ヘッドレス・ゾンビー・ラヴァー(R-15G)

 
花京院は、自分が承太郎の友人であるということを―――それも恐らく、彼の信奉者の中では彼に一番近いところに居ることを誇りに思っていたし、優越感を感じてすらいた。
どんなに綺麗な女性が誘っても一緒に食事すら行かない承太郎が、花京院が「いいワインが手に入ったんだ」と言えばあっさりその家にやってくるのだ。
そんなホイホイ一人暮らしの男の家に来てしまって、何されても知らないぞ、と花京院は思う。
まったく無用心なんだから。
僕がよこしまな思いを抱いて君を呼んでいるだなんて、気付いてもいないんだろう。
でも、角の店でチェリーパイを買ってきたといって笑う承太郎を見ていると、そんな思いは急激にしぼんでしまって、花京院は気の置けない友人の仮面を被り直すことになるのだ。
ありがとう、好きなんだ、だなんて言って。

 
 

承太郎は領主の息子で、誰もが振り返るほどの美丈夫で、治世に尽力していた。
彼の母親は聖女の出で、不幸にも魔女たちの恨みを買って呪いのために亡くなっていた。
だが承太郎はそれで腐ることはなく、自分と同じ境遇の子供を作らないためにも、迷信や疫病を流行らせる魔女たちを積極的に捕らえていた。
それもあってか、承太郎に恋慕する女性の中には自分の恋路が上手く行かないからと、花京院のことを魔女だと言い出す者まで居た。
男の癖に、承太郎を悪い魔法で魅了して自分のものにしているのだ、と。
承太郎はそういう話を聞く度に声を荒げて怒り、そんなことあるはずがないと否定した。
そんな承太郎を見て、花京院はいつも心を痛めていた―――悪い魔法で彼を魅了して自分のものにするだなんて、素敵なアイディアだと感心していたものだから。
そんな風に二人は友人として過ごしていたが、ある日承太郎が激昂することがあった。

 

承太郎と花京院が町の酒場で談笑してきたときのことだ。
わざわざ店の奥のテーブル席を選んで座ったというのに話しかけてきた女性がいた。
彼女は胸元の大きく開いた服を着て、自分の父親が承太郎の父親と仲が良いことを強調しながら承太郎の腕に絡まってきた。
それだけでも承太郎の機嫌は急激に下降していたというのに、あろうことか花京院が困ったように笑いながら「お邪魔みたいだね」なんて云言って席を立とうとしたものだから、人前だというのに女性をこっぴどく怒鳴りつけ、机の上に金を叩きつけて――少し多めに――店を出てきてしまった。
承太郎はああいうタイプの女性が好きではないとよく分かっているから、普段だったら花京院もそんなことは言わないのだが、最近承太郎が父親に「いつ結婚して跡を継ぐのだ」と募られているのを知ってから、ずっとそれが心に引っかかっていたのだ。
「てめえ、なんで席立とうとしやがった。俺があーいうの嫌いだって知ってるだろ」
「さっきの彼女を、とは言わないが……承太郎、君はそろそろ身を固めることを考えなくちゃあならない」
「冗談じゃあねえ。よく知りもしねえ相手と結婚したって碌なことにならねえのは、俺が一番よく知ってる」
これには花京院も少なからず驚いた。
承太郎は領主の息子に生まれて『幸せ』ではなかったのか?
親を亡くしてからこの地に越してきた自分には知る由もないが。
「それに、あんな女なんかよりお前と一緒に居る方がずっといい。お前の方が頭も良いし、話が通じるし、見た目も良いだろ」
「承太郎、そういうことを言ってはいけない」
「何故だ?俺はお前のことを」
「承太郎!………今日はもう遅いし、こんな道端でする話じゃあない……明日、僕の家に来てくれないか。そこで話そう」
「……分かった」
そう言ってその夜二人は別れた。
承太郎は理由も分からないままイライラして眠れぬ夜を過ごしたが、花京院は明日の準備に忙しくして眠れなかった。

 
 

