気付くと、慌てて口を引き結んで体を起こしてしまいます。
今度こそ逃がすものかと、承太郎はその腕を取り、もう一度自分の体の上へと引き寄せました。
「ちょっと、もう、何で起きるの!折角淫行を働こうと思っていたのに」
「働けばいいじゃあねえか」
承太郎は唇に笑みを浮かべながら、長らく待ち望んだ相手の、そのうなじに手を滑らせました。
「出来るわけないだろ、君、すっごくやる気なんだもの。こんなんじゃどう見ても和姦じゃあないか!」
「和姦じゃ駄目なのか」
「駄目に決まってるじゃないか!もうやだ、和姦でもいい気になってる自分がやだ!もう絶対、君が生きてるうちには会いに来ないからな!!」
そう言って、承太郎の手を振り払うと、くるりと前転して、地面の下に沈んでいってしまいました。
10年間、ずっと花京院だけを思ってきた承太郎はもう驚かずに、そうか俺が生きてるうちには会いに来ないのか、と、林檎の木の太い枝に鎖を引っ掛けて、首を吊って死にました。

 
 
 

死んだ承太郎は天国にやってきました。
清く正しく美しい―――脳内はどうか知りませんが、魂はそういうことになっているらしい―――承太郎ですから、天国の門番はその扉を大きく開け…ようとして、承太郎が若すぎることに気がつきました。
「あなたは事故か病気で死んだのですか?」
「いや、自殺だ」
「それでは天国に入れることは出来ません」
「ああ、実は俺は地獄に行きたいんだ。道を教えてくれ」
「わざわざ地獄に行きたがるなんて、奇妙な方ですね。まあいいでしょう、この道を逆方向にまっすぐ歩いていけば、着きますよ」
そこで承太郎は門番に礼を述べて、来た方向と逆にまっすぐ歩いていきました。

 

延々と歩いていくと、とうとう地獄の入り口に着きました。
地獄の門番は打って変わって、なんでこんなヤツがという顔をしてじろりと睨んできます。
そんなのにはちっともひるまずに、承太郎は、「おい、ここに花京院という悪魔がいるだろう」と尋ねました。
「ああ、あいつか。さっきからわんわん五月蝿いったらありゃしねえ。おかげで三頭犬は昼寝してくれねえし、魔王様の銅食器には全部にひびが入る始末。ようやく少し落ち着いたみたいだが、お前さん、あいつと何か関係があるのか」
「大ありだ。あいつが泣いてるのは俺が原因だ」
「何?だったらそんなやつ、地獄に入れるわけにはいかねえ。邪魔だからとっとと出てってくれ」
そう言い捨てて、門番は承太郎を締め出してしまいました。
けれど承太郎は気を落とすことはありませんでした。
同じ、邪魔だからという理由で、ずっとずっと想っていた相手もまた、一緒に締め出されたからです。
泣きはらした顔を背け、ひとりで座り込んでいる花京院の手をとって立ち上がらせ、ようやく承太郎は自分の気持ちを伝えることが出来ました。
「好きだ、花京院。俺の魂をお前にやるから俺とずっと一緒に居てくれ。もう二度と、会わないなんて言わないでくれ」
花京院はそれには返事をせず、けれど微かに微笑んで顔を上げました。
その肌は真っ赤な鱗に覆われ、目は瞳孔も無く黄色に濁っていましたが、それでも承太郎には、この世の、またあの世のどんなものよりも美しく見えました。
地獄の門が完全に閉まると、中で爛々と燃えていた火の光が届かなくなって、その姿が見えなくなってしまいました。
それを承太郎が寂しく思っていると、花京院がぽそっと、「君の緑の瞳が見えなくて、寂しいな」と呟きました。
その言葉に堪らなくなって、その硬い体を抱きしめようとしたのに、またまた花京院は腕を突っ張って承太郎を拒絶します。
その態度に憮然とすれば、花京院は、「大丈夫、逃げないよ」と穏やかに言って、胸から赤く燃える石炭を取り出しました。
夜道でもお互いの姿がはっきりと見えます。
これでようやく、本当にようやく二人は抱き合うことが出来ました。
煌々と光って燃え尽きない地獄の火を、くりぬいたかぶらの中に入れ、それを手に二人はずっと彷徨いました。
今度はもう二度と別れずに、永遠に彷徨いました。
今でもどこかで、二人手を繋いで、彷徨っていることでしょう。