花京院の出てるゲームの実況動画がUPされた話4

花京院典明は声優である。
デビューしてから約3年、ありがたいことに仕事は順調で、若手の中では売れっ子と言っても差し支えないだろう。
だが今回は、あまり仕事の詳細は関係のない話になる。
いや、仕事そのものには大いに関係があるのだが。
花京院は声で名前を売っている声優である。
当然、ファンというものも存在する。
そのほとんどは女性だが、同世代の他の男性声優に比べると、男性ファンもかなり多い。
花京院のテレビデビュー作が「アイドル☆スター」という男性をターゲットにしたアニメだったというのが、その大きな理由だ。
彼も、そのアニメがきっかけでファンになったと言っていた。
彼、というのは、花京院の恋人のことである。
彼の名は空条承太郎。
いわゆる「一般人とお付き合いしている」という状態であるのだが、承太郎が常人離れしているせいで、あまり一般人という感じはしない。
並んで歩いていても、承太郎のほうが芸能人らしく見えるのでは、と花京院が思っているくらいだ。
けれどもそんな承太郎は、花京院典明の熱狂的なファンなのである。
花京院が声を当てているものであれば、深夜アニメだろうがBLCDだろうがゲームだろうが、全てチェックしている。
そう、ゲームだ。
知名度が上がってきた花京院は、主役級ではないものの、いくつかのゲームに出演させてもらえるようになってきた。
承太郎は当然そのゲームたちを入手し、生まれて初めてくらいのレベルでプレイを始めようとした。
そこで花京院はそんな彼に、絶対面白いものができると確信し、実況プレイ動画を作って投稿してみてはと持ちかけたのだ。
その予想に違わず承太郎は、あっという間に人気実況プレイヤーになったのである。

「ごちそうさまでした。ホリィさんのチェリーパイはやっぱり絶品だなあ。あれ承太郎、何か聞いているのかい?」

パソコンに向かって論文の手直しをしていた承太郎は、顔を上げてイヤホンを外した。
ちなみにもっと高級なヘッドホンも持っているのだが、そちらは外部の音を完全にシャットダウンしてしまうので、花京院がいるときはイヤホンを使っている。
「聞くか?」
片方イヤホンを差し出され、花京院はそれを自分の耳にはめた。
そして、赤面した。
「っん、ァ……あっ、あん、あっン、はぁ…」
そこから聞こえてきたのは、他でもない花京院の喘ぎ声だった。
「こ、これ」
「一昨日発売だったCDのものだ。私のTLでも人気だったぞ」
花京院はプロであるから、演技の喘ぎ声を他人に聞かれるなんてことは、それが仕事だし、恥ずかしくもなんともない。
だが目の前の彼、承太郎だけは違う。
なにせ二人は、まだ枕を共にしたことがないのだ。
「君が大人になるまで待つ」と承太郎はそう言った。
花京院は来月の20歳の誕生日に、勇気を振り絞って誘ってみるつもりなのだが。
「……あの、承太郎。ひとつ聞きたいんだけれど」
「何だ」
「その、こういうこと、をするとき……承太郎は上と下のどっちがいいんだい?」
承太郎は「ふむ」と言って顎に手を添えた。
「私はどちらでもいいな。君を抱くのも抱かれるのも、どちらも捨てがたい。君に希望があれば合わせよう」
「僕も、どちらかというものはないです」
「そうか。ではその都度、じゃんけんか何かで決めようか」
「そうですね」
承太郎は頷いて花京院の顔を見た。
もうしっかり青年の顔をしているけれど、どこか幼さが残る、承太郎がこれ以上なく好きな顔。
承太郎の目からは、彼がとてもかわいく見える。
守ってやりたいと思う一方で、好きに組み敷いて貪りたいという気持ちも湧いてくる。
だがしかし、あの、声である。
承太郎は花京院の声が好きだ。
顔より好きだと言ってもいいだろう。
心地よい低音が、とても好きだ。
某SNSのノリでいうと、「きゃ~~~花京院くんかっこいい!抱いて><」という感じである。
だから本当に上下などどちらでもいいし、むしろ固定してしまうのはもったいないと思っているくらいだ。
そんなことをぼんやり考えていると、二人のイヤホンに、ぽこんというCDの音とは別の音が響いた。
「今のは……」
「メールが届いたようだな」
承太郎は体をパソコンに向けた。
「ん?動画サイトからだ」
「なんて?」
「今度幕張メッセでイベントをやるから来ないかとのことだ」
「へえ!そんなものが届くなんて、君もすっかり有名人だなあ」
「お前のほうが有名人だろう?」
「アマチュアの中ではって意味さ。このイベント、実は僕も招待されてるんだ。アイスタの新作ゲームが出るから宣伝に行くことになってる」
「そうか。では行くと返事をしよう」
「即決だね…」
「当たり前だろう」
承太郎は声優・花京院典明の大ファンである。
恋人になってお互いの家を行き来する関係になってもそれは変わらないし、握手会などのイベントには必ず足を運んでいる。
手なんて部屋の中ではいくらでも握ってもらえるのだが、それはオフの「花京院」で、承太郎はオンの「花京院くん」に握手してもらいに行くのだ。
どちらも欲しい、空条承太郎とは強欲な男なのである。
喋り方にしてもそうで、戸惑う彼に対等な関係だからと言って敬語をやめさせたものの、そういう場ではお互い敬語で話している。
声優とファンは対等な関係ではないからだ。
そんなこんなで、イベントの日がやってきた。