前夜祭の話

2009年ハロウィンもの。

 

僕は、現代日本における「クリスマス」や「バレンタインデー」などの行事が好きではない。
本来の宗教性、儀式性をすっかりなくして、恋人たちがいちゃつくための日、製菓や玩具の業界が稼ぎに回る日。
当然「ハロウィン」も同じで、店先に並ぶ紫色やオレンジ色の飾り付けを、嫌悪まではしないものの、好きにはなれないでいた。
だから、10月の31日に承太郎を遊びに誘ったのは、イベントが問題なのではなくて、単に、今年のその日は土曜日だったからだ。
承太郎というのは、僕が大学に入って初めて出来た友人で、同時に僕の人生でも初めての、人間の友人の名前だ。
僕は、休みの日は家でゴロゴロしているか、承太郎と遊んでいるかのどちらかだった。
そしてそれは、承太郎も同じであったはずだ。
だから、彼が「用事がある」と嘘をついたとき、おやと思ったのだ。
彼は嘘をつくのがとても苦手で、それというのも彼は、普段はそもそも嘘などつかない人間だからだ。
彼の表情は分かりにくいという人もいるが、僕にはそちらの意見の方が分からない。
頬の筋肉を変な形に固めて、目の照準が合っていないものだから、一瞬で嘘だと分かった。
しかし彼が、僕に真実を告げたくないというのなら仕方がない。
「そう」とだけ言って、その日は別れてしまった。

 

然れども彼が僕に嘘をついたのは、やっぱり気に入らない。
そういうわけで、結局予定の入らなかった10月31日、僕は彼の家の周りをうろうろしていた。
承太郎の家はばかみたいにでかくって、高い塀が張り巡らされている。
けれどそんなのは、僕の相棒にとっては関係がない。
相棒というのは、精神力の具現化とでもいうべきもので、緑色に光っていて、体を解いて遠くまで行くことができる。
この特殊な力は承太郎にもあって――彼のはまた違った見かけと能力なのだが――、それで僕らは友人になれたといっても過言ではない。
彼が言うには、こういった特殊能力を持っている人は、多くはないものの世界中にいて、そういう人たちの間では、これらは「スタンド」という名前で呼ばれているらしい。
さてその、僕のスタンドが寄越した情報は、承太郎が部屋にいるらしい、ということだった。
気付かれないようにと部屋の中まで探りはしなかったが、僕のスタンドは彼の気配を感知するのがうまい。
僕はいよいよ、彼の挙動を訝しむことになった。
僕を振っておいて、部屋にこもってやることとは何だろう?
彼が何かをするというならば誘ってもらえるはず、あるいはそれが駄目でも説明くらいはしてもらえるはずと考えるのは、僕の自惚れではないはずだ。
何故なら彼は、大概の男子学生が楽しいと思うこと(と僕が思うこと)、すなわち漫画を読むとか、ゲームをするとか、映画を見に行くとか、買い物に行くとか、セックスをするとかには、常に僕を誘ったからだ。
僕もそういうことをしたくなったら、いつも彼に声をかけていた。
彼が僕の誘いを、下手な嘘をついてまで断ったことに、不信感を抱いた理由がお分かりいただけるだろう。
彼は「用事がある」と嘘を言ったのだから、用事などないのが真実なのではないか。
しかしこんなところでうだうだ考えていても、状況は変わらない。
ええい、と僕は、彼の家のベルに手を伸ばした。

 

