ごく普通の運命たち(オメガバース)

【独自設定を含むオメガバース設定】
人類には2タイプの性別があり、一つ目が男性/女性、二つ目がα性/β性/Ω性である。
男性と女性のペアである場合、第2性別に関係なく子供ができる。
胎児は女性の腹に宿る。
片方もしくは両方がΩ性である場合、第1性別に関係なく子供ができる。
胎児はΩ性の腹に宿る。
両方Ωであった場合や男性/Ω性と女性/α性のペアだった場合などはどちらに胎児を宿すか選択できる。
簡単にいうと突っ込まれた方。
Ω性には個人差があるが2ヶ月〜4ヶ月に一度、ヒートと呼ばれる一週間ほどの時期がある。
少し前までは発情期と呼ばれていたが、言葉狩りに合ったため最近はどこでもヒートと呼んでいる。
ヒートの時期にはまともな思考能力が失われ、子を成すことしか考えられなくなる。
また未婚の場合はあらゆるαとβを、既婚の場合はパートナーのみを誘惑する強力なフェロモンを自分の意思に関係なく流すようになる。
この場合の婚姻とは生物学的なつがいの契約のことである。
ヒートの時期の性交による妊娠率は非常に高い。
この体質のため非人道的な事件や被害者しかいないような事件も頻繁に起きていたが、近年はフェロモン抑制剤の開発や教育などが進み事件発生率は年々減少している。
人口の割合は地域によって多少異なるがβ>Ω>αであるのは変わらない。
親の性別は基本的に子に影響しないが、α性とΩ性のペアのみ子がα性である確率が上がる。
古くはα性は全てにおいて能力的に優れているとされ本人たちの希望を無視したαとΩの婚姻も多かったが、近年はその傾向も減ってきている。
またαとΩとの間でのみ『運命のつがい』といって一目でそれと分かるという相手がいるという話もあるが、今では迷信とされている。

同じ学校に、花京院というやつがいた。

背が高くて物腰が柔らかで紳士的な態度の男で、一部の女子には王子様みたいな扱いを受けていた。
みんなあいつのことをαだと噂していた。
勉強もスポーツもできて、でも親しい友人は作らなくて孤高で。
俺たちβが群れるのとは対象的なその様子は、確かに希少だというαみたいに見えた。
αなんてこの辺ではまず見ないから比べることはできないのだけれど、でもテレビで見るような俳優でα性を公言しているようなやつと並べても見劣りしないだろうとは思った。
だからクラスメイトなんかはみんな、花京院がαだという前提で噂話をしていたのだ。
本人は「やだな、僕はβですよ」だなんて言っていたけど、第2性別は見た目でははっきりさせられないんだから何とでも言える。
だけど俺だけは、実はこっそりあいつがΩだと思っていた。
誰にも言ったことはなかったけれど。
どうしてそんなこと考えてたかっていうと、なんていうかあいつには、中性的な色気みたいなものがあったんだ。
身長なんか170の後半くらいだったし、スポーツ部には入ってなかったはずなのに筋肉もしっかりついていたから、シルエットは十分男らしいんだけど、佇まいというか仕草と言うか、そういうのがどこか女性的だったんだ。
だけどカマっぽいって感じじゃあなかったし、他に同じようなことを言ってるやつはいなかったから、俺の気のせいだったかもしれないんだけど。
別にフェロモンみたいなものが匂ったこともなかったし。
とはいえ最近の抑制剤って優秀らしいから、これはなんとも言えない。
いや、俺が花京院に惚れてたとか、そういうことじゃあないんだ。
ただ単に俺はあいつがΩだと思ってた、ってだけで。
俺はそこそこ強い野球部に入ってて、その合宿に行くときに監督の先生に第2性別を告げなきゃならないって出来事があった。
でもそれだって、他のチームメイトの性別までは知らされない。
高校生活で第2性別が関わってくるのなんてそのくらいで、花京院はあるとき突然転校していってしまったから、結局Ωだったのかどうかは分からずじまいだ。

「えッ、なんスかそれ」

今年研究室に入ったばかりの後輩が目を丸くして、私が手に持ったプリントを見つめてきた。

今さっき教授に頼まれて扉に貼っていたところのものだ。
大きめのフォントで、「食べ物、手作り品などは受け取らない。学生に贈与を依頼することも禁ず。置いて行かれたものや無理に渡されたものは全て焼却処分。空条承太郎」と書かれている。