次の日、朝早くに承太郎は花京院の家を訪ねた。
花京院の家は町の外れ、人通りの少ない寂れた場所にある。
もっと町の中央に来れば会うのも楽なのに、と承太郎は思っているが、花京院がここの方が落ち着くといって譲らないのだ。
承太郎を出迎えた花京院の家は、何か鼻にツンと来る奇妙な匂いがした。
早速「花京院、俺は…」などと口を開こうとする承太郎を制し、花京院は「まずは僕の話を聞いてほしい」と言った。
「実はね、承太郎。ずっと隠してきたんだけど、僕は君のことが好きだったんだ。いや、君が僕に好意を持ってくれていることは分かっているよ。でも僕のは違うんだ。僕は恋愛対象として君が好きで、君を使ってひどい妄想に耽ったことも何度もあるんだ。君が結婚なんかしないでずっと僕の元に居れば…もっと言うと、他の誰も見ないで僕だけ見ていればいいと思っているんだよ」
花京院の告白を聞いて、承太郎がきびすを返して逃げ帰り、もう二度と自分には近付かないようにするならば、あるいは男色の罪で糾弾するとでも言うならば、それはそれでいいと花京院は思っていた。
だが承太郎が目を見開いて花京院に近寄ってきたものだから、拒絶の言葉なんか聞きたくなかった花京院は、後ろ手に隠していた斧を振り上げて承太郎のうなじ目掛けて振り下ろし、その首を落としてしまった。
承太郎の首を刈り取った花京院は、急いで準備していた薬草やら何やらで止血をし、横たわった重い体を引きずって今は亡き母親から教わった処置を施した。
これをやるのは初めてだったが、何度もシミュレーションを繰り返していたのが功を奏したのか問題なく事は進んだ。
そして次の満月の夜、首なしゾンビの承太郎の体はゆっくり起き上がり、花京院の命じた通りに腕を広げ、優しく彼を抱きしめた。

 
 

それから花京院は、幸せだった。
承太郎を外に連れて行くことは出来なかったが、それは花京院の本望だったし、家の中でなら彼は本を運んだり料理をしたり、薬草を煮込んだりまじないをかけたりするのを手伝ってくれた。
花京院は部屋の真ん中の机、クッションの上に承太郎の頭を置いた。
承太郎の目は森のように濃く、海のように深く、翠玉のように輝いていた。
首だけになって、更に夜のように暗くなったけれども、それは変わらなかった。
花京院は承太郎の口を利かない唇に思う存分キスをし、聞こえない耳に愛を囁き、見えない目に首から下との情事を見せ付けた。
承太郎の体は花京院の思う通りに動いたから、男の裸を見ても嫌悪感を示さなかったし、口に含めばあっさり反応を返した。
経験の無かった花京院が悲鳴を上げても、あるいはよがって嬌声を発しても、止めないで腰を進めてくれた。
花京院は承太郎――の首から下――に抱かれるときはいつも自分を失くしていたが、それでも若干の余裕が出てきてからは彼の頭を手元に置き、頭を撫でたり口付けしたりしながらセックスするようになった。
最中も勿論興奮と幸福を感じているが、事が終わってから承太郎の首を抱きしめて、その上から承太郎の体に抱きしめられて眠るのが花京院はことのほか好きだった。
承太郎は魔女を憎んでいたから、彼の体が自分の意思で―――自分の頭の命令で動いているときでは、こんなことはしてはくれなかっただろう。

 
 

花京院が承太郎を自分専用の情夫にしてから、彼は今までにも増して家にこもりがちになった。
家には承太郎が居るし、そもそも花京院を外に連れ出して遊びに誘うのは承太郎だけだったから。
それでも日々の買出しや何やで外出することはたまにあった。
そんな時、町の噂が耳に入ってくることがある。
何でも、領主様は失踪なされたご子息の行方は警察に捜させるだけで、自分は再婚の準備を整えていらっしゃるとのことだった。
ご子息は魔女の追放に力を入れておられたから、その方面の仕業ではないかと神父様が助言なさっても、あいつは不良だからと聞く耳持たずらしい。
それは結構なことだ、と花京院は思った。
道理で一番仲の良かった自分にすら捜査の手が伸びていないはずだ。
最も誰が来たって承太郎を引き渡すつもりなどないけれど。
そんなことを考えながら花京院は、まじないに使うコインと数種類のハーブ、そしてパンや野菜や肉やらを買い込んで家へと帰った。
承太郎の待つ楽しい我が家!
あんな話を聞いた後ということもあって、意気揚々と―――花京院はきっと油断していたのだろう。
家に着いて承太郎にキスをし、食料を保管場所に仕舞っていた時、呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。

