わたしと悪魔 四、黒の悪魔の場合

 
自分より位の高い悪魔伝てに招待されたので、承太郎はしぶしぶ会合に出かけた。
政治的な話が終わり、では乱交という時間になってすぐに帰ってきたのだが。
一応礼儀というか挨拶のようなものなので、ホストの奥方と簡単な前戯だけはしてきたが、それも全く気乗りがせずにさっさと終わらせてしまった。
場にいるどの悪魔も魔女も、自宅で待つ妻の赤毛には遠く及ばないのだから仕方がない。
妻は頭が弱いので、同伴必須でない限り、このようなパーティには連れてこない。
他の悪魔に目をつけられたら事だ。
何せ彼は、他と比べるべくもないほど美しいのだから。
彼は昔、人間どもに呼び出されたときの哀れな供物だった。
承太郎はかなり力の強い悪魔であるので、魔法陣の拘束力はあまり効き目がない。
気まぐれに、今度の生贄は何かと気になったときだけ、呼び出しに応えるのだ。
彼とはそうして出会った。
承太郎は人間界では、恐怖と畏怖の目しか見てこなかった。
魔界でも大体はそうだ。
だから、生贄の壇上に乗せられた彼が、ぽかんとした真っ白な表情で、まっすぐこちらの目を見つめてきたのに、少々面食らった。
その青年は、今にも折れてしまいそうなほど弱かった。
そしてその弱い人間に、何の意図も魂胆もない笑顔で――ああ、それは承太郎が悪魔として闇の中から生まれ出でてから初めて見るものだった――笑いかけられ、自分がもう、この小さな生き物しか愛せないことを知ったのだ。

 

悪魔は基本的に、伴侶を固定しない。
付き合いや気まぐれで夫や妻を持つことはあるし、同性愛が推奨されているが、異性同士の結婚も同じくらいある。
当然多夫多妻だが、偶然相手が一人しかいないというときもある。
関係を持ったり子供を作ったりしても、妻や夫にならないことも多い。
承太郎も、妻は持たないタイプの悪魔だった。
高位の悪魔の中では若い方だし、ちょうど釣り合う、気も合う相手がいなかったのもあって、子供もいなかった。
そんな彼が、人間界から連れてきたか弱い生き物と結婚すると言い出したものだから、周りの驚きようも分かるだろう。
しかも、妻を持つことにした、だから他の悪魔も、ということではなく、「これだけを」妻にするなどと言うのだから、親しいものから召使まで、皆が仰天した。
変わり者だという話も、皆あちこちで臆面なく囁きあった。
けれど承太郎は、そんな周りの噂話などどこ吹く風で、手に入れた青年を可愛がった。
彼の人間としての居場所と尊厳は、悪魔崇拝者たちによって奪われた。
他に行き場のない彼に、承太郎は自分の膝の上だけを提供した。
彼がどこにも逃げていかないように、いつでも自分のものであるように。
彼の体は承太郎に比べてとても小さいが、悪魔の性交は半分魔術的なものであるので、まぐわるのに何の問題もなかった。
ふつう魔女がサバトで悪魔と性交する際には、苦痛のみで快楽はもたらされないものだが、承太郎は青年の体に極力負担がかからないように、そして彼が気持ちよくなれるように気を使った。
もちろんそんなことをするのは初めてだったので、なかなか大変ではあったのだが、それを試行錯誤するのもまた楽しかった。
大きな黒い体の下で、あるいは膝の上で、荒い息を吐きながら、それでも笑っている彼を見ると、承太郎はとても満たされた。

 

悪魔にも愛というものはある。
ただそれは神の愛や人間の愛とは形が違うのだ。
支配欲や独占欲といったものがそれに近い。
青年は、承太郎の愛を細い体の一身に受け、それでも無邪気に笑っていた。
彼は透明だった。
白痴の彼は精神が不安定で、ここはどこだと泣き出すこともあった。
そういうときは、ここがお前の場所なのだからと言い聞かせ――ぐずるときは少々肉体も使って――常に手元に置いた。
落ち着いているとき、かつ性交をしていないときは、承太郎は彼との会話を楽しんだ。
あるとき承太郎は、「俺のどこが好きだ?」と聞いたことがある。
青年は元々、好きで承太郎の元に来たのではないし、承太郎が逃がさないのだから、他のところに行くわけにもいかない。
これは意地の悪い質問だった。
けれど彼は、いっぱいに笑顔を浮かべて「め!」と答えた。
「目?俺の目か?」
「うん、きらきらして、とっても、きれい」
そうして彼は、うっとりとした表情で承太郎の目を見つめた。
そこで承太郎は、この青年に、それを与えることに決めた。
何の契約も代償もなくそんなものを与えたなど知れたら、それこそ周りの悪魔から何を言われるか分かったものではないが、そんなことは毛ほども気にならなかった。
それに、彼が彼なりの愛情を自分に向けていることが確かめられたのだから、安いものだろう。
承太郎は自分の右目を取り出すと、彼の腹に埋めた。
もし何かが彼の腹をぶち抜こうと思っても、これが守ってくれるだろう。
承太郎は時を操る能力をもつ悪魔だった。
その片目を埋められて、青年は完全に時が止まってしまった。
この先、寿命で老いて死ぬことはない。
それはもちろん、邪悪で強力な、死よりも重い呪いなのだが、悪魔の伴侶として永遠を過ごすのには都合がいい。
そうして彼らは、今も深い闇の底で、お互いを愛しながら暮らしているのだ。