二人目の人類

同名の曲より。

 
 
 

目が覚めた。夜である。
それは何も問題ではない。問題はそこにはない。
では何が問題か、というと。
まずひとつ。体中がぎしぎしと軋んでいることだ。激痛ではないが、体の節々がじりじり痛い。
これだけでも十分ゆゆしき事態だ。
花京院は睡眠の質が落ちるのを何より嫌っていた。帰ってきて、力尽きてスーツのまま眠るだなんて言語道断だ。
そんなことが許されてたまるものか。
今日だって、いやもう昨日なのかもしれないが、きっちり湯船に湯を張って、体の芯から温めて、それで眠ったはずだ。
ではどうして。どうして体中が痛いのか。
その原因を探るべく、花京院は自分の体を検分し始めた。
すぐ目に止まったのは、胸の上や腹、それから脚と、あちこちに散った赤い痕だ。虫の出る季節は過ぎたと思っていたのだが。
太ももの内側、皮膚が特に柔らかいところにつきりと何かを感じて、見やると歯型が付いていた。
なんということだ。
それでは、これは。この痛みと倦怠感は。この、体中だるくて疲れていて、でもなんだかそれが嬉しいような気がする痛みと倦怠感は。
仕方のないことなのだろうか。
それから、ようやく今の時刻が気になって、首を動かして確認しようとした。
そこで自分の隣にあったものが目に入り、飛び上がって仰天した。
なんだ。なんだこれは。僕いつの間にこんなものを部屋に入れた。
僕の部屋に。そう、僕だけの部屋に。
親元離れる許可が下りて、そうそれはだいぶ前の大怪我が原因でなかなか下りなかった許可がようやく下りて、その日のうちに見つけてさっさと移ってきたこの部屋に。
だから親さえ入れていない、『僕のもの』以外が入る余地のないこの部屋に。
僕のテリトリーに、僕の知らないものが。そう。僕はこれを知らない。
知らないので、花京院はまじまじとそれを見つめてみた。
それはゆっくりと薄く、けれど確かに呼吸をしていた。
月明かりに影ができているから、おそらく僕の妄想だとか幻覚だとかではない、と思う。
幻覚って影や熱を持っているんだろうか。持ってるとしたら、もしかしたらやっぱり幻覚なのかもしれない。
だって。だって、この部屋に、人類は僕一人。それが正常、それが当然、それが世界の常識なのだから。
だから今、僕の隣にこれがあることの方がオカシイのだ。
……いよいよもって幻覚の可能性が高くなってきた。
花京院は意を決して、それに触ってみることにした。
もしこれで、僕の指がすり抜けてベッドにぶち当たれば、これは幻覚確定。僕は僕の妄想にため息を付いて、また眠りに落ちればいい。
そう思って、こわごわそれに触れてみる。
そぅ。
どうだ。実体があるか?
ちょっと今のでは分からなかった。もう少しだけ強く指を押し当ててみよう。
………ふに。
あああなんてこった。こいつは実物だ。実体がある。幻覚ではなかった。困る。
そうだ、困る。すごく困るぞ。もう少し触ってみようか。さっきのは偶然かもしれないし。
髪。少し硬めのブルネット。
肩。温かくて大きい。
腕。がっしりとして強そうだ。
顔……顔に触れてもいいのだろうか?こんな美しい顔に?
花京院はさんざ逡巡したあと、その顔でいっとう好きなところ、すなわちぽってりした唇に触れた。

 
「…………ン」
「すまない、起こしたか」
「いや…お前こそどうして起きてる」
「なに、ふと目が覚めただけだよ」
「で、どうして俺に触って、そんな目ン玉かっぴらいて驚いてやがるんだ」
「え、いや……君がここにいることにびっくりして」
「……寝ぼけてんのか」
「だってさ。君だよ。僕じゃあない、君だよ?それも世界最強のスタンド使い、空条承太郎様だ。これが驚かずにいられるかい?」
「あのなあ………花京院」
「ん、なんだい」
「てめーがいくら嘘だッつっても勘違いだつっても気のせいだつっても、俺はてめーの隣から退くつもりなんざこれっぽっちもねえからな」
だからもう寝ろ。
そう言って、この部屋二人目の人類が体を抱き込んでまた眠りについたので、花京院も目を閉じて、そして時計を見るのを忘れていたことを思い出したけれど、もうそれは、彼の体ですっかり隠れてしまった自分の影よりどうでもいいことだった。