ある配管工と姫について(R-15)

 
承太郎は配管工だった。
だからいわゆる、ブルーカラーだ。
だから、そんな彼が彼女を見れる機会と言ったら、彼女の誕生日とか、建国記念日とか、国の祝日くらいのものだった。
ハーフであることもあって、承太郎は愛国心が薄い方だ。
だがそんな祝日といったら、町を挙げてのお祭りになるため、配管の仕事なぞ来ないのだ。
そこで承太郎も、僅かな日銭を手に、町に繰り出すのである。
初めて彼女を見たのは、そんなお祭りの日のことだった。
大通りが随分にぎやかで、歩くのもままならないくらいだったので、なぜかと耳を澄ませれば、「姫様のお通りだ」との声が聞こえてきたのだ。
姫とはいうが、早くに父王もその后も亡くしているので、彼女は実質的な女王だった。
だがこの国の慣習に従い、成人するまで『姫』の称号を受けているのだ。
彼女は齢14だった。
承太郎はそれまで、姫の姿を肖像画でしか見たことがなかった。
だからその日、事のついでに顔だけでも見ていこうと思ったのだ。
それがすべての始まりだった。
姫は真っ白な馬車に乗り、窓から群集に向かって優雅に手を振っていた。
計算されつくされ、叩き込まれた上品な微笑み。
首元まできっちり着込まれた礼服。
一房長い前髪だけがそれを裏切って、その赤毛は本来の彼女を表すように自由に跳ねていた。
ふと、彼女は馬車の飾りに活けられた百合の花を一輪手に取り、外に向かって投げた。
狙ったわけではないだろう。
手を伸ばした民衆も多かった。
しかしその百合はひらりと舞い、承太郎の手の中にすとんと納まった。
その日から承太郎は、花瓶なぞないからビールの瓶に活けた百合を撫でては姫に思いをはせる日々を送ることになった。

 

凶報は突然やってきた。
前々から対立していた某国の科学者が小型の飛行船を開発し、城に直接乗り込んで、姫をさらっていってしまったというのだ。
その事件は国中を震撼させた。
姫は国民皆から慕われていたのだ。
承太郎も当然憤った。
しかしただの配管工である彼にできることは何もなく、国王軍が姫奪還のため遠征に向かうのを、もどかしく眺めていた。
ところが、国王軍は姫を取り戻すのに失敗した。
某国の兵士たちはよく訓練されていて、数も多く、国王軍はほうほうの体で逃げ出すのがやっとだった。
国王軍はそれからも、同盟国に援軍を頼むなど奮闘したが、どうしても姫を取り戻すことはできなかった。
そうして姫が奪われてから1ヶ月がたとうという頃、とうとうあのお触れが貼り出されたのだ。

 

『姫の救出に成功したものは、身分を問わず、姫との結婚を認める』

 

これだ、と承太郎は思った。
ブルーカラーの自分が彼女に届くには、これしかない。
そして一も二もなく、このお触れに飛びついた。
道筋は過酷なものだった。
野を越え山を越え、彼はわが身一つで歩いてゆくしかなかった。
途中、国王軍と思しき遺体から、大量のキノコが生えているのをいくつか見つけた。
埋葬したくとも、胞子が飛ぶので出来なかったのだろう。
初め見たときは吐き気がこみ上げたが、いくつも見るうちに慣れてしまった。
それから承太郎は、脈打つ荒野を越え、荒波をかきわけ海を進み、時には配管工の知識を動員して敵国の配管の中を歩いていった。
どこにも敵兵が潜んでおり、承太郎は戦闘を余儀なくされた。
タイミングさえ合えば難しい敵ではなかったが、如何せん数が多すぎる。
敵国の城に辿り着いたときには、承太郎は全身傷だらけになっていた。
それでも彼は諦めなかった。
城の中にも大量のギミックがあったが、承太郎はその身に傷を受けながら乗り切った。
最後の最後のラスト・ボスは敵国の国王だった。
実は、彼も姫に心奪われた一人なのだ。
再三結婚を申し込んでも、姫がイエスと言わないので、今回強硬手段に出たというわけなのだ。
けれど承太郎は、同じ叶わぬ恋をしている立場とはいえ、卑怯な手段を使った彼に容赦はしなかった。
吹き付けてくる炎を避け、敵国王にラッシュを入れる。
そうしてとうとう、彼は敵国王を打ちのめし、捕らわれていた姫を助け出した。

 

