とあるモブの受難

一体全体、何がどうしてこうなった?
モブ山モブ男は冴える目で考えた。彼が今寝ているのは、フッカフカのキングサイズのベッドである。彼の右には大柄な黒髪の男が、気持ちよさそうな寝息を立てている。そして左には、右よりは小柄だが、十分に体格のいい男が、すやすやと眠っている。
モブ山はその真中で、なんとか寝付こうと無駄な努力を続けていた。

ことの起こりはこうである。

「空条ォ~、電車なくなっちまったんだよ」
そう言いながら大柄な黒髪の男、空条承太郎に絡みに行くモブ山を見て、他のメンツは勇気のあるやつだな、と思っていた。
その日は研究室のメンバーで飲み会があり、件のモブ山も空条も参加していた。空条はどれだけ飲んでも平然としていたが、モブ山の顔は真っ赤だった。
「お前んち、泊めてくれよォ~。友達と同居してるんだろォ~?」
空条は体が大きく、男から見ても女から見てもものすごい美形で、近寄りがたいオーラを出している。とはいえ話しかければ普通に会話するのだが。周りが勝手に怖がっているだけである。でもそれも仕方ないじゃん? 筋骨隆々の美丈夫だもん。
そんな空条だから、家に転がり込みたいというモブ山がスゲェと思われるのも、お分かりいただけるだろう。頑張れモブ山。骨は拾ってやる。
ところが、すげなく断るかと思われた空条は、特に嫌がる様子もなく「いいぜ」と言ったのだ。そうしてモブ山は、みんなの期待を一身に背負って、空条の家へおじゃますることになったのである。

空条の家は、オートロックのマンションだった。モブ山はキョロキョロしながら彼のあとに続いた。空条の部屋には、「空条」「花京院」と二枚の表札がかかっていた。ハナ…ケイ…ハナキョウインさん、かな。なんだか雅な名前だ。

空条が鍵を回すと、向こうから扉が開いた。出てきたのは、同世代くらいの男性だ。なかなかのハンサムである。赤っぽい茶髪の、前髪が片方だけ長い。
「おかえりなさい、承太郎。そちらは?」
「あ、は、はじめまして。モブ山といいます。空条くんとは研究室が同じで」
「電車がなくなったんだそうだ」
「そうなんですね。いらっしゃいませ」
彼は柔らかく笑うと、扉を大きく開いて空条とモブ山を迎え入れてくれた。
「お茶漬け用意してあるけど……モブ山さんもお茶漬け食べます?」
「え、いいんすか?」
「一人分も二人分も同じですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「荷物はその辺に置いとけ」
「あ、ああ」
モブ山は感動した。飲み会帰りにお茶漬け用意しといてくれるなんて、すげえいい人だ。まるで嫁のようだ。
いや、男に嫁は失礼か。
花京院(ハナキョウインさんではなくカキョウインさんだった)が出してくれたお茶漬けを、空条と二人でおいしくいただき終わったあとに、彼が居間に顔を出した。
「お風呂湧いたから、どうぞ」
「おう」
「あ、すいません。ありがとうございます」
いたれりつくせりだ。新品のシャツとパンツと歯ブラシまで出てきた。そうしてモブ山が下手なホテルより快適に過ごし、さあ寝るかという段階になって、例の事実が発覚したのである。
さて、ここでどれがおかしなことか答えなさい。
(1)寝室が一つしかなく、その上そこにはキングサイズのベッドが一つしかなかったこと。
(2)混乱する頭でなんとか「俺、ソファで寝ます」と言ったのに、「大きいから三人で寝れますよ。大丈夫」と言われてしまったこと。
(3)「いやいやいやいや」と断ろうとしたのに、落ちるのを心配しているのだと思われ、「大丈夫です! 僕も承太郎も寝相はいいですよ」「気になるならお前が真ん中にいけ」と言われて、川の字で眠ることになってしまったこと。…………全部だよ!!
心地よさそうに眠る二人の男に挟まれて、モブ山は必死に目を閉じようとした。

次の日、モブ山は研究室のメンバーたちに囲まれた。だが、何があったか言えるはずもない。

「あー、一緒に住んでるの、いい人だった」
と言うだけで精一杯である。
当の空条は、何事もなかったかのように平然としている。モブ山は我慢ができなくなって、彼が一人のときを見計らい話しかけた。
「なあ空条、お前らいっつも一緒に寝てんの?」
「いや、研究で遅くなったときにはここに泊まることもあるから、いつもではないな。逆に俺一人のときもあるし」
「そーいう意味じゃねえよ!! できてるのかって聞いてんだよ!」
「でき……? 何がだ?」
肯定するでもなく否定するでもなくごまかすでもなく、空条は本当に意味が分からなさそうな顔をした。なんなの俺がおかしいの? ホントにできてないの? こいつら友人のつもりなの??
モブ山は知らないのである。彼らの人生において最も濃厚であった50日において、雑魚寝や野宿は当たり前であったこと。彼らが共通の友人に、
「ポルナレフ、承太郎と同居するときにキングサイズのベッドを買ったんだ。いつでも泊まりに来ていいぞ」
などと電話していること。
そんな二人が、同じベッドで眠ることに疑問を抱く日が来るのかどうかは、神のみぞ知る。