ある工学者の報告書 – 5枚目

 
次の日二人は、通常よりは遅く目を覚ました。
昨晩の行為を考えれば当然のことだ。
時刻は明け方、まだ冷たい朝日が部屋に差し込んでいる。
動物よりも高い熱を出す機械である彼らには、心地よい(と認識する数値を検知する)気温だ。
服を着て部屋を出ると、ポルナレフが玄関先に座っているのが見えた。
眉間にしわを寄せて、タバコをふかしている。
昨日言っていた、友人とやらを待っているのだろう。
ふと承太郎の熱感知センサに、何かが引っかかった。
扉を開けてポルナレフに近付き(花京院もついてきた)、声をかける。
「ポルナレフ、昨日は居なかったと思うんだが、納屋で何か家畜を飼っているのか?」
「いや?あそこはずっと、ただの農具置き場になってる」
「じゃあ」
花京院が口を挟む。
「誰か居るんだね。しかも昨晩のうちに来た誰かが」
3人ともが納屋に目を向けた。
少しだけ開いた入り口から、何かが光って見えた。
花京院は何かが光って見えたことしか認知できなかった。
承太郎にはそれが何かまで見えたが、何が自分たちに向いているか分かったところで、経験の少なさから対処のために動くことを思いつかなかった。
ポルナレフにも何かが光って見えたことまでしか分からなかったが、今までの経験から彼は、
「危ねェッ!」
と叫んだ。
承太郎は”danger”の意味まで理解したが、やはり『だから』何かするということが出来なかった。
一方花京院は、『危ない』『ので』、承太郎の前に体を投げ出した。
ひとつ、耳に響く音がして、亜空間軌跡削除銃が花京院の腹部を抉った。
「てめェ、ヴァニラ・アイス!」
危ない、と叫ぶと同時に頭を下げて納屋に飛び込んだポルナレフが、隠れていた犯罪者を押さえ込む。
蹴飛ばした亜空銃を承太郎が確保してくれると嬉しいと思いつつ顔を上げ――一般人の所持禁止は緊急事態なので考えないとして――けれど目に映った光景に驚愕した。
不自然に綺麗な円に削られた花京院の腹部からは、オイルやバネやコードの類が垂れ、ボディ制御部を失ったためメインシステムそのものが異常停止していた。
その体を抱きかかえる承太郎もまた、無理の無い体勢に座り込み、外部出力を停止させていた、つまり表情の変化や行動の一切を止めていた。
彼は今、通常は対人コミュニケーション処理に費やす労力も全て用いて、遠距離連絡処理を行っていた。
SPW研究所とその支部、また最寄の5箇所の警察署に電話とメールと遠隔連絡SNSとウェブページ即時更新でもって、自分たちが何であるか、その居場所、そして花京院の容態――状態、というよりは――を伝えた。
インターネットとリモートによるSPW研究所のネットワークへのアクセスでも、処理の開いている端末に向かって片端からメッセージを送信する。
切断していた、3企業のワールドワイドの、政府の、そして研究所独自の地図データベースへのアクセスを復旧させた。
電話にしてもメールにしても、それは音声や標準入力を電気信号に変えて通信しているのである。
ロボットである承太郎には、電気信号を直接作って送信することが可能であるため、同時に複数の手法で複数の端末に連絡を入れることが出来る。
だが彼は情報処理ロボットであり連絡機器ではない。
そしてメンテナンス用ロボットでもない。
ありとあらゆる方法で、花京院を助ける、つまり修理の出来る人間を呼ぶために、今現在必要の無い処理を一切停止させ、外界への直接入出力を止めていた。
それはまるで、花京院と共に承太郎も『死』んでしまったように見えた。