 

承太郎の首を麻袋に入れ、体へは隠れるように指示を出して花京院が玄関に立つと、「ご協力感謝します」と言って現れたのは、腰から武器を下げた警官だった。
彼はにこやかな態度で、行方不明の承太郎について何か知っていることは無いかと尋ねた。
「承太郎については僕も心配しているんです。でも、ほら、僕は平民でしょう。領主様の元へ聞きに行くわけにもいかなくて」
「お気持ち分かります」
「少し前の晩に彼と喧嘩したんです。それから僕も意地になってしまって連絡を取らないでいたら、いつの間にか失踪したとかで、本当に心配で……彼の方も臍を曲げて行方不明を演出しているだけならいいんですが」
「実は、お二人が言い争いをされていたという証言がありまして。それで今回伺ったんですね」
食えない男だ、と花京院は思った。
僕の方から喧嘩の話を出すかどうか見ていたわけか。
「大変失礼ですが、花京院さんについて少々調べさせていただきました。過去に何度か魔女として起訴されていますね?」
「……ええ。ですがそれは全て、承太郎と僕が親しい友人であることに嫉妬した女性たちのでっち上げであるに過ぎないと証明されています」
「勿論です、勿論です。不快にさせてしまってすみません。ただこちらも仕事ですから、色々細かいところまで調べなければならないんですね」
「分かります」
花京院は警官に負けず劣らず柔和な笑みを浮かべた。
傍から見れば仲の良いご近所同士で天気の話でもしているように見えるだろう。
「それで、質問に答えていただきたいのですが」
「どうぞ。何でしょう?」
「これは一体何ですか?」

 

笑ったままの警官が取り出してみせたのは、血で錆び付いた斧だった。
魔術が施された証に、奇妙な文様がびっしり描き込まれている。
「さあ…汚れた斧に見えますが……」
「ええ、その通りです。これはこの近くの山に埋められていたものです。そしてこの斧からは、あなたのものと同じ指紋が検出されました」
「……指紋」
「ええ、ご存知ありませんか?指先の模様のことですよ。物に汗や皮膚の油が付いて、その形が残るんだそうです。係りの者が先ほど、この家の扉や手すりから斧に付いているものと同じ形の指紋を見つけたのです」
係りの者だって?
そこで初めて花京院は、自分が『警官が来た』ということに動揺していたと気付いた。
家の壁や路地で死角になっているところに人の気配がある……今まで見過ごしていたなんて!

 

花京院が一歩引いた時、真っ先に飛び出してきたのは血気に盛った神教徒たちだった。
彼らは口々に汚い言葉で花京院を罵倒し、家の中に押し入ろうとした。
十字架も聖水も、花京院は怖くもなんともないが、承太郎に触れさせるのは不味い。
とっさに承太郎の首を入れた麻袋を手にして花京院は窓から脱出を図った。
が、外で待機していた警官に殴られ崩れ落ちてしまった。
「神父様の言う通りだった」だの、「領主様の息子を殺すなんて」だの聞こえる。
そこに一際よく通る声が響いた。
まるで『天の啓示』のようだった。
「まだ何か隠しているかも知れない。皆さん気を付けてください。あの麻袋が怪しい」

 

無数の手と「それを寄越せ」という声に、麻袋を深く抱え込んだ花京院の目に、彼らが手にしている武器が映った。
警棒、十字架を模した小刀、長剣を抜いている者まで居る。
魔女一人にご苦労なことだ。
ここで終わりか、と思うと、自然に体が震えてきた。
……あんなに楽しかったのに!
「助けて………助けて、承太郎ッ!」

 
 

