斑の獣 – Double Living

 
花京院が書類を片付けていると、窓をコツコツ叩く音がした。
顔を上げれば承太郎がいる。
既に着替えも済んでこれから帰るところのようだ。
「もう終わったのかい?」
「ああ。一緒に帰れるか?」
「もうちょっとだから出口で待っててくれるかい」
「おう」
簡単な会話を済ませて机に直ると、向かいの机の事務員が頬をうっすら赤らめていた。
別に何も恥じることはない。
同棲している恋人と一緒に帰ろうというだけのことだ、普通ではないか?
仲良く電車で岐路に着く二人の薬指には揃いの指輪が光っている。
恋しい相手と結婚して家庭を持つことはできない二人だが、これを嵌めていれば少なくとも女性に言い寄られたり見合い話を持ち込まれたりすることはない。
二人の気持ちが一致するまでは、それに随分と煩わされたものだ。

 

動物園の飼育員である承太郎と獣医師である花京院が、同じ時間帯に勤務を終えることは珍しい。
だがそんな日にも、二人ともほとんど会話もせずに直帰する。
花京院は動物園専属の獣医であるが、展示に適さない動物を自宅で預かることがある。
診療所も兼任している二人の家は、そのため二人暮らしにしてはかなり大きいものだが、それ以外の点でも特殊なつくりになっていた。
家の中はいわゆる二世帯住宅を基礎としており、「空条」「花京院」と表札が並べて掲げられた玄関こそ一つであるものの、居住スペースは二重に存在する―――リビングが二つあるのだ。

 

便宜上、承太郎と花京院は恋人同士と言うことにしているが、実はお互い別に恋する相手がいて、彼らは二人が帰宅すると玄関まで迎えに来てくれる。
承太郎が靴を脱いでいる最中から白い獣はその腕へ尻尾を絡ませ、長く柔らかな毛を誇って顔をこすり付けた。
このユキヒョウは可愛らしい顔に似合わず嫉妬深いのだ。
承太郎が花京院と一緒に帰ってきたのが気に食わないのだろう。
もっともユキヒョウの彼氏もそれは同じで、承太郎ときたら動物園に訪れた不特定多数がユキヒョウにぶしつけな視線を送るのに我慢ならなくなって、何やかやと理由をつけて自分の家に引き取ってきてしまったのだ。
 
対する花京院の方は、ユキヒョウより一回り大きい黒い獣と抱き合って、舌先を重ね合わせていた。
このクロヒョウはよく暴れるので展示に向かないと判断され、唯一大人しくなる獣医の花京院の元へ引き取られた。
だがまさかその獣医と恋仲だとは誰も思うまい。
承太郎と花京院はお互いに、気の置けない友人である同居人に「じゃあな」「おやすみ」と声をかけ、それぞれの居住スペースに別れた。
壁には防音加工が施してあるから隣の一人と一匹が何をしているのか知ることはできない―――興味もない。
しなやかな筋肉に舌を這わせながら、あるいは柔らかな毛に顔をうずめながら、四匹の獣は幸せだった。

 
 
 

ブログ掲載SS「ダブルリビング」より設定流用。
「リビング」は「リビングルーム」と「生活(Lifeの動名詞)」のダブルミーニングです。