ドント・キス・ミー!

承太郎と花京院は、アカデミーで隣の席だった。
実習のときはよく、二人で組まされたものだ。
承太郎はそのうち、控えめではっきりものを言い、よく気がつくが大胆で、和を大事にするが自分の主張は曲げない、この花京院という男に惹かれていった。
整っているのか歪んでいるのか分からない顔も、とても気に入っている。
花京院の方も、承太郎のことが好きだった。
自分が承太郎に恋をしているのは、当然のことだと思っていた。
承太郎はとても美しい男だったからだ。
古代に残された彫刻かと思うほどの容貌、朗々と響き渡る歌声、銀河の瞳、誰より高い背丈……彼に恋しない女の子はいなかった。
承太郎はとてつもなくモテたから、花京院は彼の唯一になりたいという心に、早々に蓋をした。
けれど、承太郎が休日のたびに誘うのは、他の誰でもなく花京院なのだ。
「花京院、オメー夏の休暇は実家に帰るのか?」
「僕かい?うーん、今年は寮にいようかと思っているんだ。なにしろ遠いからなあ。交通費だけでバイト代が吹っ飛ぶ」
「じゃあ俺んちに来ねえか?」
「え…えぇッ!?君んちって、君のご実家かい!?」
「ああ。うちはまだ近い方だから、1日もあれば着くぜ」
「でも、ご迷惑じゃあないのかい?」
「俺が来いって言ってるんだ。おふくろも、テメーのことを話したら連れて来いってうるせえくらいだぜ」
「じゃあ……お言葉に甘えて……お邪魔しようかな」
「おう。休暇届出しとけ」
こうして花京院は、スペース・アカデミーからアースという星に行くことになったのである。

アースは花京院にとって、物珍しいものであふれていた。

「すごい、あんな大きな建物が鉄でできているなんて!崩れたりしないのか?」
「地震があってもちょっとやそっとじゃあ崩れない構造になっているんだ」
「へええ!科学力っていうより、工夫の世界だなあ。あ、こんにちは」
「そいつはアヴドゥルたちに似ているが、第5等生命体だ。音声言語は通じねえ」
「そうなのか!あんな賢そうな顔をしているのに。あっ、あれは何だ、承太郎」
瞳を輝かせてキョロキョロする花京院を見て、承太郎は胸のうちが暖かくなるのを感じた。
「まあまあ、あなたが花京院くんね!承太郎からいつも話を聞いているわ。上がって上がって!」
承太郎の母親、ホリィは明るい笑顔を浮かべて二人を歓迎した。
花京院は彼女に振る舞われた豪華な料理で、腹をいっぱいに満たした。
客間を使ってくれて構わないとも言われたが、花京院の希望で、二人は承太郎の部屋でくつろぐことにした。
「わ、なんだいこれ!」
「それは楽器だ。ここをこうすると…」
「おお!いい音だねえ。これはもしかして、本かい?」
「ああ。こう持って、こちら向きに開いて読むんだ。アース語は分からんと思うが、写真は見れるだろ」
「これ、海かい?」
「そうだ。水の海はお前の星にもあるんだったか。これは塩水だがな」
「へえぇぇ……おもしろい」
承太郎の部屋を物色していた花京院が、「あ、そういえばさ」と言って顔を上げた。
「君とホリィさんって、あまり似てないよな。途中ですれ違った人の方が、君と似てる」
「ああ、おふくろはアース人じゃねーんだ。他の星から嫁に来た。そこじゃあ結構な家柄の出らしくて、こっちに来るときはモメたんだと」
「そうなんだ」
花京院は承太郎の瞳を見つめた。
彼の瞳には銀河がまたたいている。
花京院はこの目が大好きだった。
右と左で、小さな、けれど輝く星座を作っている。
「それだったら、僕の星の人は、アースの人と似てるのかな」
「そうだな、別の星の連中よりは似てるな。D.F.あたりじゃあ、同じ所の出身だっつっても通じるかもな」
「ふふふ」
花京院は何がおかしいのか、少し声を抑えて笑った。
それから、白目のない横に細い目を承太郎に向けた。
吸い込まれるような夜の闇の色だ。
承太郎も、この目のことをとても好ましく思っていた。
不意に、部屋の中に沈黙が落ちる。
けれどそれは、どこか心地よい静けさだった。
承太郎はゆっくり花京院に近付いた。
花京院は目を丸くしたが、それでも逃げなかった。
承太郎は彼の肩に手を置き、顔を寄せ―――
「うわあああああああああああああッ!!???」
花京院が大声を出して突き飛ばしたので、承太郎は机の角に頭をぶつけることになった。
「ッ…ってぇ…」
「わ、あ、ごめん承太郎。大丈夫か?」
「二人ともどうしたの!?」
「なんでもねえ、引っ込んでな…」
「あ、ホリィさん。ええと、はい、大丈夫です!なんでもないです!」
「そう?」
なんとかホリィを追い返して、承太郎はため息をついた。
「悪かったな」
「本当だよ。まさかいきなりキスをしようとするなんて。……夫婦でも、ましてや恋人でもないのに」
「俺は」
承太郎は宇宙の瞳で花京院を見つめた。
「俺は、テメーと恋人になりたいと思ってるぜ」
「え…」
花京院ははじめ、ぽかんとした顔をした。
それから事態を飲み込んで、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「じょっ、だって、えっ、なに、ぼくは」
「俺はお前のことが好きだ、って言ってるんだ」
「す、すき」
「テメーはどうなんだ?」
「僕……僕だって……君のことが、好き、だよ」
最後の方は消え入りそうな声だったが、それでも花京院は、そう言った。
承太郎は感極まって花京院を抱きしめた。
花京院も、おずおずとだが承太郎の背中に手を回した。
承太郎はそのまま、花京院の薄い唇に口付け、ようとして、
「まてまてまてまて!!」
「ンだよキスくらいいーだろ」
「いいわけないだろ!順番を考えろ順番を!」
「交換日記からってやつか、やれやれだぜ」
「こうかん……?よく分からないが、キスより前にすることがあるだろ。セックスとか」
「……ん?」
「なに?」
「キスは駄目でセックスはOKなのか?」
「?当たり前だろ。僕らはガクセーだぞ」
「だからキスから……待てよ。おい花京院、なんでキスが駄目なのか言ってみろ」
「え?そんなの決まってるだろ。こ、……子供ができるからだよ!!」
そう言って両手で顔を覆ってしまった花京院を見て、承太郎は心の底からため息をついた。
………こいつ、キスで子供ができる種族か……やれやれだぜ………。

承太郎→ジョースターとアースのハーフ。アースのことは方言で地球ともいう。

花京院→ハイエロファント出身。