「やあ田村くん。今日は何日か分かるかな」

「えーと、2月8日っスね」
「そう。そろそろやってくるイベントといえば?」
「んん……?学会は3月だし、年度末にはまだ早いし……?」

後輩は難しい顔をして黙り込んでしまった。

思い浮かばないようだ。

「田村くん、キミ、恋人は?」

「ハナコっスかね」

ハナコとは彼が今一番愛情を注いで観察している――イソギンチャクである。

「日々充実しているようだね。私には恋人などいないから羨ましい限りだ。先程の答えだが、バレンタイン・デイだ」

「あっ、バレンタイン!って何日でしたっけ」
「14日だね」

私は扉にプリントを貼り終わり、ふうっとため息をついた。

「毎年この時期になると、教授にチョコレートやその他の菓子や手編みのマフラーなどを持ってやってくる生徒が後を絶たないのだよ」

「ああ〜」

後輩は納得したという顔になった。

我々の教授、空条承太郎博士はたいへんな美形である。
人間の顔の美醜があまりよく分からない我々の目からしてもたいへんな美形に見えるという美形である。
ちなみに私はウミガメの顔の美醜にはうるさい。
そんな彼であるので、それはそれはモテる。
普段は海にも生物にも無関心であるような女子やΩ子もあっさり釣れる。
地引網レベルで釣れる。

「でも教授ってパートナーいますよね?」

「うむ。教授は無口であるのでキミはまだ知らないかもしれないが、たいへんな愛妻家だ」
「ええ、じゃあ成功率0パーじゃないスか。それでもチョコ渡したいんスかね?」

後輩はプリントの「焼却処分」という箇所を見つめながら聞いてきた。

「そのあたりの心理は私にもよく分からん。記念だとか自己満足だとかなのだろう。それでも愛妻家が受け取るわけにはいかないし、」

私は人気のない廊下にもかかわらず声を潜めた。

「手作りの菓子には色々と入っているらしいぞ。……体の一部が」

「マジっスか!」
「マジだ。髪や爪はまだ見えるからいいが、血は取り除けないから厄介だとか」
「ヒェ〜ッ」

後輩は体をぶるっと震わせた。

私も初めて聞いたときは恐ろしさにすくみあがったものだ。
あまりに不衛生すぎる。

「でも教授が愛妻家なのは知りませんでした」

「たまーに話してくれるぞ。世界中を飛び回るエージェントで、なかなかオフの日が合わないのがつらいのだとか……ああ、そういえば」

私はこういうたぐいの迷信は信仰していない。

教授も冗談で言ったのだろう。

「運命なのだと言っていたな」

「運命のつがいなんでしょう!?」

きゃあっと声が上がり、僕は思わずオフィスの入口付近に目をやった。

花京院さんが事務のおばちゃんたちに取り囲まれている。
日本に帰ってきてたんだな。
さっさと書類を提出して空条博士のところに行きたいだろうに、かわいそうに。
まあイケメンだからな、仕方ない。
僕も一応、第2性別はαなのだが、花京院さんや空条博士ほどイケメンじゃないから、あそこまで黄色い声は上げられない。
花京院さんは困ったように笑っている。

「運命のつがいなんて眉唾ものの迷信ですよ。科学的な根拠もないし、僕は信じていません」

科学的に説明できない超能力のようなものを有しているくせにそんなことを言っている。

「でもまあ」

花京院さんは一瞬言葉を切って、ふっと微笑んだ。

イケメンなので何をやっても様になる。

「僕と承太郎は運命の相手だとは思っていますよ」

またおばちゃんたちがきゃあきゃあ言う。

もちろん彼女らは花京院さんに気があるわけではない。
会話できる距離にいる芸能人のようなものだ。
何かの用事で空条博士がオフィスにやってきたら、やっぱり同じようにきゃあきゃあ言うのである。
花京院さんもイケメンだが、空条博士は輪をかけて顔が整っている。
顔だけではない、体格も立派で中身も申し分ない。
大学教授をするほど頭脳明晰だし、僕は事務だから彼と肩を並べて戦ったことはなく話しか知らないのだが、情に厚い性格をしていて戦闘のセンスもずば抜けているという。
まさに『αの男』が服を着て歩いているような人物なのだ。
彼のパートナーである花京院さんも顔よし頭よし性格よし、ついでにエージェントとしての能力も申し分ないという超人である。
彼単体だったらαだとみなしていたと思う。
花京院さんと空条博士が籍を入れて結婚したのは数年前だが、パートナーになったのは高校生の頃だったという。
僕が彼らと出会ったのもやはり数年前で、既につがいのいた花京院さんのフェロモンの匂いを嗅いだことはないのだが……いや別に僕だって彼に気があるわけじゃあない。
恋人欲しいなと思っていたから反射的に鼻を動かしただけで、彼を狙うなんて命知らずなことはしない。

