Zombie in the Outskirts

 
 

ジャックは、とある大手運送会社で働いている一介のアルバイトだ。
ジャックというのは彼の本名ではないのだが、まあMr.Aというよりは親しみが持てるだろう。
この話で大事なのは彼の名前ではない。
この話の主役は、彼がその日ある住所に配達することになっている一つの小包である。
その小包の発送元はこれまた大手の流通会社であり、小包自体もよくある、まあ本が入っているんだろうなァと思われるものだった。
宛先は一個人、つまり、あれもこれも全てが「普通」の案件だったはずなのだ。
だから彼が、どう見てもホラー映画に出てくるそれのような「ヤバい」建物の前で硬直してしまったのも、共感していただけるだろう。
その建物は小さな城くらいの大きさで、外壁はびっしりとツタに覆われていた。
広い庭も背の高い草で埋め尽くされている。
門も茨に囲まれ、もう十数年は開かれていないことがすぐに分かった。
そして、その……あまり気付きたくなかったことなのだが、建物の裏手は墓地になっていた。
そして、これはもっと気が付きたくなかったことなのだが。
建物の入口からその墓地まで、そこだけ草が生えていない、道ができていた。
それはつまり。
ジャックは自分の中に生まれた確信から目をそらし、中に入る方法がないか探した。
と同時に、なんとか逃げ帰る方法はないものか、とも思った。
この小包が、地獄への招待状のように思えたのだ。
これを届けるようにと指示を出したのはこの館の住人で、それにしたがってホイホイと扉を開けたら……
とっつかまって食われてしまうのでは?
ゾンビ映画によくある展開だ。
ジャックは人並み程度にゾンビ映画を嗜んでいた。
そうして培ったホラーアンテナが、彼に逃げろとささやいていた。
だがしかし、ジャックはバイトを投げるわけにはいかなかったのだ。
ここで逃げると、ジルとの次のデートを断らなければならない。
二回目のデートなのだ。
それを蹴ったりしたら、彼女に初めてのデートが楽しくなかったのだと勘違いされてしまう。
それは絶対に回避せねばならないことだった。
そこでジャックは、門の横、塀が崩れているところをまたいだ。
ここも、墓地への道ほどは使われていないようだが、草を踏み倒して歩いた跡が道になっている。
ジャックは自分を励ましながらそこを歩いた。
さて扉の前である。
それは大きく、古く、いかめしく、ノッカーのガーゴイルは鋭い目つきでジャックを睨んでくる。
ジャックは半ば諦めながらベルを探したが、当然のようにそれを発見することはできなかった。
とはいえ、ノッカーにもツタが絡まっていて使えそうもない。
どうしたらいいのやら、と首をひねったその時。
「あ!」
頭上から聞こえた声は、おそらくジャックと同じくらいの年ではないかと思われる、男性のものだった。
声色が妙に明るくて高かったから、もしかしたら違うかもしれないが。
その後、ドタン・ガチャン・バタンと音が聞こえて、重い扉を開けたのは、しかし若い女性だった。
慌てて出てきたのか、肩で息をしているのが、強気そうな顔を引き立てている。
なかなかの美人だ、ジルには敵わないが。
彼女の腕には蝶々の刺青があり、胸にも同じようなモチーフが飾られていた。
髪は10分では到底セットできなさそうな形に仕上げてある。
へそに星のピアスをつけ、靴に鋲を打った彼女は、確かにかっこよかったが、なんというか、墓場の隣のお化け屋敷には似つかわしくなかった。
「何?」
彼女はただそれだけを口にした。
ジャックは慌てて「これ、お届け物です」と小包を差し出した。
するとやにわに彼女の表情が和らいだ。
「ああ、これ!よかった、この町の本屋小さくて置いてないのよね」
「あ、はい、その、それでは!」
扉から少し見えるエントランスが昼間だというのに薄暗く、冷気が漏れているものだから、一刻も早く立ち去りたくて、ジャックは精一杯の愛想笑いを顔に貼り付けてUターンした。
それから腰までもある草がぼうぼうと茂った庭を抜けながら、ようやく受け渡しのサインをもらっていないことに気が付いた。
とても気が進まないが、ジルとすてきなレストランに行くためなのだから仕方がない。
ジャックは重い足取りで扉の前まで引き返した。
少し冷静になったからか、今回は扉の横に真新しい金属のノッカーがついているのを発見することができた。
それを鳴らすと、数刻のち先ほどの女性が顔を見せた。
「まだ何か?」
「あの、申し訳ないのですが、受領のサインをいただくのを忘れてしまって…」
「ああ、オーケイ。ここに書けばいいのね?」
「はい」
そこから先は、一瞬の出来事だった。
彼女が俯いて伝票にサインをしている時、ふとその頭の向こうに目をやってしまったのだ。
そのことはジャックを大いに後悔させ、寝付く前にいつもより多い酒を必要とさせた。
広いエントランスに面したドアを開けてこちらを見やっていたのは、全裸で、ボサボサ頭の、顔の造形が左右で違う、全身に縫い合わされた跡のある、
ドアの後ろから太い腕が伸びてきて、そのゾンビが部屋の中に引き込まれていくまで、ジャックはそこから目が離せられなかった。
ジャックは「はい、できたわ」という声で現世に帰ってきた。
女性が不思議そうな顔でジャックを見つめている。
ジャックの「ありがとうございました」は普段の2オクターブくらい高かったが、それでもその言葉を絞り出せただけで上出来だろう。
女性の手から伝票をひったくるようにして、今度こそジャックは自分のバイクへ逃げ帰った。

 
 

それからもジャックがジルとの幸せな未来の為にあの屋敷へ赴くことがあったが、もう二度とあのつぎはぎゾンビを目にすることはなかった。