僕を出迎えてくれたのは、にこやかに微笑んだホリィさんだった。
ホリィさんというのは承太郎のご母堂で、無愛想な彼と本当に血が繋がっているのか疑わしくなるくらい、明るくて可愛らしい女性だ。
芯が強いところはよく似ているから、やっぱり親子なんだろうが。
僕は彼女のことをたいへん尊敬しているので、騙そうとするのはとても心が痛んだ。
けれど、24時間以上も承太郎に会えないことの方が堪えられなさそうだったので、白々しい笑顔で嘘をついた。
「承太郎いますか?今日、遊ぶことになってるんですが」
するとホリィさんは、萌黄色の眼を大きく開いて、
「あの子ったら、やっぱり花京院くんには話したの?あたしはそうした方がいいって言ってたのよ」
などと言うものだから、僕は少々怯んでしまった。
「……今日は、家に呼ばれただけで。詳しく聞いてないんです、何かあるんですか?」
「あら、それは是非とも承太郎から聞かなくちゃ。花京院くんなら大丈夫。でも、あんまりびっくりしないであげてね」
これはつまり、ホリィさんも今日のこの日、承太郎が部屋に引きこもっている理由をご存知というわけだ。
勝手知ったる長い廊下を歩き過ぎ、彼の部屋の前に立つ。
何もなしに扉を開けるのは流石に無礼が過ぎる気がして、ままよ、と声をかけた。
「承太郎、僕だ。来てしまった。いるんだろう、入ってもいいかい?」
少し待ってみたのだが、返事がない。
焦れた僕は、「入るよ」と言って扉を開け放った。
予想に反して、部屋の中に彼の姿はなかった。
しかし僕のハイエロファントは、彼のスタンドの気配を感じ取っている。
一歩だけ足を踏み入れて、見知った部屋をゆっくり眺めると、彼のトレードマークである学帽が、ベッドの上に置いてあるのが見えた。
これはミステリーだな、なんて思いながら、特に理由もなくその帽子を被りたくなって、手に取った。
帽子の下に隠れていたのは、体の大きい真っ黒なコウモリだった。

 

数秒間、小さくてくりくりした目で僕と見詰め合ったのち、コウモリはちぃちぃ可愛らしい声で呟いた。
「……やれやれだぜ。ホリィには誰も通すなって言ってあったはずなんだがな」
「ッ君!君承太郎かいもしかして!」
「そうだ。……悪かったな、気持ち悪くて」
「気持ち悪いなんて!まさかそんな!」
僕はいつも通り承太郎に駆け寄って、首筋に腕を回…そうとしたのだが、彼が小さすぎて断念せざるを得なかった。
「お前なら拒否しないでくれるかも、とは思ったが。それにしたって情けなさ過ぎる姿だろう」
「情けないなんてそんなこと、露ほども思わないよ。それより承太郎……可愛いよ」
僕としては純粋な賛辞のつもりだったのだが、彼は思い切り顔をしかめた。
今の彼は、僕の両手の上にも乗るかという小動物であるというのに、表情が分かりやすいのは変わらない。
「で?君がそんな可愛い姿になっている理由は、当然説明していただけるんだろうね?」
コウモリになった姿を僕に見られたくなかったという彼が可愛くて、正直そうなった理由なんてのはあんまり気にしてなかった。
どんな見た目であれ、承太郎ならそれでいいやと思っていた節もあったようだ。
それにしたって、「ハロウィンだから」という回答は予想できなかった。
「ハロウィンだからだ。この日は毎年こうなる」
「それは……何故だか、聞いてもいいかい?ハロウィンだからって、僕は狼男にも透明人間にもなったことはないよ」
「俺だって生まれつきこうなんじゃあねえ。17のときからだ」
そう言うと、彼は少しの間だけ遠い目をした。
「そう、17の年、高校生の頃、俺は一人の吸血鬼を殺した。そいつの……なんつーか、呪いみたいなもんでな。ハロウィンの日だけ、こうなっちまうんだ」
「ハロウィンに、コウモリになる呪いだって?」
「ハロウィンにっつーか、ハロウィンだから、だな。雑学王のてめーなら知ってるだろ、この日ってのは、この世とあの世が近づく日なんだとよ。それでその、吸血鬼の力が強まってこうなっちまうみてーだ。普段は何でもないんだがな」
そう苦々しげに呟いて、それきり枕の下に潜り込んでしまおうとするので、ちーっちゃい後ろ足をこわごわつまんで引き止めた。
「待ってくれよ承太郎、君がコウモリに変身するのは、まあ理由は付いたけども、僕に会ってくれなかった訳はまだ聞いてないよ!」
「訳って、てめ、恥ずかしいからに決まってんだろうが!こんな姿でてめーに会えるか!!」
「なんでだよ!可愛いよ承太郎!!」
「うるせえ離せ!!!」
「離すかばか!!!!」
そんな風にわいわいやっていると、「あらあら仲良しねえ」とか言いながらお茶とお菓子を持ったホリィさんが現れて、手のひらサイズの承太郎を間に挟んでお喋りして(「この子ってば可愛いでしょ」「本当ですね」)、またしても家具の隙間に逃げ込もうとした承太郎をハイエロファントで引きずり出して鷲掴みにしてお喋りして(「明日は日曜でしょう泊まっていったら」「是非そうさせてもらいます」)、そうしてハロウィンの夜は更ける。