同棲してる花京院が書き置き残してくれてる

「承太郎へ。9日~16日は早番だから先に出ます。冷蔵庫に煮物が入ってるよ。切れてた洗剤は僕が買いに行く」
承太郎は冷蔵庫の正面に下がっている小さなホワイトボードを読み、それから扉を開けた。
大根と豚肉の煮物が、ラップをかけられて鎮座している。
承太郎はそれを取り出して、朝ごはんにすることにした。

承太郎と花京院は、高校時代からの友人である。

ふたりでエジプトへのとある行軍に参加し、そこで絆を深めたのだ。
二人はとても仲がよく、同じ大学の違う学部に進学したときに、ルームシェアを始めたのである。
承太郎がその大学にそのまま就職し、花京院がある財団の職員になってからもそれは変わらず、二人は同居を続けている。
………そろそろ同棲にしたいんだがな、と承太郎は思っているが。
そう、承太郎は花京院に恋心を抱いているのである。
それはもう、出会った頃から。
花京院の気持ちは知らないが、腰を抱いてもぴったりくっついて座っても嫌がられないので、マイナスの感情を持たれているわけではないだろう。
だがしかしそれは、そういう意味で意識されていないということでもある。
承太郎は攻めあぐねていた。
力任せにオラオラすべきか、バラの花束でも用意してきちんと告白すべきか。
絶対に失敗はできない勝負だ。
なんとはなしにカレンダーを眺めていた承太郎は、もうそろそろバレンタイン・デイであることに気が付いた。
チョコレートの嵐から逃げなくてはならない……いや、待てよ……?
日本では製菓会社の陰謀で、バレンタイン・デイといえば女性が男性にチョコレートをあげるものとなっているが、他の国では習慣が違う。
アメリカ人の母に育てられた承太郎は、周りからチョコレートを押し付けられながらも、「アメリカでは男性が女性、それも本命だけに贈り物をする」日であることを聞いていた。
場合によっては性別に関係なく、お世話になっている人に感謝のメッセージカードを渡すなどすることもあるらしいが、今回はそちらはスルーだ。
自分と彼はどちらも男であるから、日本式ともアメリカ式とも違うことになるが、男女の性差に縛られるなんて時代遅れだ。
ようは、何かにかこつけて愛の告白ができればいいのだ。
そうと決まれば、行動の早い承太郎である。
すてきなレストランを予約してロマンティックなディナーを用意してもいいが、それは花京院がたいそう照れるだろう。
照れている彼もかわいいが。
それに、自分はこの二人の生活を大事にしたいと思っている。
とすれば、ディナーも告白も家ですべきだろう。
承太郎は男子厨房に入るべからずで育てられてきたが、同居にあたり花京院から「食事を作るのは当番制にしよう。なに大丈夫だ、僕だって野菜炒めしか作れない」と提案され、それから本や包丁や鍋を買って日々励んでいる。
当日は、腕によりをかけて豪華なディナーをこしらえよう。
花京院の輝く笑顔が目に浮かび、胸が暖かくなるのを感じる。
それから承太郎は、花屋とチョコレートを買うデパートに目星をつけた。
別にチョコレートでなくともよいのだが、そちらのほうが気持ちが伝わりやすいだろう。
承太郎はホワイトボードに「煮物うまかったぜ。14日の夜は空けとけ」と書いた。
彼は忙しい身であるが、早番ならいつもよりは早く帰れるだろう。
承太郎だって暇ではないが、そこは気合でなんとかする。
そうして承太郎は、大学に向かった。

夜、承太郎は一人で帰宅した。

電気をつけて鞄とスーパーの袋を下ろし、コートを脱ぐ。
少し休憩してから台所に立ち、夕食を作った。
皿に盛りつけ、食卓に運ぶ。
それから冷蔵庫のホワイトボードを手にとって、そこに書きつけ始めた。

「おはよう承太郎。14日、空けておくよ。夕食の残りの酢の物が冷蔵庫に入っているよ」

食卓の上には、酢の物を含んだ皿がいくつか並んでいる。
それらはすべて、一人分であった。