「運命のつがいのヒートって、普通より子供ができやすいって言うじゃない。まだなの?」

「二人の子なら絶対かわいいわよ」

ああ、始まった。

僕は思わず顔をしかめた。
悪気があるわけじゃあないんだが、そういうプライベートに関わることはあまり聞くものじゃあない。
花京院さんも困った顔をしている。

「いえ、僕も承太郎もまだまだ仕事をしたいので……特に僕なんか、危険の多い仕事ですし、しばらくないと思います」

「そうなの?」
「残念ねえ」

いやどちらかというと彼みたいな超優秀なエージェントにはまだまだ現役でバリバリ働いて欲しいんだけどな。

おかしいな、あのおばちゃんたちも僕と同じ立場では。
そりゃお子さんができたら祝福するけど、もちろん。
僕はちょっと大げさな動作で時計を見て咳払いした。
そこで彼女らは名残惜しそうに花京院さんから離れ、開放された彼は書類を手に僕の席に近寄ってきた。

「……ということがあってね」

「子供か。俺もたまに言われるな」

承太郎は両手に持ったマグカップの片方をソファに座った花京院に手渡し、自分もその隣に腰を下ろした。

カップの中身は日替わりで、今日は花京院がおみやげに買ってきたマサラチャイである。

「君、子供欲しい?」

「うーぬ……少なくともまだ2、3年はいらねえかな」
「僕もそんな感じだ。というか仕事が忙しすぎて無理。もうちょっと落ち着いてから考えたいな」
「そうだな。まあ」

承太郎は花京院と目を合わせてニヤッと笑った。

「養子になるんだがな」

「そうだね」

花京院もニヤリと笑い返した。

「僕ら二人とも、βだもんね」

そう、実はこの二人、運命のつがいのαとΩなどではないのである。

お互いを運命の相手だと思ってはいるが、二人とも男性のβ性なのだ。
別に隠しているつもりも嘘をついているつもりもないが、周りが勝手に勘違いしているだけなのである。
話の流れで「自分はβだ」と言っても、「またまたそんな冗談を」と信じてもらえない。
今は隠居している不動産王のジョセフ・ジョースター氏がα性の男性であるのも周囲の勘違いの一因なのだが、正直承太郎にとっては知ったこっちゃない。
花京院もαの隣にいるからという理由でΩだと思われているが、まったくそんなことはない。
ヒートなど未知の領域の、ごく普通のβなのだ……彼のようなごく普通がいるかどうかは置いておいて。
そう勘違いされていた方が都合がいい場面が多く、大声で訂正することでもないためなんとなく黙っているが、必要ができればはっきり宣言するつもりであるし、そのせいで出て来る問題には二人で立ち向かうつもりである。
今もそういった国は多くあるが、日本でも昔は生物的に子供ができる組み合わせでしか結婚できなかった。
数年前に両名の意志があれば性別に関係なく結婚できるよう法律が変わり、その年に籍を入れたのだがなぜか気付かれなかった。
もちろん二人に親しい家族や友人たちは、分かった上で祝福してくれている。
とてもありがたいことだ。

「ま、性別がどうであれ俺はお前に惚れてたと思うがな」

「僕も、もし生まれ変わって他の性別になったとしても、君の隣を譲る気はないよ」
「おい、性別だけか?」
「え?」

花京院は承太郎にもたれかかっていた体を起こした。

「例えば、俺が犬でお前が猫になったとしたら」

「なんだいそれ!面白そうだな!もちろん会いにいくよ」
「それで階段から突き落とされるんだぜ」
「はは、猫から犬ってどうやって果たし状を送るんだ?」
「言葉でいいだろ」
「通じるのか?」

こうしてごく普通の夜は更けてゆく。