目は砂色、尾は緑

 
むかしむかしあるところに、一羽のアヒルがおりました。
彼女には、タマゴが五つありました。
ある春の日、そのうち四つのタマゴが割れて、可愛いヒナたちが生まれました。
まるいくちばし、おひさまの匂いのするふわふわの羽毛、くりくりと好奇心いっぱいに動く瞳!
心から湧き上がる愛しさに、母鳥がヒナたちの毛づくろいをしていると、ようやく最後のタマゴも割れました。
ところがどうでしょう!
末っ子のくちばしときたら気味悪く尖っており、羽毛は緑がかってゴワゴワ、目なんかつり上がって裂けています。
よたよた歩く彼は、すぐに上の子たちからいじめられるようになりました。
末っ子が兄弟たちにつつかれているのを見るたび、母鳥は「これ、やめなさい」と叱るのですが、彼女も末っ子に手を焼いているのは事実でした。
花京院と名付けられた末っ子は、誰よりも虫を取るのが下手でいつもお腹を空かせていましたし、他の子はすぐ泳げるようになったのに、いつまでたっても池の隅っこで足をばたつかせているだけで、ちっとも上達しませんでした。
同じ子供として、母鳥は花京院を愛してはいましたが、他のママさんアヒルたちから「あんな醜い、緑の子を連れて!」と噂されるたび、恥ずかしく思ってもいました。

 
 

そして季節は移ろい、木々が緑に色付く頃、四羽のアヒルたち――もうヒナではなく、立派な翼を持っています――は、それぞれ風の吹くまま巣立っていきました。
母鳥は巣に残った末っ子に尋ねました。
「おまえはどうするの、花京院?」
「ぼくも巣立ちをしようと思います、母さん。」
「だけどおまえ、まだ空を飛べないじゃないか。泳ぐのだって、いつも誰より遅いのに。」
「だからって、いつまでもこの巣にいるわけにもいかないでしょう。ぼくは飛ぶのも泳ぐのも下手だから、森の方に行こうと思っています。」
「まあ、森だなんて!森には恐ろしい猛獣がたくさんいるんですよ!」
「醜いぼくの姿を映すこの池よりはましでしょう。もう二度と会うこともないでしょうが、お元気で、母さん。」
そう言って、花京院は不恰好な足で暗い森の中へと分け入っていきました。

 
 

森の中は、花京院にとって思ったより居心地の良いところでした。
必死に水に潜らなくてもたくさん虫がいますし、時折鋭い牙を持った大きな獣が歩いているのを見かけても、葉陰でじっとしていれば見つかることはありませんでした。
花京院の黒っぽい緑の羽毛は、とても自然に木々に溶け込みました。
池の真ん中ではその色はとても目立ったのですが、ここにはそれをいじめる兄弟はもういません。
森には見たこともない生き物がたくさんいましたが、自分より小さければ、花京院は貪欲に口にしました。
どれが栄養があってどれが毒かなんて、誰も教えてくれませんでしたから。
豊潤の森には危険も多かったのですが、同じくらい食べ物も豊富でした。
池ではやせぎすだった花京院は、どんどん肥えて大きくなっていきました。
彼の尖ったくちばしは大きく裂け、何でも砕いて飲み込めるようになりました。
木枯らしが吹いて森が茶色になった頃、お腹に栄養をたっぷり詰め込んだ花京院は、今まで感じた事がないほどの眠気を覚えました。
「どこかで少し眠ろう。寒くなってきたことだし、穴を掘って地中で寝るのがいいな。」
花京院の羽はちっとも大きくならないで、兄たちみたいに空を飛ぶことはできませんでしたが、代わりに鋭く尖っていたので、穴を掘るのは得意でした。
そして冬の間中、暗くて暖かい土の下で、花京院は眠り続けました。

 
 