結婚式は盛大なものだった。
姫は従順に、大臣たちの言うとおり、承太郎を夫として迎えることを了承した。
真白いウェディングドレスを身にまとった彼女はとても美しく、いつも通り毅然とした態度を崩さなかった。
けれど、誓いの言葉を口にしたとき、その声が震えていたのは聞き間違いではないだろう。
夜、寝室に二人きりになってから、彼女は衣装を脱いだ。
可哀想なくらい、細くて小さな体だった。
「……姫」
「典子、とお呼びください。あなたはわたくしの夫なのですから」
「…典子、その…そういうことは、あなたが成人するまで待つつもりです」
「そんな!」
彼女は白い体を閃かせて承太郎にすがった。
「婚姻を結んだのに子供を作らないなんて、王族失格です。それともわたくしの、子供の体ではそんな気になれませんか」
そんなことはなかった。
承太郎は児童性愛者ではないが、夢にまで見た相手が目の前にいるのだ。
反応しないわけはなかった。
けれど彼女はあまりに幼く、承太郎の体の異変には気付かなかった。
「そういう…わけじゃあねえ。だが俺は、あんたに無理をさせたくないと思っている。だから…」
そう言って彼は身を引こうとした。
だが典子がどうしてもというので、口と手を使う方法を教えた。
典子は必死で、真剣で、とても愛らしかった。

 

承太郎には『国王』の公務が待っていた。
彼はきつい仕事には慣れていたが、如何せん昨日の今日で王族になったばかりなので、覚えなければならないことが山のようにあった。
音を立てずに食事すること、相手と場面によって違う礼の仕方、そして優美なダンス!
一日が終わる頃には、承太郎はすっかり疲れ果てていた。
けれど幼い妻が覚えたての稚拙な技術で奉仕をしてくれるので、彼はどんな激務にも耐えることができた。
異変が起きたのは、ある満月の夜だった。
その日は承太郎が『その気』にならなかったので、二人して早く寝床に着いたのだ。
承太郎は、「ひく、ひく…」という小さなすすり声に目を覚ました。
体を起こしてみると、愛しの典子が泣いている。
「どうした、何かあったのか」
聞きながら、承太郎は冷や汗を流していた。
よもや、とうとうこの自分が夫でいることに耐え切れなくなったのか。
「承太郎さま…わたくし……とても、お腹が痛いのです」
「腹が?」
承太郎は枕元のランプに火をともした。
すると、典子の下半身に、赤黒いしみが広がっているのが見て取れた。
ざあっと、血の気が引く音を承太郎は聞いた。
どこか怪我でもしたのか、それとも病気か。
慌てて侍女を呼び、確認のために彼女の薄い寝間着を脱がせる。
すると、血は典子の股の間から流れ出ていた。
これは、まさか。
「初潮ですね」
医師の言葉に、承太郎はほっと胸をなでおろした。
一瞬でも、典子を失うかもしれないと思ったあの感覚は、二度とは味わいたくないものだった。
下着と寝間着を替え、寝台に戻ってきた典子は、可愛らしく頬を染めていた。
「すみません、知識として教わってはいたのですが、いざ訪れてみると…取り乱してしまって、お恥ずかしい」
「いいんだ、あんなん誰だってパニックになるだろ。それより腹はもういいのか」
「お医者様から暖めるように言われて、腹巻を用意していただきました。けれどまだ少し…痛みます」
「そうか、こっち来い」
承太郎は典子を引き寄せると、その大きな手で腹を撫でてやった。
典子が楽そうな顔をして寝入ったのを見て、承太郎もようやく安心することが出来た。

 

「初潮がきたということは!」
胸を張って典子は言った。
「子供を作ることができるということです!さあ承太郎さま、わたくしと子作りしてくださいませ!」
「いや、待て待て。そう急ぐもんでもねえだろ。この前も言ったように、俺はお前が成人するまで待つつもりだし…」
「しかし、この国の国王は、結婚して一年にもなるのに子供ができる気配がないと、あちこちで言われているのですよ」
「姫がまだ15だってのに気の早いやつらだな。いいんだ、好きに言わせておけよ」
承太郎はそう言って、典子の目をじっと見つめた。
「王族の義務とか責任とか、お前に果たさなきゃあならないものがあることは、この一年で俺にもよく分かった。だが、お前が一人の人間として…大人になって、なおかつそういうことを俺としたいと思えるようになってから、だ。俺はそれまで、お前に手を出すつもりはねえ」
見つめられて、典子は顔を赤らめた。
「わたくしが、そんな気持ちになるのがいつかは分かりませんが…そのときのお相手は、承太郎さまがいいです」
「今はその言葉だけで充分だぜ」
こうして、お姫様と勇者は幸せに暮らしましたとさ。

 
 
 

終われ!
世界で一番有名なひげのおじさんパロ。