ある工学者の報告書 – 4枚目

 
「花京院」と承太郎は呼びかけ、戸惑う。
その後に続く、出力すべき文章が見つからない。
呼びかけのための呼びかけなど、自分はするようなロボットであったか?
花京院は先ほど脱ぎ捨てた衣服の内側から、何本かの外部接続用コードを取り出した。
首筋の端子と、腰付近の端子にそれらを繋ぐ。
首筋は彼の電子頭脳に最もアクセスしやすい場所であり、腰はボディ制御部に最も近い場所である。
花京院はそれらのコードを、承太郎に向けて差し出した。
「承太郎、これらを君に繋いでほしい。それで僕の中に入ってきてくれ」
「どういうことだ」
「今、僕らは無線のネットワークを切断しているだろう。それに有線の方が上位階層のまま移動できる」
「そういう物理的な意味じゃあねえ。どうしてそんなことをしてほしい。てめぇ、クラック実験でどれだけ気持ち悪い思いしたか忘れたのか」
「セキュリティは全て解除しておく。無線アクセスは遮蔽しているから大丈夫だろう。僕の…オペレーションレベルまで入ってきてほしい」
「理由を尋ねている。ひとつ間違えばメモリクラッシュ程度じゃすまねえぞ」
ふふ、と花京院は笑った。
自分の存在を犯すように指示しておいて、その上で笑う花京院は、承太郎の理解を完全に超えていた。
「僕が狂っているかもしれないと考えているなら、尚のこと僕の中に入って調べるべきじゃあないかい?大丈夫だよ承太郎、君ともあろうものが間違いなんて犯すものか。僕はね、承太郎」
君と同調したいんだ。
口元に笑みを湛えたまま、花京院はそう言った。
つまりそれが、自分の存在が消え去るあるいは変更される可能性より、ずっと大事なことなのだと。
「別に僕が君の中に入ってもいいのだけれど。君の方がデータを扱うのが上手いし、君の中には君自身の意思で解除できない部分があるだろう」
「俺には分からない。お前を傷つける可能性の方を危惧する」
「だったら傷つけないように気をつけて、『優しく』して。承太郎」
花京院の腕が承太郎の首に回され、その体を引き寄せた。
適切な音量で話せば十分聞こえる静かな夜なのに、花京院はわざわざ口元を承太郎の耳に寄せ、小声で囁いた。
「人間風に言うと、君とひとつになりたいんだよ、承太郎。僕の望みを叶えてはくれないの?」
承太郎には花京院の意図を完全に汲むことが出来なかったが、それでも彼のために自分の衣類を剥ぎ、コードを自分の端子に繋ぎ、そして彼の中へ、侵略を開始した。

 

「ッあ!」
普段は絶対に他者のアクセスを許さない箇所にまで侵入が及んで、花京院がノイズを出力した。
その体が不規則に跳ねる。
アクセス権限を無理に変更されるときの不快さは無いが、自分でさえ見たことのない、己の最深部を覗かれているという恐怖に打ち震える。
けれどそれも承太郎がやっていることだと認識すれば、何故か『嬉しい』ことだと思えた。
「もっ…と、もっとだ、承太郎……僕を君で書き換えて」
一瞬、花京院の内部に知らないパターンの電流が走る。
ボディの制御が上手くいかずに、出したことのない甲高い声が漏れた。
承太郎も何故だかその様子を好ましいと思って、開かれた花京院の内部、奥の方まで潜っていく。
主記憶の最も深いところ、そこに並ぶ一度も変更されたことのない電圧の並びを記憶し、自分のものに上書きし、修復する。
花京院の腕や足が予測の付かない跳ね方をするので、承太郎は体重をかけてそれを封じた。
自分がというより、花京院の体が傷つくのを防ぐためだ。
高周波数の音声が漏れるのも家主の迷惑かと思ったが、腕が2本とも使えない。
承太郎は花京院の唇のすぐ近くにあったもの、つまり自分の唇でそれを覆った。
徐々に花京院が承太郎に上書きされている時間が長くなっていく。
それにつれ、承太郎が花京院を覚えておく時間も長くなっていき、お互いにどちらがどちらか分からなくなっていった。
記憶を、思考回路を、感情を、少なくともそれらだと認識している電気信号を共有し、同調し、
ぴたりと一致したとき、二人は自分たちを一個体だと思い込むことが出来た。

 
 
 

どちらの保安機構が働いたのか、気が付いたら二人は別個体としてベッドの上に倒れこんでいた。
承太郎が花京院を見やると、既に彼はオートでスリープモードに移行していた。
熱が篭るといけない、と布団を剥いでやる。
名残惜しさを感じながらコードを外す、その腕の動作が遅いのは、こちらも必死で『承太郎』を修復しているからだろう。
ふと、このまま交じり合って元に戻れないと良い、と思って驚愕した。
花京院がそう言ったときにはその意味は分からなかったのに。
いや、今も承太郎にはその意味も理由も分からない。
けれど、そうだと良いなと思ったのだ、良し悪しの基準も定まらぬまま。
承太郎の体はしかし、修復作業の忙しい今はそれ以上の思考を止めるべきとしたようだ。
無理のない形に体を横たえ、花京院を抱き込むようにして、彼も意思決定の機関を一時停止させた。