さて花咲く春、とうとう目を覚ました花京院は、大きく伸びをして地上へと顔を出しました。
途端、花京院はしまったと思いました。
木立の向こうにいた虎と、目が合ってしまったのです。
虎という名前と、その生き物が俊敏に動いて獲物を狩る恐ろしい捕食者だということは、この森に来てから学びました。
うまく逃げられるだろうか、そう考えても驚愕と緊張で動けないでいると、虎が突然怯えたような目をして、尻尾を丸め走り去っていきました。
ぼくの後ろにもっと大きな虎でもいるのかしらと花京院は首をめぐらせましたが、そういうわけでもなさそうです。
それともぼくがあまりにも醜いから、さしもの虎も驚いてしまったのかな。
花京院はそう考えました。
森の中には、花京院と友達になろうという生き物は一匹もいませんでした。
構わないさ、生まれたときからそうだったんだもの。
ところが、ペコペコになっていたお腹を満たしながら歩いているうち、虎なんかよりずっと危なそうな生き物に出会ってしまったのです。
鋭い牙の並んだ大きな顎、黒い肌にとても強そうな手足と、太く立派な尻尾を持つ、見知らぬ動物です。
今度こそぼくは食べられてしまうんだろうな、と花京院は思いました。
ところがその生き物は、ゆったりとした動作で花京院に近付くと、親しげに「よう」と話しかけてきました。
まるで友達か何かのようです。
「おまえがこの森のヌシか?」
「いいえ。」
と花京院は答えました。
そんなたいそうなもの、会ったこともなければ、なった覚えもありません。
「だが、俺が聞き及んでいる特徴によく当てはまってる。緑の鱗に鋭い爪、でかい口で何だって食っちまうオオトカゲ、ってな。」
「オオトカゲ?だったらやっぱり違いますよ。ぼくはアヒルですから。」
「………アヒル?」
黒く大きな生き物は、ぽかんとして花京院を見つめました。
「いや、お前はオオトカゲだろう。」
「いいえ、あんまり醜いのでそう見えないだけですよ。」
「まさか!おまえはおれと同じオオトカゲだぜ。しかも、そこらじゃ滅多にお目にかかれない美人だ。」
彼が熱に浮かされたような目で覗き込んでくるので、花京院はなんだかむずがゆい思いがしました。
「きみは…何か……勘違いをしていますよ。」
「いや、おまえの方こそ根本的な勘違いをしているぞ。おれと一緒に来い。こっちに池があっただろう。」
「池!?嫌ですよ、そんなところ行きません。」
「いいから来いって、教えてやる。」
花京院としては、いい思い出のない池なんかには行きたくなかったのですが、黒くてきれいな彼があまりにも熱心に誘うので、とうとう折れてついていくことにしました。
池では数羽のアヒルたちが泳いでいましたが――兄弟かどうかは分かりません――花京院たちの姿を見ると、一目散に飛んでいってしまいました。
「ほら、見てみろ。」
黒い彼が池に乗り出してみせるので、花京院も恐る恐る水面を覗き込みました。
そこに映っているのは、黒の彼よりは一回りは小さいですが、あの虎よりも大きな、緑の鱗を持つ四足の生き物でした。
「ぼく……ぼくは、アヒルじゃなくて、きみと同じ種族なのかい?きみ…」
「承太郎だ。」
「承太郎。」
花京院は、承太郎のきらきら光る裂けた瞳を見つめました。
承太郎も花京院の砂色の瞳を見つめ返し、それから花京院の首筋に鼻先をこすり付けました。
「西の森のヌシがおれと同じオオトカゲだって聞いて、縄張りを奪ってやろうと思っていたんだ。だが、おまえはすごくきれいだし、おれはおまえが気に入った。おれと群れを作ろう。」
「えっ!」
花京院はたいへん驚きました。
誰かに求められるなんてこと、初めてでしたから。
それもこんな、大きくて強そうでうつくしい生き物に!
「嫌か?」
「そんなわけない、嬉しいよ、承太郎!」

 

それから黒いトカゲと緑のトカゲは、西の森で幸せに暮らしましたとさ。