月と恋人 – 床の上のl vers

 
承太郎と花京院は恋人同士だ。
彼らはお互いのことを、とても好ましいと思っていた。
承太郎は花京院の均整の取れた肉付きを好んでいた。
ポトフに煮込んだらさぞやいい味がすることだろう。
余分な脂肪がないから、生でも美味しいだろう。
花京院は承太郎の力強さを好んでいた。
あの脈々と流れる血が止まるとき、どれほどの興奮を感じられるだろう。
屈強な体が跳ねて静まる様子を想像するだけで、たまらない気持ちになる。
彼らはシリアルキラーだった。
承太郎は人間の死肉を食べずにはいられない性格で、花京院は生きている人間を殺さずにはいられない性格の持ち主だった。
利害の一致した彼らは、承太郎の家で同棲をしながら罪を重ねていた。

 

始まりは突然だった。
けれど終わりを考えたことはなかった。
承太郎と花京院はその日、いつものように、繁華街で獲物を物色していた。
彼らが普段狙うのは、殺しやすくて食べやすい女性だ。
いなくなってもすぐには事件にならない立場の人間だと都合がいいが、そこまでリサーチしてから犯行に及ぶことは少ない。
主に、花京院のフィーリングで相手を選ぶからだ。
花京院としては男性でも構わないのだが、承太郎が女性の肉を好むので最近はもっぱら女性ばかりになっている。
さてその日、彼らが目を留めたのは、年のころ20半ばといった風情の女性だった。
服装は水商売風、恐らく外国人だ。
花京院が目星をつけ、承太郎が彼女の足を美味そうだと言ったので決定した。
水商売の女性へは声をかけやすいし、家へ連れ込むのも楽なのでやりやすい。
花京院は柔和な笑みを浮かべて彼女に近付いた。
それから物の数分もしないうち、彼女は承太郎の運転する車に乗っていた。
彼女としても、美青年が二人なのでまんざらでもない様子だ。
家へ帰ってから承太郎が準備のためにキッチンに立ち、その間花京院が女性の相手をすることになった。
これもいつも通りだ。
それから女性の甲高い叫び声が聞こえ、ドタン、バタンと暴れる音が聞こえ―――

 

「ぐッ!?」

 

いつも通りの展開の中、いつもはない声を聞きつけて、承太郎は慌てて二人のいた部屋に駆け込んだ。
今夜、花京院は刃物を使う予定だった。
彼の刃物の使いようは、独学ながら見事なもので、死体を解体するのに大型の包丁を使う承太郎から見ても素晴らしいものだった。
だがその部屋を覗いた承太郎が見たものは、既に事切れた女性と、彼女に覆いかぶさるようにして荒い息をついている花京院だった。
花京院のわき腹に、彼が使っていたはずのナイフが深々と刺さり、次から次へと血が流れ出している。
承太郎は驚きに固まったが、次の瞬間には花京院の細い体を支えに走った。
「待ってろ、今止血を……」
「いい、よ、承太郎……僕、は、もう、駄目だ…分かるんだ」
「だが!」
承太郎は彼の腕の中で少しずつ命の炎を弱めていく花京院を抱きかかえ、咆哮を上げた。
「ねえ、承太郎……僕、さいご、に…君に、お願いがあるんだ……」
「何だ、何でもしてやる」
「僕、本当は……いちばん殺したい相手は、君だった、んだ…君と出会ってから、は……他の人なんて、君の代用品でしか、なかっ…」
「ああ、好きにするがいい。俺もそうだ。本当に食べたいのは、お前だったんだ」
「じゃあ、承太郎…僕を、食べて」
それから花京院は、弱々しくナイフを承太郎の首にあてがった。
承太郎はその手を自分の手で包み、力を入れた。
鋭い感覚。
それからもう片方の手を取り上げて、指を口の中に入れた。
ゴリ、と音を立てて指先を噛み切る。
そのまま涙を流しながら、承太郎は花京院の指を咀嚼した。
花京院は承太郎の首をかき切りながら、今まで見たこともないほど穏やかに微笑んでいた。

 

そうやって、彼らは死んだ。
今ではただ、その跡に床のしみが残るばかりだ。

 
 
 
 

lovers … 恋人
livers … レバー