家の中の方で、どすんというような聞き慣れない音がした。
周りの空気が大きく変わったのを感じて恐る恐る顔を上げた花京院が見たものは、彼の後ろを凝視して恐怖と驚愕の表情を浮かべた人々だった。
そのままゆっくり背後へと頭を巡らせば、彼らが目にしたものが見えた。
そこには血にまみれた承太郎の体が居た。
警官から奪ったらしい長剣を手にしている。
「う、うわ…」
「ヒィ…」
「ひ、ひるむなッ!化け物には聖水だ!」
果敢にも首無しゾンビに向かっていった人々は、しかし淡々と感情なく剣を振るう承太郎に十字架や聖水を持つ手首を落とされ虐殺されていった。
数人が殺され数人が逃げていって、やっと立ち上がった花京院は、まだほとんど放心状態だった。
それで、部下を犠牲にして承太郎の攻撃をすり抜けてきた神父に麻袋を取り上げられても、呆然と見上げながら手を伸ばすしか出来なかった。
神父は勝ち誇った顔をして麻袋から承太郎の首を取り出した。
花京院がとても綺麗な状態で保存していたというのに、彼はそれを見て盛大に顔をしかめ、何事か呟いて首の断面に短剣を滑らせた。
途端にまた血を流し始めたその首を、花京院の隣に人影があることに気が付いて駆け寄ってきた承太郎に向かって投げつけた。

 
 

実際、神父はかなり上手くやった。
頭を取り戻した承太郎は目を見開いて、息絶えた人々や返り血を浴びた自分自身を確認した。
そしてとうとう、絶望にへたり込む花京院と得意げに笑う神父を目に留めた。
首をさすりながら一度下ろした大剣を再び持ち上げて承太郎が近付いてきたとき、神父は当然「これで終わりだ」と思った。
自分を殺して死体召使にし、とうとう人殺しまでさせた魔女に復讐をして、それで終わりだと。
対する花京院の方は、こんなときだというのに承太郎に見惚れていた。
動かない承太郎の頭も、感情を示さないその体も美しいと思っていたが、こうしてみると矢張りその均整の取れた肉体に意志の強い光を湛えた目を持つ頭が乗っているのが、一番バランスが良い。
この数日はずっと幸せだったし、そんな美しい承太郎の手で殺されるならそれもいいかな、と思ったのだ。
花京院の知っている承太郎――頭と体が繋がっている時の――というのは、冷静に人に指示を出していたり、何かたくさん本を読んで羊皮紙に書き込みしたりする男だった。
だから首の無い承太郎が警官を殺して回っていた光景より、きちんと全身揃っている彼が神父を大剣で叩き切る様子の方が信じられなかった。

 
 

「……何で」
放心して見上げる花京院の元へ歩み寄って屈み込み、承太郎はその頬へ口付けた。
「俺に助けて欲しかったんだろ?」
「そう、だけど…だって……」
「ああ」
彼は笑いながら、また自分の首に手をやった。
そこには深い切り傷が刻まれ、太い首を一周している。
皮が捲れて肉が露出している、ああ、縫い合わせてやらないと、と花京院はぼんやり思った。

 

「お前、俺のことが好きなんだってな」
彼が『死ぬ』前に自分が言ったことをはっと思い出し、花京院はうつむいてしまった。
上から承太郎の視線が降り注いでくるのを嫌というほど感じる。
承太郎の首の傷を思い返しながら、花京院は意味もなく地に生えた草を数えていた。
あっちから向こうは血に染まっている。
「俺も好きだ」
折角育てたハーブが踏み荒らされて……何だって?
花京院は怪訝な顔を承太郎に向けた。
「俺もお前のことが好きだって云ったんだぜ」
「…ハァァ?」
「おい、随分な反応だな。お前が俺のこと好きだっつったから、その返事だぜ」
「はぁ…」
まだよく分かっていない花京院の様子に焦れた承太郎は、また彼の前に屈み込み今度は唇にキスをした。
「っ!?ッ君、何、」
「ずっとお前からばかりだったからな。お返しだぜ」
「なっ、君、見て……!」
「てめーが見せ付けてたんだろ。ったく、俺の体ばっかりといちゃいちゃしやがって」
「だって……」
口ごもるしかなかった花京院の顔は、チェリーのように真っ赤に熟れていた。
けれど今では、承太郎がその顔を自分の目で見つめていることを知っている。
もう少し余裕があれば、承太郎がそれを大変可愛らしいと思って満足しているのにも気が付いたかも知れない。
「で?両想いだってのが確認できたんだから、俺としてはこれから同棲を始めたいところなんだがな。勿論、自分の意思で」
いいだろ、と聞かれて花京院は素直に頷いた。

 

そこで彼らは花京院の家とその周りの後片付けをし、二人で暮らす家を探しに出て行った。
それから彼らを見たものはいないけれど、きっと幸せに過ごしているだろう。